「特に意識はしていなかったんですけど、自然とああなるんだなと」
「あの場面では迷わず打てました」
相手ゴールまでの距離はおよそ25メートル。しかし、右足から放たれたピッチをはうような強烈な弾道が、敵味方が入り乱れたペナルティーエリア内を鋭く切り裂いていく。前にいる選手たちがブラインドになったのか。FC東京のGK野澤大志ブランドンの反応もわずかに遅れた。
それでも野澤は懸命に体勢を立て直し、身長193cm体重90kgの巨躯をダイブさせる。そして長いリーチを伸ばすも、その先をかすめたボールはゴール左隅に吸い込まれていった。
次の瞬間、渡辺は雄叫びをあげながら疾走していく。広告の看板を軽やかに飛び越え、マリノスのファン・サポーターが狂喜乱舞しているゴール裏へ。初めて見せた興奮ぶりをこう振り返った。
「特に意識はしていなかったんですけど、自然とああなるんだなと思いました。やっぱりゴールを決めるって気持ちいいんだ、と思いました」
大怪我から復帰後で初先発を果たし、交代後はベンチで戦況を見守っていたFW宮市亮らも喜びを爆発させながら駆けつけてくる。もみくちゃにされながら、渡辺はユニフォームの左胸に輝くマリノスのエンブレムを誇らしげに、そして何度も叩きながらゴール裏のスタンドへメッセージを送った。
「本当にマリノスというチームを好きになっているし、このチームのために全力を尽くしたいと思って常にプレーしている。そのなかでファン・サポーターが喜んでくれる姿を見たら、もっと頑張らないと、と思えたし、今日やっと結果に結びついて、みなさんの前で見せられたのはよかった」
ゴールパフォーマンスはまだ終わらない。何かを思い出したように、近くで待機していたボールボーイのもとへ駆け寄った渡辺はボールを受け取り、ユニフォームの上着のなかへ入れた。そして、実紀さんのお腹のなかで育っている第3子へ届けと、ユニフォーム越しにキスを捧げたのだ。