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サッカー日本代表が拒んだハリルホジッチのプラン。選手に手渡した分厚い資料と強化のプロセスとは?【独占インタビュー2】

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 植田路生 photo by Getty Images

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ヴァイッド・ハリルホジッチは2018年のFIFAワールドカップ開幕前に解任されてしまい、日本代表監督として本大会で指揮を執ることができなかった。結果的にワールドカップ出場が決まるオーストラリア代表戦で、なぜハリルホジッチは本田圭佑と香川真司を先発から外したのか。ハリルホジッチが実践してきたチームづくりは周囲の反発を生むことになるが、そこには確固たる信念とロジックという太い幹が通っていた。(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子【フランス】/本文4782字)※全文を読むには記事の購入が必要となります。

サッカー日本代表が上を目指すには「別の方法も必要だ」

 カタールワールドカップにはヴァイッド・ハリルホジッチと縁のある2つのチームが出場していた。2018年まで指揮を執っていた日本代表と、まさにワールドカップの直前まで監督を務めていたモロッコ代表だ。

「(モロッコの躍進は)もちろん嬉しかった。日本代表と同じように3年間一緒にやってきたわけだから。3年間かけて作り上げたものはそう簡単には失われない。ハキム・ツィエク(※編注:規律を乱したこと等が理由でハリルホジッチは代表チームから外していた)は復帰したが、以前に私のチームでプレーしていたときと同じポジションだった。

 グループステージを突破する確信はあったが、ベスト4という結果には少し運に恵まれた部分もあったと思う。一方でチャンスもたくさん逃したとも言える。さらに勝ち抜くにはこうしたチャンスをものにするのも必要な要素だ」

 またもベスト16を突破できなかった日本代表についてはモロッコ以上に評価をしている。ドイツ代表とスペイン代表という強豪を揃って撃破したことは想定以上という見立てだ。

「なかなか良い戦いで、ベスト16進出は上出来だ。決勝トーナメントには勝ち進むことができたので、それはひとつの目標としてクリアできたと言える。さらに上を目指すには学ぶことがある。おそらく別の方法でやることも必要だ」

 ただ、当たり前だが胸中は複雑である。「彼らと一緒の舞台に立ちたかった。同じような結果を得られたかもしれないし、もっといい結果を出せたかもしれない」と嘆く。そしてそれはロシアワールドカップについても同じだ。

「日本代表がベルギーに2-0でリードしていたとき、(もし自分が監督だったら)負けないようにあらゆる手を尽くした。ワールドカップで、あんな負け方をするのは本当に惜しい。PK戦に持ち込まれることはあっても、(逆転されて)負けるというのはあってはならない」

日本代表に必要だった戦術の上位概念

サッカー日本代表はFIFAワールドカップカタール2022ラウンド16でクロアチア代表と対戦し、PK戦の末に敗退となった。
【写真:Getty Images】

 日本代表はワールドカップ2大会連続でベスト8に迫った。だが、チームとして成長しているかどうかはわからない。基準が失われたので検証できないからだ。選手個人の成長で今後は好成績を収めることがあるかもしれない。しかし、それが日本代表という組織の成長とは同義ではない(広い枠組みで日本サッカー全体の成長という見方はできる)。

 今後の成長曲線を描くための基準をつくろうとしていたのがハリルホジッチだった。試合ごとの戦術にフォーカスされがちだが、実態としてはその上位概念を浸透させることから始めている。

「私が取り組んだのは、世界で最高レベルと認識されているヨーロッパの現代サッカーのビジョンを日本に持ち込むことだった。それをベースに進化していかなければならない。特に技術面、フィジカル面、それからスピードも。

 代表チームとは、2・3ヶ月で作り上げるものではない。ゆっくり時間をかけることが必要だ。新しい選手が入ってきて、新たなシステムを採用することもあるが、代表チームはクラブと違って、同じ選手が10年くらい一緒にプレーすることになる。だからこそ、明確なアイデンティティが必要だ。そしてそのアイデンティティには、決まり事が必要です。そうした決まり事があることで、次に来る選手や監督に受け継いでいくことができる」

