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多くのデータや研究が重ねられているものの一つに、「オフェンシブ・トランジション」というものがある。ボールを奪ってからの迅速な攻撃への移行は、得点数の少ないゲームであるフットボールにとってカギとなっている。サッカー4局面の解剖学と題しサッカーのトランジションについて考察する『フットボール批評issue35』(3月7日発売)より、結城康平氏がトランジションを巡る攻防を深堀りした「トランジションの攻防」から一部抜粋で公開する。今回は後編。(文:結城康平)
ハーランドやヴァーディが持つスキル
カウンターでも攻撃を抑えなければならない守備者の対応を考えると、最後にはアタッカーが「個で相手を突破し、シュートを狙うプレー」が求められていく。ゴール期待値のような指標を考えれば、シュートを打つポジションは一つのポイントだ。ゴールから離れてしまえばゴールの確率は下がる。角度についても同様だ。ゴールライン際からの難しい角度に追い詰められてしまえば、シュートを決めるには超絶技巧が必要になる。確かにGKが反応しにくい顔の周辺を狙うことでニアサイドからゴールを決める方法はあるが、それでは難易度が高くなってしまう。
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そこでアタッカーに求められる能力の一つが、相手DFを欺くスキルだ。守備者はゴールの中心とアタッカーを結んだ線上に立ちながら、攻撃側の動きに応じてポジションを変えていく。ここでシュートを成功させるには、相手のベクトルと逆に動くことが求められる。DFとの距離が離れれば離れるほど、ゴールの確率は高くなる。
また、ゴール方向にDFとアタッカーが走っている状況はアタッカーにとって有利になる。DFは止まって待ち構えるよりも、動きながらのプレーのほうが難しい。レスター・シティのジェイミー・ヴァーディやボルシア・ドルトムントのアーリング・ハーランドは、オフ・ザ・ボールのスキルでDFを剥がせるストライカーだ。
古典的なストライカーは絶滅危惧種となっているが、彼らのような選手は今後も求められていくだろう。ボールを受けながらゴールを狙う選手は、トップスピードでボールを受けなければならないし、そのままシュートまで移行するスピードを求められる。守備の選手は逆に、相手よりもスピーディーに対応しなければインターセプトは難しい。
EURO2008とEURO2016におけるオフェンシブ・トランジションのデータを比較したルベン・マネイロ(ポンティフィシア・デ・サラマンカ大学)の研究は、示唆に富む。2大会を比較した彼によれば、オフェンシブ・トランジションの回数は6・32%増加していた。また、相手陣内でのボール奪取回数も増えていた。彼はこの変化によってフットボールが複雑化したことで「ポゼッション主体のチームにとっては難しくなりつつある」と主張している。攻撃側のチームがオープンに仕掛けられるのはオフェンシブ・トランジションであり、そういったパターンが好まれる傾向にあったのだ。
ゼロトップで前線にロベルト・フィルミーノをプレーさせたリヴァプールがモハメド・サラーとサディオ・マネを中央に近いポジションで「カウンターにおけるターゲット」としていたように、守備やビルドアップの位置関係をトランジション前提で設計するチームも少なくない。バイエルン・ミュンヘンの指揮官となったユリアン・ナーゲルスマンも、守備と攻撃の流動化を意識している一人だろう。
『フットボール批評issue35』
<書籍概要>
定価:1650円(本体1500円+税)
特集 サッカー4局面の解剖学
「攻守の切り替え」は死語である
サッカーの局面は大まかにボール保持、ボール非保持、攻撃→守備、守備→攻撃の4つに分けられる、とされている。一方でビジネスの局面は商談、契約などには分けず、プロジェクトの一区切りを指す意味合いで使われることが多いという。しかし、考えてみれば、サッカーの試合は区切りにくいのに局面を分けようとしているのに対し、ビジネスの場面は区切れそうなのに局面を分けようとしていない。禅問答のようで非常にややこしい。
が、局面そのものを一区切りとするビジネスの割り切り方は本質を突いている。プロジェクト成功という目的さえあれば、やるべきことは様々な局面で自然と明確になるからだ。ならば、ビジネス以上にクリアな目的(ゴール)があるサッカーは本来、ビジネス以上の割り切り方ができる、はず。結局のところ、4局面を解剖する行為は、サッカーの目的(ゴール)を再確認するだけの行為なのかもしれない。
【了】