サッカー本新刊レビュー
9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビュー・コーナーでは、2021年以降に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。
過去の名勝負を追体験できる「図鑑」
『サッカーフォーメーション図鑑 配置の噛み合わせが生む位置的優位性を理解する』
(カンゼン:刊)
著者:龍岡歩
定価:1,870円(本体1,700円+税)
頁数:272頁
フォーメーションの「図鑑」だ。え? 「図鑑」? と思われるかもしれない。そう、「図鑑」だ。でも綺麗な写真が使ってあるわけでもなければ、魅力的なサポーターが映っているわけでもない。フォーメーションって[4-4-2]とか、[4-2-3-1]とか、[3-4-3]とか、例のあれだ。その態勢を黒とグレーの丸で示しているから、本書を開くと、なんとなく、囲碁の棋譜を眺めているような気分にはなる。地味だ。じつに地味である。誰が読むのか、と思って読んでみる。
ところが、これが意外に愉しめるのだ。
たとえば[4-2-3-1]のフォーメーションが「時代のトレンドを握る契機となった代表的な試合」として筆者は、EURO2000決勝の、イタリア対フランスの試合を挙げている。この試合は、フランス代表の[4-2-3-1]と、イタリア・セリエAで主流だった[3-4-1-2]の、いわば4バック対3バックの最強対決だった、と解説されると、目の前にゲームが髣髴として浮かぶ。そうだった! と膝を打つのだ。
しかも面白いことに、イタリアの「1」はユヴェントスでジダンを活かすために採用されたフォーメーションなのにジダンはおらず(当たり前だ)、フォーメーションの要であるはずのジダンは相手のフランスの中心選手で「3」の一人なっているというあたり。ノスタルジーと戦術愛の両方がくすぐられる本なのだ。戦術を棋譜のような配置図で確認しながら、かつ過去の名勝負でそれを追体験する、という二重に美味しい経験ができるのである。
[3-4-3]のフォーメーションができた偶然の出来事が、1996年にアルベルト・ザッケローニが率いていたウディネーゼが、王者ユヴェントスに挑むときに起こった、なんて読むと、懐かしくて涙が出そうなくらいだが、まあ、当たり前だが著者はそのあたりを冷静に分析してみせる。
正直に言えば、評者のような古いタイプのサッカーファンには十分に愉しめるのだが、新しくやってきた若いサッカーファンは、脳裡に焼き付いた動画があまりないので、文字だけで喚起される試合の実況が当たっているのかどうか、今一つ判断に苦しむ場面もあるかもしれない。もう、いっそのこと、フォーメーションでぶつかり合っている代表的な試合の動画をQRコードで頁の欄外にでも貼っておいてもらえたら、もっとすっきりとスマホで確認できたかも、と思った次第です。
(文:陣野俊史)
陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ。文芸批評家、作家、フランス語圏文学研究者。現在、立教大学大学院特任教授。サッカーに関わる著書は、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、共訳書に『ジダン』(白水社)、『フーリガンの社会学』(文庫クセジュ)。V・ファーレン長崎を遠くから応援する日々。
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