2年でJ3からJ1に。サガン鳥栖で磨いた能力とは?
「僕の主観的にはファウルかなと思ったんですけど、そのまま続いてしまった」
新潟県上越市で生まれ育った飯野は、アルビレックス新潟のアカデミーで心技体を磨くも、U-18からトップチームへの昇格はかなわなかった。進学した国士舘大で2年生からレギュラーを獲得するものの、チームは関東大学リーグ2部へ降格する。
卒業後はプロを志望し、Jクラブの練習に参加したなかで契約を勝ち取ったのは、2018シーズンをJ3で戦ったザスパクサツ群馬だった。迎えたルーキーイヤーの2019シーズン。左右のサイドで、飯野はJ3リーグで20試合に出場する。
群馬がJ2へ復帰した2020シーズンには28試合に出場すると、オフにはサガン鳥栖へ移籍。J3から毎年ひとつずつカテゴリーをアップさせ、夏場に神戸へ移籍した今シーズンはついにACLで輝きを放ったキャリアを飯野はこう振り返る。
「スタートはJ3でしたけど、昔から変わることなく自分の強みというものを貫いてきました。いろいろなチームを経験したなかで、特に鳥栖で自分のよさをどのようにすれば生かせるのか、相手のシステムがこう来るからこうしていこう、という個人戦術の部分を磨けたことにはすごく感謝している。神戸に来てからも最初は難しかったけど、そういった経験がいま現在につながっているのかなと思います」
(取材・文:藤江直人)
【後編に続く】