驚きの一報とその背景
筆者はこの日の早朝、偶然まだ寝ていなかった。締切間近の原稿があるため執筆を進めつつ、少し集中が切れたらTwitterで移籍最終日の動向をチェックしていたのだ。すると驚きの投稿を目にすることになる。移籍情報の信憑性に定評のある現地記者デイヴィッド・オーンスタイン氏らを始め、複数の現地記者たちが突如、南野のサウサンプトンへのローン移籍の可能性を報じ始めたのだ。
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驚いた理由が2つある。まず移籍最終日までそんな噂がほとんどなく、唐突感が強かったからだ。そして何より、筆者自身がおよそ2ヶ月前に、南野拓実の状況を鑑みた上で、サウサンプトンへの期限付き移籍を勧める記事を書いていたからだ。
基本的に筆者は選手や監督へ提言するコラムというより、あくまで現場の裏側で何が起こっているのかの解説や推測記事を多く書くことが多いタイプだ。正直、いちライターがトップレベルの選手に提言するのは少し恐れ多い気がするという小心者の性格ゆえにそうしてきた。しかし非常に珍しく提言記事を書いたら、その内容がそのまま現実になったのだから驚きを隠せない。正直、びっくりだ。
南野拓実のリバプールにおける状況
南野拓実に関する状況は前回のコラムで詳しく書いたので、今回は概要のみの説明とする。そもそも2020年1月にリバプールに加入した日本代表FWは、リバプールの3トップにおける4番手、つまりスタメンを休ませる時にはレギュラーで、そうでない時はスーパーサブとしての役割を全うすることが求められていた。
しかし現実は厳しく、昨年9月に月にディオゴ・ジョッタの加入が決まると、立場は5番手に低下。その後もともと昨夏で退団濃厚と言われていたが一転して残留を決めたジェルダン・シャキリが復調すると南野は6番手にまで低下した。
この時点で前回の記事は執筆されており、出場機会が限定的すぎるため、まずはプレミアリーグになれる意味でもサウサンプトンにローンで移籍してはどうかと提言させていただいた。
ただし状況はこの後、さらに悪化していたのだ。
12月にはクリスタル・パレスを相手にプレミアリーグ初ゴールを決めると、序列にポジティブな変化が訪れると思いきや、むしろそれまで7番手だったディヴォック・オリギの起用頻度が増え始める。結果、リーグ戦における1月の南野のプレータイムがわずか6分のみだったにもかかわらず、オリギはスタメンの試合こそ少ないものの145分のプレー時間を得るなど、二人の序列が入れ替わることになる。
気がつけば南野は7番手に近い位置にいたのだ。
この序列というものは流動的で、コンディションの状況や、練習態度、試合でのパフォーマンスなどで常に変化する。ただ南野の根本的な課題は、プレミアリーグでの強度に慣れていないからこそ発生するミスが多く、そのミスがある限り試合に出られない。しかし試合に出ないとミスは治らないが、試合にそもそも出られないという袋小路に陥っていた。
そんな中で救いの手が差し出された。サウサンプトンがリバプールに対して南野拓実の獲得を打診したのだ。
サウサンプトンからの救いの手
ちなみに南野のサウサンプトン移籍には様々な思惑が交錯したと考えられている。
そもそもサウサンプトンは、アイルランド代表FWのシェーン・ロングと2部ボーンマスのノルウェー代表FWジョシュア・キングのトレードを画策していた。正確にはキングは完全移籍でサウサンプトンに、ロングは買取オプション付きのローンでボーンマスに、という話だった。
33歳のロングはプレミアリーグでは実績十分の選手だが、今季のプレミアリーグでのスタメン出場は1回しかなく、序列を落としていた選手だ。
一方の29歳のキングは昨季ボーンマスで2部への降格を経験しているものの、スピードとシュートセンスが武器のトップレベルの選手である。2019年冬には同郷の繋がりもあったのだろうが、マンチェスター・ユナイテッドのオーレ・グンナー・スールシャール監督からも獲得を打診されていたほどの選手だ。
しかし結果的には、サウサンプトンはキングではなく、南野拓実をローンで獲得し、キングはエバートンに移籍することになる。
これはサウサンプトンが南野拓実の優先度が高いためキングの獲得をやめたのか、キングのエバートン行きが決まってしまったため、代わりに南野を獲得したのか、記事執筆時点では詳細は明らかではない。
仮にキングの代わりに南野を獲得したのが真実だったとしても、プレミアリーグでの実績十分のキングと同等と評価を受けているのは光栄なことではないだろうか。しかもリバプールの番記者であるジェームズ・ピアース氏によると、サウサンプトンは50万ポンド(約7000万円)のローンフィーを支払った上に、買取オプションをつけることも希望したものの、買取オプションはリバプール側から拒否された経緯があった模様だ。
すなわち、サウサンプトンにとって南野は即戦力として期待されているのは明らかである。
サウサンプトンでの南野はどうなる?