 日本代表を1つの方向に向かわせるために、ビジョン・アイデンティティ・決まり事の順番で整理していった。そのための分厚い資料を用意し、選手ひとり1人に渡していた。代表チームは毎日会うことができない。各国でバラバラでプレーする選手たちに共通認識を持たせるためである。どういうプレーが必要で、そのために何を成長させるべきかを明確化させていたのだ。

 カタールワールドカップを目指すアジア最終予選のとき、三笘薫が「このチームには決まり事がない」と発言したことがあった。森保ジャパンに足りなかった要素はまさにこれではないか。

「その通りだ。細かい点も含めてあらゆることについてしっかり説明がなされ、共通認識を持っていることが重要だ。それがワールドカップのための準備であれば、選手1人ひとりが自分が担うべき役割について、徹底的に理解している必要がある。例えば、セットプレー。

 スローインでは、ボールを待っているチームメートに届かせるように、こう投げた方がいいとか、奥にポジショニングしている選手、近くにいる選手、それぞれに応じて投げ方や投げる角度が異なる。そうした細かいことは、毎回練習するわけにもいかないので、共通認識が必要だ。コーナーキックもフリーキックも同じだ」

 さらに、「その上で試合ごとの準備が必要」だとも言う。つまり、決まり事という行動原理があり、それに沿って対戦相手の対策をする。

「対戦相手についても、選手個人と、チーム全体のプレーとをビデオで何度も確認する。もしエムバペと対戦するなら、マッチアップする選手には彼がどんなプレーをしてどんな動きをするのか、個人の動きとチームの中での動きについて、徹底的に解説する」

ハリルホジッチのチームづくりの基本とは?

ヴァイッド・ハリルホジッチは分厚い資料を用意して選手に渡していた。
【写真:植田路生】

 カタールの地で出色のパフォーマンスだった三笘だが、日本代表でウイングバックとしてプレーするのは初めてだった。しかも練習でも試しておらずぶっつけ本番だったという。結果論として上手くいったが、そこには決まり事も対戦相手の対策も存在しない。見ようによってはギャンブル采配だ。

「高いレベルの仕事をしようと思ったら、思いつきやその場の直感などではできない。あらゆることを熟考し、準備し、ほんの些末なことであっても、見なかったことにはできない」

 ハリルホジッチのチームづくりの基本は、基準の明確化・言語化にある。その基準はチームのビジョンであり、アイデンティティであり、プレーにおける決まり事に沿っている。直観の入り込む余地はない。それは選手選考についても同様だ。

 象徴的な試合がある。ロシアワールドカップのアジア最終予選のオーストラリア戦(2017年8月31日)だ。勝てばワールドカップ出場が決まるこの試合で、ハリルホジッチは実績のある本田圭佑、香川真司、岡崎慎司をスタメンから外し、若手の浅野拓磨と井手口陽介を起用した。

「本田と香川を出場させないと言ったとき、他のコーチたちはショック状態で、『頭がおかしくなった』と思われたようだった。本当にパニック状態だった。だからといってコンディションが整っていない選手を起用するわけにはいかない。たとえ他のコーチがどんなに反対しても。

(試合前)コーチたちに、『我々の経験では…』と再考をうながされた。もちろん私も彼らの話を聞いて、じっくり考えた。しかしその結果、自分の当初の考えを貫くことにした。サッカーでは、『今この瞬間』がものを言う。今日ものすごく良い選手が、明日も良いとは限らない。だから今日の試合では、今日一番コンディションがいい選手を選ぶ。これは鉄則だ。数ヶ月前にどうだったかは関係ない。大切なのは、今日何ができるか、ということであり、これが私の信念だ」

 本田・香川・岡崎は一部メディアで「ビッグ3」と呼ばれ、チーム内での影響力も大きかった。特に本田と香川はザックジャパンではスタメンをほぼ確約されており、自分たちがチームの中心ではないことは考えにくい状況だった。

「本田はACミランで1年間もプレーしていなかったせいでレベルが落ちていた。それでも、日本では彼はスター選手のままだった。本田はこのオーストラリアとの対戦に向かえるだけのリズム感が整っていないと感じた。フィジカルの強いオーストラリアに対して、彼らからボールを奪って自分たちのパスゲームを展開していくのに必要なリズムを取れないだろうと。

