ランパードは便利屋扱いされているのか
一度、ランパード目線で考えてみよう。今回もおそらく彼はリスクを承知でチェルシーの監督のオファーを受けた。むしろ前回よりも状況との相性が悪いことを考えれば、さらなる勇気が必要だったはずだ。それでも今回もイングランド人監督は快諾したという。
にもかかわらずクラブの窮地を救うことができても、正式監督になるというご褒美は準備されていないのだ。名誉や監督としての実績は手に入るだろうが、失敗した時に失うものと比較すると、ランパードは本当に十分な報酬を得られているのだろうか。
また失敗監督の烙印を押されるのは間違いない。加えて、全員ではないだろうが一部の心無いファンから誹謗中傷を受けるリスクを考えると、ゾッとする。
クラブ愛は美しいものである。手放しで愛でたい気持ちもある。
しかしながら今回のチェルシーの選択は、その愛を利用して、ランパードのことを便利屋扱いしているように見えてしまう。そもそも振り返れば、トゥヘルを早期解任し、他クラブからわざわざ引き抜き抜いた監督まで途中で解任しているのだ。正直、アメリカ人のトッド・ボーリー新オーナーの下で意思決定が行われている今季のチェルシーの監督人事に関しては不信感すらある。
ランパードの状況や心中を思うと、今回の暫定監督の期間は何としてでも成功を収めてもらいたいものだ。でなければ、彼のクラブ愛が報われない。
(文・内藤秀明)
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