さて今季のサウサンプトンは一時期首位に立つなど好調なチームである。現時点での順位は、けが人が続出して3連敗を喫して11位まで順位を落としているが、本来は一桁順位にいるべきチームである。
サッカーの内容は、南野拓実がレッドブル・ザルツブルクで慣れ親しんだ「レッドブル流」である。オーストリア人監督のラルフ・ハーゼンヒュットルは、ザルツブルクと同じくレッドブル系列の、RBライプツィヒでも監督を務め、16/17シーズンには昇格1年目のチームをブンデスリーガで2位に導いた名将だ。原則的に4-4-2のシステムでハイライン&ハイプレスを継続する激しいカウンターサッカーを志向しており、南野は2トップの一角か左右のウイングでプレーする見込みである。
しかも現時点のサウサンプトンは、2トップやウイングでプレー可能な選手に関しては、元アーセナルのイングランド代表FWテオ・ウォルコット、若手アタッカーのネイサン・テラやマイケル・オバフェミ、ウィリアム・スモールボーンなど、けが人が続出している。加えてボランチのイブラヒマ・ディアロ、 オリオール・ロメウらも負傷しているため、本来は前線のスチュアート・アームストロングがボランチで起用される可能性もある。
そう考えると、前線で万全なのは、スコアラーのダニー・イングス、ハードワークとポストプレーを得意とするチェ・アダムス、ドリブラーのムサ・ジェネポ、ネイサン・レドモンドら4名くらいしかいないのが実態だ。
もちろん負傷からの復帰などで状況は変化していくだろうが、リバプールで3枠で争っている中での7番手だった状況から、4枠を争う中での5番手スタートというのは、状況は良化したと言えるだろう。
また監督のハーゼンヒュットルは南野も話すことができるドイツ語話者のため、コミュニケーションもおおきな問題はない。クラブスタッフも長らく日本代表DF吉田麻也を見ていたので、日本人の人となりもわかるはずだ。そもそも吉田麻也からも何らかのアドバイスをもらっているのではないか。
加えてサウサンプトンという土地には、クラブスタッフではないものの、 サウサンプトン所属のイングランド代表MFジェームズ・ウォード=プラウズら複数名の選手と個人契約を結んでいる日本人トレーナーの木谷将志氏もいる。南野が木谷氏と契約を結ぶかどうかは不明だが、同じ日本人ということもあり、何らかのサポートをしてもらえる可能性は高いのではないだろうか。味方ゼロの新天地というわけではないのだ。
いずれにしても、南野のサウサンプトンへのローン移籍は非常に良い決断に思える。港町であるサウサンプトンで活躍して、同じく港町であるリバプールへの、特に主力への復帰の切符を手に入れることに期待したい。南野の今後の大航海にも注目だ。
(文・内藤秀明)
【了】