フットボール批評オンライン

【独占インタビュー1】ハリルホジッチはサッカー日本代表をどうしたかったのか? 誤解だった「縦に早く」と志半ばの日本化

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 植田路生 photo by Getty Images

フットボール批評オンライン 特集記事

サッカー日本代表は直近のFIFAワールドカップで2大会続けてグループステージを突破しているが、日本代表が明確なビジョンの下で進歩し続けているとは言い難い。2018年4月、突如として日本代表監督の任を解かれたヴァイッド・ハリルホジッチは、日本代表に何をもたらそうとしていたのか。70歳となったハリルホジッチをフランスまで訪ね、幻となったプランの全貌を全3回に渡ってお届けする。(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子【フランス】/本文4728字)※全文を読むには記事の購入が必要となります。

解任から5年。ハリルジャパンを検証する

「一番信頼できる友人ですよ」。愛犬のコスモスを静かになでながら老将は呟いた。現場から離れ、今は家族との時間を優先しているという。

ヴァイッド・ハリルホジッチが日本代表監督を電撃解任されてから5年が経とうとしていた。その間に古巣ナントの指揮官を務めるも会長と選手のリクルートについて意見の不一致で辞任。その後、モロッコ代表監督に就任するも、協会と対立しカタールワールドカップ直前に解任された。

「監督には強い性格が必要で、私は監督である限りすべてを決定したいと考えている。(決定するのは)会長や選手ではない。もちろん意見を交わすのは大歓迎だ。コーチと意見が合わないこともあるが、意見を聞くことは大事にしている。ただ、いつもこうなってしまう。

そのせいで、日本やモロッコ、コートジボワールと一緒にワールドカップに行くことができなかった。辛くてもこれが私の選んだ道であり運命だ。なかなか楽ではないが…」

日本代表監督就任時点で62歳だったハリルホジッチも今や70歳となった。本人の言葉を借りれば「盲目的に」人を信じる彼にとってこうも連続して“裏切り”があるのは想定外だったようだ。溢れるほどサッカーへの情熱があったハリルホジッチから、現場復帰の気持ちが消えている。

ハリルジャパンとは何だったのか。ザッケローニ体制との比較から守備的だと言われ、縦への早さを強調されたこともあった。デュエルを重視し、選手に対しては冷徹な一面も――。しかし、そんな言説は表面的なものに過ぎず、本質をとらえていない(むしろ一部は間違っている)。残念なことに、指揮官が目指していた本質的な部分への無理解が解任へとつながってしまった。

改めて、ハリルホジッチは日本代表で何がしたかったのか。おざなりに終わったハリルジャパンの検証をすべく、渡仏し、本人に話を聞いた。

「私は日本代表に新しい風を吹かせたかった」ハリルホジッチが作成したコンセプトブック

ロシアワールドカップ直前の2018年4月に日本代表監督を解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ
【写真:Getty Images】

ハリルジャパンが日本サッカーにもたらした意義について的確に説明できる人は少ない。「縦に早く」「デュエル」というわかりやすいワードは出てきたが、それはごく一部にすぎず、むしろそこにフォーカスしすぎると核を見失う。

「私は日本代表に新しい風を吹かせたかった。高いレベルの仕事は、思いつきやその場の直感などではできず、あらゆることを熟考し、準備し、ほんの小さなディテールであっても、見過ごすことはできない。また、どういう言葉でコンセプトを説明するかも重要だ。例えば、『ボールはいつも動いている』、ということ。ボールキープしているときも“ボールは常に動きのある状態である”ということだ」

やや抽象的な表現で言葉を聞くだけではわかりにくい。ハリルホジッチは1つの資料を見せてくれた。モロッコ代表監督に就任したときにチームのために作成したコンセプトブックのようなものだ。

そこにはチームの目標や戦略に始まり、その実現のためには、フィジカルやメンタルをどう準備すべきか、どのタイミングでどう動くべきか(そしてどういう状態が望ましいか)、フォーメーションごとの基本動作といったことが階層になって詳細に書かれている、100ページ程度の分厚い冊子だ。日本代表でも同様のものを作成し、さらに選手個人がどこをレベルアップすべきかまで記載し配布したという(守秘義務の関係もあり日本代表のものは閲覧できなかったが内容は似ているという)。