 この試合には、スピードやリズムに合わせられる選手が必要で、早いテンポで攻撃を展開することが必須であると確信していた。なのでオーストラリア戦には、フィジカルコンディションが整った選手を起用したかった。浅野と井手口は2人ともコンディションが仕上がっていた。そしてこの2人が得点も決めてくれた。狙い通りだった。

 オーストラリアは、大柄でフィジカルは強い。しかしそれほどスピードはない。彼らのようなチームを相手に戦うのなら、高いボールはご法度。浅野は足元で勝負できる選手なので、あの試合でいかに浅野の持つ才能を有効に使うかと考えた結果が、ディフェンスラインの裏をつくような深い位置にボールを入れるプレーでした。そのようにプレーして、我々は勝利を手にしたのだ」

ハリルホジッチが固執した勝つためのプロセス

2017年、オーストラリア代表戦でゴールを決めた日本代表MF井手口陽介
【写真:Getty Images】

 ハリルホジッチにとって「レギュラーメンバー」という概念は存在しない。チームのビジョンやアイデンティティに合った選手が重要で、相手に合わせた戦術によって起用する選手も変える。浅野を例に解説する。

「選手を選ぶことも戦術の一部だ。そしてプレースタイルとは、手元にある戦力の能力を最大に活かせるものであるべき。それはもっとも重要なことだ。ゆえに、今日の試合はこのメンバーで戦ったが、次の試合は、たとえば浅野は使わないかもしれない。違う選手の方が適している場合もあるからだ。

(カタールワールドカップで)浅野はあまり目立った活躍はできていなかったように思う。左で使われたり右だったり。どういう理由だったかはわからないが、あちらこちらで使われていた印象だ。しかし浅野には、彼がもつ素晴らしい能力がある。その能力を存分に活かせる方法を心得ている必要がある。彼の働きが効いていなかった試合も、それは彼の能力の問題というより、使われ方の問題ではないかという印象だ。でもそれ(選手の能力をいかに活かせるかを考えて作り上げたシステム)が戦術、というものだ」

 私は2017年のオーストラリア戦が日本代表にとってエポックメーキングの試合だったと思っている。これまで日本代表はクラブチームのように主力選手が固定化されており、相手を「どう倒すか」よりも自分たちが「どう戦うか」に主眼が置かれていた。それを逆転させたのがオーストラリア戦だった。

 ハリルホジッチは就任当初からチームに対してビジョン・アイデンティティ・決まり事を伝えており、それが最も象徴的に具現化された試合がオーストラリア戦だったと言っていい。チームの方針に対戦相手への戦術をかけ合わせて戦力を最大化する。それがよく表れていた。

 選手ありきのチームづくりでは、その選手のパフォーマンスやコンディションでチーム力が変化してしまう。そうではなく、常にチームが最大限のパフォーマンスが出せるような仕組みをハリルホジッチは整えていた。勝つためのプロセスを整備していたと言ってもいいかもしれない。

 そのプロセスは、ハリルホジッチがいなくなったとしても本来は残るものであり、その積み重ねでよりよいプロセスができあがる。むしろチームづくりというよりはプロセスづくりとも言える。

 ただし、この方法は別な側面からは反発を生む。選手はチームにとって1つの駒であり平等に扱われるため、予選での奮闘などチームへどれだけ尽力したかの指標は無視される。それは、選手個々人が描くストーリーへの否定かつ利己的な選手への排除につながる。例えば、「チームのために」と言いながら自分が主力であることが前提で、そしてその前提を無視しているような選手は、ハリルホジッチの考えとは根本から合わない。

 ハリルホジッチは明確な方針のもと基準を言語化し、目標・目的に向かうプロセスを整備した。それは属人化していた日本代表にとって必要な作業だった。ハリルホジッチの解任は、それらのアプローチへの拒否と同義である。構造化されたチームづくりよりも、空気感で醸成されるチームづくりを選択したということだ。

(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子)

※第3回に続く/全3回

【了】

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