アーセナル 最新ニュース
4年に1度の祝祭・FIFAワールドカップが間もなく開幕する。11月14日に発売された『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』は、文筆家・イラストレーターの金井真紀が世界中に散らばるサッカーを愛する人々に話を聞き、サッカーを通してそれぞれの国と社会を覗いている。今回は同書より「父ちゃんはピッチで、息子はパブで熱くなる──ロンドン荒くれサッカー史」を一部抜粋して前後半に分けてお届けする。(文と絵:金井真紀)
「だけど父方の親族はみんなアーセナルを嫌っていた」
母方の曽祖父は、第一次大戦前にウーリッジ王立兵器工場で働いていた。その兵器工場の労働者によって結成されたサッカーチームがアーセナル。そんなわけでジョーさんの母方の家では代々アーセナルを応援してきたのだった。その最後尾に幼いジョーさんも連なった。ロンおじいさんは胸を撫で下ろしたことだろう。
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南ロンドンの小学校に入ると、同級生もみんなグーナーだった。それでもう、ジョーさんの心は揺るぎないものになった。
「美術の授業では、赤いシャツの男たちがサッカー場にいる絵を描いた。袖は白だよ、もちろん」
そうでなくちゃ。いつの時代も、どこの国でも、子どもは好きなチームの絵を描くのだ。
「だけど父方の親族はみんなアーセナルを嫌っていた」
「へぇ、なんでですか?」
軽い気持ちで理由を聞いて、たまげた。
「父さんはプロのサッカー選手だったんだけど、アーセナル戦で膝を壊されて選手生命を絶たれたんだ」
ヒィ……それはアーセナルを恨むのも無理はない。
ジョーさんの父親は、体はそれほど大きくないが闘争心あふれる選手だった。イングランドでもっとも荒くれ者が多いミルウォールで長くプレーし、ファン投票で「タフなイレブン」にも選出されたとか。レフェリーが見ている前で、挑発してくる相手選手にパンチを食らわせたこともあった。そんなことしたらもちろん一発レッド、かと思いきや。
「いや、カードは出なかった。殴られた相手は地面に伸びちゃって、ファンは興奮して『ワン! ツー! スリー!』ってボクシングみたいにカウントしはじめたよ、ワハハ」
信じられない。1960年代のサッカーシーンは、なんて無秩序なんだ。
お父さんのポジションは右ウイング。とにかく攻撃的で、クロスもうまくて、足も速い。でも守備は大嫌い。
「ぼくはテレビで試合を観ながら不思議でさ。母さんに聞いたんだよ。『どうして父さんはディフェンスしないで突っ立てるの?』って」
1966年のワールドカップを制した頃から、イングランドのサッカー戦術は変化していく。ウイングの選手にも守備的な動きが求められるようになるのだが、それでもお父さんは「守備はエネルギーの無駄遣い」とうそぶき、「その代わり、怖いもの知らずの攻撃を見せてやる!」と息巻いた。
くだんのアーセナル戦でも、殺人タックルが飛んできた瞬間、お父さんは怯まずゴールに突っ込んでいった。タックルを避けるか、それとも点を決めるかの二者択一。
「大事な試合だったから、チャンスを見逃すなんてありえなかった」
現在80代のお父さんは、当時をそう振り返る。ゴールは決まったが、タックルをまともに食らった膝が元に戻ることはなかった。いまでも歩行は困難で、ほとんどの時間を家で過ごしているらしい。
<書籍概要>
『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』
定価:1,870円(本体1,700円+税)
万国のサポーターを通して、それぞれの国のいまと、社会のいまを見てみよう
世界に散らばるサッカー民のはなしをじっくりと聞けば、それぞれの国のいまと、社会のいまもじんわりと見えてくる。ザ・武闘派、日系ブラジル人、障害者、イスラム女性、パブの荒くれ者、クルド人、LGBTQ+など、スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなしを、文筆家・イラストレーターの金井真紀が聞き書きする。
【了】