ピオーリが用意した徹底した守備
ハカン・チャルハノールがドリブルで相手をかわし、左サイドから中へ切り込んできたラファエル・レオンにパスが通る。そして背番号17は、GKアンドレア・コンシーリとの1対1を冷静に制してゴールネットを揺らした。
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セリエA第13節、アウェイでのサッスオーロ戦で、ミランは上記した形から先制ゴールを奪っている。驚くべきはその時間で、なんと開始からわずか「6.7秒」のことだったという。これは、2001年12月にピアチェンツァのパオロ・ポッジが記録した8秒での得点を上回るセリエA最速記録。欧州5大リーグで見ても史上最も速い得点だったようだ。
まさに電光石火の一撃でサッスオーロからリードを奪ったミランは、その後も相手を押し続けた。9分にはVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)により、レオンにパスを出したアレクシス・サレマーカーズにオフサイドがあったとして取り消しにこそなってしまったが、右サイドに流れたレオンからのパスを受けたチャルハノールがゴールネットを揺らしている。
このように、ミランが立ち上がりからサッスオーロを押し込むことができたのは、ステファノ・ピオーリ監督が用意した“良い守備”があったからと言えるだろう。
結果よりも内容にこだわりを持つロベルト・デ・ゼルビ監督率いるサッスオーロは、かなりポゼッション重視だ。このミラン戦でもボールを放棄することなく、守護神コンシーリ含めた11人で丁寧にパスを繋ぐ意識を持っていた。
サッスオーロのフォーメーションは4-2-3-1だが、攻撃時はダブルボランチのうち一人を下げて、もう一人を高めの位置に固定する4-1-4-1のような形を取る。ミラン戦で言えば前者がメディ・ブラビア、後者がマクシム・ロペスだ。
そのサッスオーロに対しミランはこのような守備を行った。
まず、両センターバックには強くプレスをかけず、ある程度ボールを保持させる。最前線のレオンは右CBのマルロンとこの時はアンカーのブラビアの間に立ち、トップ下のブラヒム・ディアスは左CBのジャン・マルコ・フェラーリとブラビアの間にポジショニング。そして相手の両サイドバックには両サイドハーフがしっかりとマークに付くことで、ビルドアップを阻止した。
高めの位置を取るM・ロペスにはフランク・ケシエが、そしてトップ下のハメド・ジュニオール・トラオレにはサンドロ・トナーリがつくなど、相手の2列目や最前線の選手にはほぼマンマークで対応。サッスオーロの良さを確実に消した。
19分の場面では上記したような守備が機能し、サッスオーロはビルドアップで苦戦。GKコンシーリへボールを下げざるを得ず、最後は左SBのロジェリオへ浮き球のパスを出したが、マークを担当するサレマーカーズに素早くボールを奪われてしまったことでピンチを招いている。このように、ホームチームはゴール前に侵入するどころか敵陣に入ることも難しくなっていたのである。
ミランの弱点
立ち上がりから守備がハマったミランは、ボールを奪うとすぐに最前線のレオンへ展開。手数をかけない攻撃でサッスオーロの陣形が整う前に崩し切るという狙いだった。
追加点は26分に生まれている。カウンターからテオ・エルナンデスが独力で左サイドを破ると、最後はボックス内に飛び込んできたサレマーカーズが冷静にシュートを流し込んだ。
前半、ミランのポゼッション率は32%とサッスオーロを大きく下回ったものの、シュート数は7本で、うち2本を得点へと結びつけている。ボールを握られることを想定し、守備から入り、攻撃は選手の特徴を引き出すカウンター。ピオーリ監督が用意してきた策が、結果によく表れた45分間だったと言える。
ただ、そんなミランにも当然ながら弱点があった。
先述した通り、ミランは相手の2列目の選手、そして最前線の選手に対してはほぼマンマークで対応している。マンマークはハマれば当然強いが、一人剥がされると全体にズレが生じる。ズレが生じるということは、どこかでフリーとなる選手が生まれる確率が高くなるということだ。
