9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビューコーナーでは、2021年に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。
『ボールと日本人 する、みる、つくる ボールゲーム大国ニッポン』
(晃洋書房:刊)
著者:谷釜尋徳
定価:2,200円(本体2,000円+税)
頁数:232頁
ボールと日本人の関係を遠くは古代貴族にまで遡りながら、記述した凄い本。蹴鞠、打毬、競渡(けいと)、鷹狩りなど。この原稿を書いている媒体はサッカー専門なので、蹴鞠に話題を絞る。
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蹴鞠は、貴族のスポーツである、というのが一般的認識。8人が一般的で、ボールを順番にノーバウンドで蹴り上げて、回数を伸ばすことを目的とした。チーム対抗で回数を競う「勝負鞠」も昔からあった。ボールは右足で蹴るルールで(レフティーはいなかったのか)、一人が複数回のキックで次のプレーヤーにパスを送り、繰り返す。前に蹴る必要はない。垂直方向にコントロールできればOK、テクニックが必要なのは人に鞠を送るとき。一人3回までがベスト。一回目でトラップ、二回目で真上に蹴り上げ、三回目にパス、という構成だ。で、総回数を競技化する。
951年、熟練者たち11人を宮中に招いて蹴鞠の大会が催された。偶然だが「11人」! なんと彼らは520回という大記録を打ち立てる。パフォーマンスの数値化の試みは、西洋近代スポーツを先取りしている。
で、どんな鞠だったのか? 貴族たちが鞠を「蹴る」のが巧くても、ボールがダメなら記録は出ない。いい鞠がすでに作られていた、ということだろう。そう、「鞠括」(まりくくり)という専門職がいた。鹿の皮を張り合わせて中空に仕上げる「ふくらませ球」が主流で、鞠括の腕の見せ所だった。
時代が武家の時代に移り変わると、蹴鞠は衰退した? いや違う。武士たちも鞠を蹴った。貴族層が没落した関係で、蹴鞠道を追求するのは「上級貴族」に移り変わるのだが、注目される存在が、後鳥羽上皇。この人、凄いテクニックの持ち主。だいたい2日に1回は蹴鞠の大会を宮中で開くほどの蹴鞠好き。蹴鞠道という家元制が導入される。飛鳥井、難波、御子左という家元の三家が生まれた。
私がこの本を読んで感動したのは、蹴鞠のフィールドが決まっていたこと。コートサイズは一辺がおおむね「五丈六尺~八丈九尺」(16.9~26.9メートル)。地面は砂と土を混ぜて敷き詰め、石は丁寧に取り除かれた。プレーエリアの境界線は「懸の木」が植えられた。枝は剪定されていて、ボールが当たって様々な角度に跳ね返るように、試合が面白くなるように、枝には人間の手が入っていた。面白くするために労を惜しまない――このあたり、近代スポーツばかりやっている日本人が忘れてしまったことではないか! と感心した。
(文:陣野俊史)
陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ。文芸批評家、作家、フランス語圏文学研究者。現在、立教大学大学院特任教授。サッカーに関わる著書は、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、共訳書に『ジダン』(白水社)、『フーリガンの社会学』(文庫クセジュ)。V・ファーレン長崎を遠くから応援する日々。
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