それまでとは異なる光景が広がっていた
「今日は特に結果を、と家族から言われていて……」
再び照れくさそうに語った渡辺は、愛妻家であり、子煩悩な父親でもある24歳から、王者マリノスの中盤を支えるプロサッカー選手に戻る前に短い言葉を残している。
「今日、決めるよ」
結果とは、実はゴールだった。この瞬間から、出場100試合を数えるJ1リーグ戦でわずか3ゴールだった男の右足に、家族の思いが乗り移っていたのかもしれない。1-1のまま突入した後半アディショナルタイム。漂い始めた引き分けへの予感を霧散させたのは、渡辺の豪快な一撃だった。
敵陣の左サイドで井上健太や角田涼太朗、水沼宏太が短いパスをテンポよく交換する。自陣に引いてブロックを作っていたFC東京の注意を引きつけた直後。井上が右方向へ素早く横パスを送った。ターゲットのボランチ渡辺の眼前にはパスを受けた瞬間、それまでとは異なる光景が広がっていた。
「あっ、前に出て来ない……」
前半から何度かミドルシュートを打とうと機会をうかがった。しかし、渡辺は「そのたびに相手のボランチがしっかり押し上げてきて、ちょっと無理だった」と振り返る。だからこそ、目の前がぽっかりと空いた後半アディショナルタイムの光景に思わず驚き、トラップした瞬間、意を決した。