「あまりポジティブな引き分けではない」の真意
まさに背水の陣で新潟に加わった結果が全42試合に出場し、チーム最多タイの9ゴールをあげた個人的なスタッツであり、J2戦線を制して手にした6シーズンぶりのJ1への昇格だった。
期限付き移籍ではなく完全移籍を選択し、飛躍へと繋げた軌跡は、レアル・ソシエダでまばゆい輝きを放つ久保建英をダブらせる。レアル・マドリードから移った久保に関しては「代表でのプレーしか見ていないので……」と苦笑しながら、伊藤は共通項として退路を断つ覚悟の有無をあげた。
「やはり期限付き移籍よりも完全移籍で加わった方が、選手は覚悟を持って新しいチームへ行くと思うので。そういったところで、プレーは大きく変わると思っています」
大ブレークを果たし、日本代表への招集待望論も高まってきた今シーズンの過程で、スコットランドの名門セルティックが興味を示していると報じられた。湘南戦の翌日には、今度は今夏にベルギーのシントトロイデンへ移籍すると報じられるなど、去就を巡る報道が過熱さを増している。
それでも伊藤は浮足立たない。62分には左コーナーキックから再び谷口のゴールをアシスト。一時は逆転に成功しながら83分に同点とされ、3試合ぶりとなる勝利を逃した湘南戦を反面教師にするように、試合後には「今日はあまりポジティブな引き分けではない」と振り返っている。
「立ち上がりに失点してから逆転するまでは、チーム全員がしっかりと戦った結果だと思います。だからこそ、最後のところですよね。リードしている展開で『このままいけば勝てる』と思うのではなく、追加点を奪いにいくようなスタイルを見せれば、相手はもっと守りに入っていたと思う。もちろん勝つことが大前提ですけど、簡単にロングボールを蹴って相手へボールをわたしてしまうなど、リードしてからは、いつもの新潟とは何かがちょっと違うサッカーをしていると感じていました」
言葉にするのがはばかられそうな厳しい現実を、チームのためになると思えば忌憚なく口にする。自身に宿るファンタジスタの能力を、いよいよ全面的に解き放とうとしているだけではない。チームリーダーとしてのオーラも身にまといながら、ホームのデンカビッグスワンスタジアムに京都サンガF.C.を迎える11日のシーズン折り返しの次節へ、伊藤は心技体を高めていく。
(取材・文:藤江直人)