とくに目立ったのは、左サイドのフィリップ・ジュリチッチが中に入るなど柔軟な動きをみせたことでトラオレのマークも受け持つトナーリの負担が大きくなり、どちらかがフリーとなってしまうこと。本来ジュリチッチのマークはダビデ・カラブリアの担当なのだが、ジュリチッチが中へ切り込んだ際に果たして大外を捨ててまで付いていくのかどうか。ここが曖昧となっていた。
さらに、左CBのフェラーリが隙を見て上がってきた場合も厄介だった。先述した通り、ミランは相手のCBに対しアンカーへのパスコースを消す対応は取っていたが、マークを張り付けているわけではない。そのため、フェラーリが上がってきた際に、誰がマークに付くのか。恐らくはB・ディアスなのだが、このあたりも微妙だった。
前半アディショナルタイムのシーンは非常にわかりやすいだろう。フェラーリが隙を突いてドリブルで深くまで侵入したが、ミランの選手は誰も寄せることができなかった。そして最後は、シュートを打たれている。
デ・ゼルビ監督は後半頭に昨季21得点を挙げたフランチェスコ・カプートを投入。さらに57分にはジュリチッチを下げてジェレミー・ボガを送り出している。
それまで最前線にいたグレゴワール・デフレルよりも豊富なアクションを見せるカプート、そして個の打開力はリーグトップクラスにあるボガが入ったことで、サッスオーロの攻撃に前半にはなかった流動性が生まれた。こうなると、ミラン守備陣にはマークのズレが生じやすくなる。トナーリが負傷の影響で前半のみの出場となったことも大きかったか、後半は自陣深くでの守りの時間が多かった。
試合終了間際には、“ミランキラー”のドメニコ・ベラルディに直接フリーキックを決められ、1点差に詰め寄られている。内側にポジショニングしたボガをマーク担当のカラブリアが見失ってしまいパスを通され、ドリブルで二枚を剥がされてゴール前へ侵入。最後はたまらずアレッシオ・ロマニョーリが飛び込んだことで与えたFKだった。この日全体トップタイのドリブル成功数を記録するなど、マークを剥がして相手に「ズレ」を生ませることができるボガの存在は、ミランにとってかなり厄介だったと言えるはずだ。
年内最後のラツィオ戦はどうなる?
終盤に1点を失ったミランは、その後サッスオーロのパワープレーにヒヤヒヤとさせられた。しかし、守備陣が踏ん張って2-1で勝利。結果論にはなってしまうが、ピオーリ監督が用意した策を選手がハイレベルに実行し、サッスオーロを封じ込めることができた前半45分間が、この日の勝因になったと言えるだろう。
曲者サッスオーロを撃破したミランは、これで今季リーグ戦無敗を維持。すぐ後ろにインテル、そしてユベントスが位置しているが、首位をキープすることに成功している。
ただ、このサッスオーロ戦勝利に払った代償は決して小さくなかった。
シモン・ケアーやズラタン・イブラヒモビッチ、イスマエル・ベナセルなど怪我人が多い状況のミランだが、この日新たにトナーリが負傷。右足内転筋を痛めたようで離脱期間等は明らかとなっていないが、チームとしては痛い。さらに、ここまで獅子奮迅の活躍をみせてきたケシエが累積警告で次節出場停止となってしまった。
首位で年を越したいミランは、年内最終戦でラツィオと対戦する。シモーネ・インザーギ監督率いるチームは決して好調とは言えないが、チャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント行きを決めるなど力はある。ミランにとっては当然、厳しい相手となる。
そんなラツィオ戦だが、引き続きイブラヒモビッチは欠場で、ケアーやベナセルも不在となる可能性が高い。そしてケシエも出られず、トナーリも現時点で起用できるかどうかは不透明だ。
ベナセル、ケシエ、トナーリがいない場合、ミランのダブルボランチはどうなるのか。現地ではラデ・クルニッチとチャルハノールが予想されているが、やはりケシエやベナセルが発揮してきた強度は期待できないだろう。仮にクルニッチとチャルハノールのコンビとなった場合、ピオーリ監督がどのような戦略を取ってくるのかは非常に興味深いところである。
いずれにせよ、首位での年越しがかかったラツィオ戦は文字通り「重要」となる。厳しい台所事情だが、若いチームの総合力に期待したい。
(文:小澤祐作)
【了】