「自分がボールを持っているときも、そうでないときも、パスの可能性を逃さないようにスプリントが必要だ。味方がボールを持っているとき、自分がそこで相手を出し抜く素早いスプリントができれば、彼は自分にパスをくれるだろう。口で説明するのは簡単だが、実践してみると、この意識を変えるのは難しい。

どこでボールを受けるかで、そのあとフリーになれるかどうかが変わってくる。それは哲学の違いを知ることでもある。ほんの些細なことに気を配るだけで、大きな違いが生まれる。たとえばデュエルにしても、ぴったり距離を縮めることが重要で、中途半端に離してしまうと相手にターンされてしまう。いかに相手に振り向く隙を与えないかが重要だ」

ハリルホジッチは立ち上がり、「いいか、こういう動きだ」と私も立たせて実践して見せてくれた。

「このくらい距離を空けてしまうと、振り向いてシュートを打たれる。しかしもっと近寄っていれば、相手はターンできない。コンタクトプレーのときは相手との距離をできるだけ縮めた方がいい。いかに相手の行動を制限するかが、非常に重要なポイントだ」

「縦に早く」は間違った認識

日本代表にコンセプトを植え付けようとしていたヴァイッド・ハリルホジッチ
【写真:Getty Images】

「見てくれ。『全員で守る』と書いてある。もしボールがここにあれば、このようなブロックが必要だ。もしボールがそこにあれば、このようなブロックが必要だ。状況によって、もう少し前に行くことも、下げることもある」

資料を指さしながら、ハリルホジッチは守備ブロックについて説明する。ボールを起点とし、どういう状況の場合は、選手はどこにいるべきで、何メートル×何メートルのブロックを作るべきかといったことが細かく書かれている。

『ボールは常に動いている』のメッセージはこれらにつながっている。攻撃時も守備時もボールの位置によって動き方は変わる。すべての動き方が決められているのではなく、基本原理に基づいて「どう動くべきか」が定められているのだ。

そう考えると「縦に早く」という言葉が表面的であるばかりか間違った認識であることがよくわかる。言葉だけが先行し、状況にかかわらず縦にボールをつけるというイメージが広がった感は否めない。

実際、理解の薄い選手が戸惑いを見せ、さらに理解の薄いメディアがその言葉をもとにハリルホジッチの「縦に早い」サッカーを低評価することもあった。そもそも「縦に早く」という単純化したメッセージをハリルホジッチが発したことはない。

ボール奪取時に縦に早く展開することはサッカーでは当たり前のことである。それを実現するために、どの位置にいてどう動くべきかをハリルホジッチは共通認識にしようとしていた。

なぜハリルホジッチは「デュエル」を重視したのか

ハリルホジッチがこだわったのはチームのアイデンティティを確立させることだ。だが、クラブチームとは異なり代表では常に選手と監督が一緒にいるわけではない。アイデンティティを忘れないようにするために作成したのが先ほどから登場している“資料”だという。

「守備でも攻撃でも、ディテールが重要で、それをまとめたのがこの資料だ。日本代表のサッカーのアイデンティティを把握するためのもので、このチームだけの、このチームにあったプレービジョンを養うためのものだ。キャラクターも、守備面、攻撃面、フィジカル面、戦術面、それらすべてが日本代表の選手それぞれがもつ特徴に適応するように作成した」

「デュエル」を重要視したのも自らが定めたアイデンティティに基づいている。

「重要なのは、それぞれのチームのサッカーアイデンティティ(そのチームに合った、そのチームのためのサッカー)だ。技術力が高ければボールを支配することは有効だが、そうでないチームなら、キープ力よりもボール奪取力が高い方が有効だ。

統計データでも出ている。ハイレベルのコンペティションのサッカーでは、ボール支配率の低いチームが3試合のうち2勝している。そしてデュエルにより多く勝ったチームが試合でも勝利している。しかし日本では、常にボール支配率が話題になっていた…」

