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リバプール21世紀ワーストイレブン【DF】構想外になったフランス有望株。ワイルドな金髪が印象的だったのは?

シリーズ:ワーストイレブン text by 編集部 photo by Getty Images

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イングランドの名門であるリバプールには、これまで数多くの選手が在籍してきた。スティーブン・ジェラードらその活躍からクラブ史に名を残す選手が生まれた一方で、期待に応えることができなかった選手も数多くいる。今回は、リバプールにおいて21世紀以降に活躍できなかった11名の選手をワーストイレブンという形で紹介する(在籍期間、移籍金、通算成績は『transfermarkt』を参照)。


DF紹介

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【写真:Getty Images】


RSB:アベル・シャビエル(元ポルトガル代表)
生年月日:1972年11月30日
在籍期間:02年1月~03年1月、03年7月~04年1月
移籍金:120万ユーロ(約1.4億円)
クラブ通算成績:21試合2得点2アシスト

 プレミアリーグ、ラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガと4大リーグの全てでプレーしたアベル・シャビエルだが、リバプールでは全くと言っていいほど活躍ができなかった。

 02年冬にライバルクラブのエバートンから加入したシャビエルだが、当時の指揮官ジェラール・ウリエ監督の下で主力に定着することができずにわずか1年後にガラタサライへローン移籍で放出された。

 03年夏にローン契約満了に伴いリバプールへと復帰を果たすが、構想外だったため1度もメンバー入りをすることなく退団した。リバプールサポーターの多くはプレーより、奇抜な金髪ヘアの方が印象に残っているだろう。

CB:セバスティアン・コアテス(ウルグアイ代表)
生年月日:1990年10月7日
在籍期間:11年8月~14年1月
移籍金:800万ユーロ(約9.6億円)
クラブ通算成績:24試合2得点1アシスト

 今でこそ強豪スポルティングCPで主将を務めているセバスティアン・コアテスだが、リバプールでは鳴かず飛ばずであった。800万ユーロ(約9.6億円)という高額な移籍金で加入したものの、2年半でわずか24試合の出場に留まっている。

 加入した当時は21歳ということもあり、有望株として期待されていた。しかし、マルティン・シュクルテル、ダニエル・アッガー、ジェイミー・キャラガーに次ぐ4番手的な立ち位置から抜け出すことができず、2年半後の14年1月に母国ウルグアイのナシオナルへとローン移籍している。

 続く2014/15シーズンは同じプレミアリーグに所属していたサンダーランドへとローン移籍。そしてシーズン終了後にリバプールへ加入した時のおよそ3分の1となる280万ユーロ(約3.4億円)の移籍金で放出されている。

CB:ママドゥ・サコ(元フランス代表)
生年月日:1990年2月13日
在籍期間:13年9月~17年1月
移籍金:1900万ユーロ(約22.8億円)
クラブ通算成績:80試合3得点0アシスト

 ママドゥ・サコはリバプールで80試合に出場したが、獲得当初の期待を考えると物足りない結果に終っている。サコはデビュー2年目にリーグ・アンの年間最優秀若手選手賞を受賞し、21歳の若さでパリ・サンジェルマン(PSG)の主将に就任するなど期待の逸材として注目される存在だった。

 しかし、チアゴ・シウバとマルキーニョスの加入に伴いPSGの構想外となり、13年夏にリバプールが1900万ユーロ(約22.8億円)の移籍金で獲得に成功した。加入当初はレギュラーに定着していたが、怪我がとても多く、フルシーズンを戦えたことは一度もなかった。

 そして2016/17シーズン開幕前にサコがリバプールの構想外となる決定的な出来事が起きる。プレシーズンの練習を立て続けに3度遅刻したことでユルゲン・クロップ監督の怒りを買い、同シーズンはリザーブチームへと追放された。半年後にローン移籍という形でクリスタル・パレスへと活躍の場を求めると新天地で復活し、17年夏に2820万ユーロ(約33.8億円)という移籍金で南ロンドンのクラブへと放出されている。

LSB:ポール・コンチェスキー(元イングランド代表)
生年月日:1981年5月15日
在籍期間:10年7月~11年1月
移籍金:420万ユーロ(約5億円)
クラブ通算成績:18試合0得点1アシスト

 “奇跡”とも言われる2009/10シーズンのフラムのUEFAヨーロッパリーグ(EL)準優勝。その立役者の1人であるポール・コンチェスキーは、指揮官ロイ・ホジソンと共にシーズン終了後に4年契約でリバプールへとやってきた。

 加入直後に即スタメン出場を飾ったコンチェスキーだったが、第15節トッテナム戦で敗北と失点に直結する致命的なミスを犯したことでサポーターからバッシングを浴びてしまう。さらにホジソン監督が成績不振により11年1月に解任されたことで、リバプールでの居場所を完全に失ってしまった。

 結局コンチェスキーは指揮官同様に加入から半年後の11年1月にローン移籍という形で退団した。その半年後の11年夏には3年契約を残していながらも、当時2部だったレスターに170万ユーロ(約2億円)という安価な移籍金で売却されている。

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【了】

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