ボール支配率=ポゼッション率は注意が必要な指標だ。あくまでボールを持っている時間帯の多さを示すものであって、“試合の支配”ではない。ハリルホジッチは「テクニックのないチームがボールを支配するのはかえって危険だ」とまで言う。

解像度の低い“自分たちのサッカー”を標ぼうし、格上を相手にボールキープにこだわって惨敗したザックジャパンへの強烈な皮肉に聞こえた。

ハリルホジッチはなぜアイデンティティにこだわったのか。次の発言に凝縮されている。

「日本代表だからこそできるサッカー」

アジア予選を勝ち抜き、ロシアワールドカップ出場権を獲得した日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督【写真:Getty Images】

「『バルセロナみたいなプレーを』『レアル・マドリーみたいなプレーを』と言ったりするが、日本代表だからこそできるサッカーをすべきだ。なぜならプレーするのは日本人選手であって、スペイン人ではない。つまり日本代表独自のプレーのアイデンティティを持つことが重要だ」

これが意味するのは日本サッカーの「日本化」だ。2006年にイビツァ・オシム氏が日本代表監督就任記者会見ではじめて明かした概念である。オシム氏は「日本代表のサッカーを日本らしいサッカーにすること」とその意味を語り、日本の特長については「敏捷性、攻撃性、アグレッシブさ、細かいテクニック」と規定していた。

オシム氏の時代はまだ海外組が少なく、体の大きさ・強さで強豪国と見劣りすることが多かった。そこから10年経ち、日本代表はほとんどが海外組で構成されるようになり、いわゆるフィジカルで負けることはなくなった。「デュエル」を打ち出したのはそういった背景がある。

「日本化」はわかりやすい概念ではない。例えばバルセロナのようなスタイルを目指すといった何かの模倣をするものではないからだ。むしろ逆で、目指すべき姿を規定しない。可変する「あるべき姿」に向かうためのプロセスが日本化の正体だ。

日本代表の最大の弱点


【写真:植田路生】

サッカーには相手がいる。どう攻めるのかどう守るのかは試合ごとに異なり、可変しなければならない。とはいえ、まったく異なるサッカーがいきなりできるわけではない。そのための型が必要なのだ。ハリルホジッチが目指していたのはそこだった。

チームのアイデンティティ=基本的な決まり事を設定し、それを共通認識とする。そこに対戦相手に応じた戦術を足していく。足されたものが目指すべき姿であり、そこに向かうプロセスを整えていたのだ。

このプロセスが固まれば、あとは対応力と相手との相性になる。ハリルホジッチは、代表チームは「引き継いでいくもの」と認識していた。プロセス=日本化ができれば、そこから先は選手個々のレベルアップによってチームのレベルも上がっていく。2050年にワールドカップ優勝を目指す日本代表の土台をつくっていたのだ。

実際、2017年にはプロセスは固まりつつあった。ロシアワールドカップ出場を決め、そこからは選手選考と詰めの作業に入っていた。しかしながら、結果を出す必要のない期間での試合結果が評価を落とし、そこから不可解な解任が行われた。日本サッカー協会はハリルホジッチが何をしていたのをまったく把握していなかったに等しい。

本来であれば、そのプロセスの正しさをロシアワールドカップで検証できるはずだった。ハリルホジッチは解任され、ぶっつけ本番のサッカーでそれは叶わなかった。そして4年後のカタールワールドカップでも「決まり事」のないサッカーが行われ、課題は未だに解消されていない。

日本代表の最大の弱点は、監督が代わるごとにスタイルが変わり、何を目指すかがぶれていたことだった。チームのレベル=選手のレベルになっていて、レバレッジがまったくなかった状態と言っていい。逆に、あらかじめ土台ができていれば、レベルが1つ上がった状態からスタートできていた。

行き当たりばったりだった日本代表に、戦略と明確なビジョンを持ち込んだのがハリルホジッチだった。だが、避けて通れないはずの「日本化」が未だに行われている様子は見られない。ハリルホジッチが推し進めた時計の針は、彼が離日した2018年から止まっている。

(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子)

※第2回に続く/全3回

【了】

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!