アジアNo.1守護神が欧州デビュー
今季の欧州サッカーを見るうえで、密かに注目していた選手がついにベールを脱いだ。
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現地10日に行われたUEFAヨーロッパリーグ(EL)のグループステージ第6節で、ロイヤル・アントワープFCに所属するイラン代表GKアリレザ・ベイランバンドが公式戦デビューを飾った。
相手はプレミアリーグで首位に立つ絶好調のトッテナム。実力を推し量るのには最高の舞台だ。
すでにELで決勝トーナメント進出を決めていたアントワープは、国内リーグで週末に控えるクラブ・ブルージュとの大一番に備えて主力の大半を温存した。その中には日本代表MF三好康児も含まれる。
普段のリーグ戦で正GKを務めるフランス人のジャン・ビュテズもベンチに座り、代わりに起用されたのがベイランバンドだった。今夏、イランの強豪ペルセポリスから欧州初上陸を果たした28歳の守護神にとっては新天地での公式戦初出場のチャンスだ。
試合終了時のスコアは0-2で、敗れたアントワープはグループ2位に。勝利したトッテナムは逆転でグループ首位となってEL決勝トーナメントに駒を進めている。お互いにとっての試合の重要度や起用されたメンバーを見る限り妥当な結果だったと言えるだろう。
だが、スタッツを見れば控え選手中心で挑んだアントワープは十分に善戦したことがわかる。トッテナムは21本ものシュートを放ったのに対し、アントワープは90分間でわずか2本。枠内シュートは1本もなかった。
ジョゼ・モウリーニョ監督率いるプレミア首位クラブは21本のシュートのうち10本をゴールの枠内に飛ばしたが、2得点。残りの8本を止めまくったのがELデビューとなったGKベイランバンドだった。
ピンチに次ぐピンチの連続
34分、ディフェンの間を縫うようなドリブルで中央突破してきたジオバニ・ロ・チェルソが左足アウトサイドで蹴ったコントロールショットを横っ飛びで阻止。43分にはまたも守備陣が簡単に中央を破られてしまったが、カルロス・ヴィニシウスとの1対1を股間への衝突も厭わない決死のブロックで制した(かなり痛そうだったが)。
こうしてトッテナムに10本ものシュートを打たれた前半45分間を、ベイランバンドは無失点で終えた。
後半に入って57分に最初の失点を喫するが、GKとしてやれることは全てやっただろう。ゴールまで30mほどの距離からガレス・ベイルが蹴ったフリーキックは、無回転でゴールの右上角に飛んだ。ベイランバンドは思い切り体を伸ばして左に跳び、かなり厳しいコースのシュートを一度は弾き出す。ワールドクラスの一発を止めた素晴らしいセーブだったが、こぼれ球をカルロス・ヴィニシウスに押し込まれてしまった。
トッテナムはこの先制点の直後から次々に主力級を投入して勢いを増していった。59分からソン・フンミン、ハリー・ケイン、タンギ・エンドンベレが登場する。
67分にはアントワープの横パスのミスを見逃さなかったケインから、左に飛び出してきたソン・フンミンにパスが渡りビッグチャンスが生まれた。しかし、ここでもベイランバンドが韓国代表FWの強烈なシュートに鋭く反応してゴールの外へ弾き出した。直後の69分には同じく途中出場のステーフェン・ベルフワインが放ったミドルシュートもキャッチで処理し、ピンチの芽を摘んだ。
71分に生まれたトッテナムの追加点は、GKからすればノーチャンスだっただろう。アントワープの自陣でのミスが原因でショートカウンターを受け、ゴール前で2対3の数的不利を作られた。最後はロ・チェルソがベイランバンドとの1対1を冷静に制してシュートをゴールに流し込んだ。
C・ロナウドのPKを止めて欧州の扉を開く
アントワープはボール支配率57%でトッテナムを上回り、パス本数でも527本と相手よりも多い数字を残していたがビルドアップでミスが多く、そこにつけ込まれた。モウリーニョ監督率いるチームはしたたかにミスを狙い、カウンターでチャンスを量産。大量失点を避けられたのは、枠内に飛んだシュートを止めまくったベイランバンドの活躍があったからこそに他ならない。
アジアNo.1守護神という評価にふさわしいパフォーマンスを披露したとも言えるだろう。2018年のロシアワールドカップでクリスティアーノ・ロナウドのPKを止めて一躍注目の的となり、ペルセポリスのイランリーグ4連覇にも大きく貢献した。昨年はアジア年間最優秀選手賞の投票で2位に入った実力者だ。
欧州上陸までの道のりは長かった。ベイランバンドが地元メディアに語ったところによれば、2018年のロシアワールドカップ終了時点で欧州クラブからオファーがあり、彼自身も欧州挑戦を決意していたという。だが、当時はクラブが移籍を認めず実現に至らなかった。
遊牧民の家庭に生まれたベイランバンドは、家業を継いでほしいと望んだ父の願いを聞き入れず12歳でサッカー選手になるために家を出た。洗車屋やピザ屋で働きながらプロサッカー選手になり、イランのみならずアジア全土で名の知られたGKにまで上り詰めた。
2019年のアジアカップ後にも欧州移籍を試みたが、苦境にあったペルセポリスを助けるために残留。だが、同年に短期間イラン代表監督を務めたベルギー人のマルク・ヴィルモッツ氏にも、欧州行きを勧められたとベイランバンドはイランの地元メディアに語っている。
「ヴィルモッツがイラン代表監督に任命された時、僕たちはお互いにいい関係を築いていた。残念ながら彼はイランに長く滞在することはできなかったけれどね。それでも彼は僕に欧州でプレーするよう勧めてきた。ティボ・クルトワやシモン・ミニョレといった偉大なベルギーのGKたちと比較してくれて、とても嬉しく思ったよ」
アジア人GKの評価は高まるか
そして、今年1月に満を持してアントワープとの契約に合意し、ベルギーに飛ぶはずだった。ところが今度は新型コロナウイルスの感染拡大によって就労ビザなど必要な手続きが滞り、仮契約状態のままペルセポリスに残留。夏になってようやく欧州の地を踏むことができた。アントワープは違約金満額の70万ユーロ(約8400万円)をペルセポリス支払って、ベイランバンドと3年契約を結んだ。
「ベルギーへの到着が遅れ、言葉の壁もあるけれど、アントワープにすぐいい影響を与えることができると思う。何が起こるか見てみようじゃないか。僕にとって夢を実現するために制限するものは何もないんだ」
ベイランバンドは欧州へ飛び立つ直前にイランメディアに対して明るい展望を語っていた。現実ではなかなか出番を得ることができなかったが、ELのトッテナム戦でのパフォーマンスを見ればイバン・レコ監督も実力を認めざるをえないだろうし、正GKのビュテズも危機感を覚えているに違いない。
ベルギーリーグではベイランバンドの他にもアジア人GKが多数プレーしている。ゲンクではオーストラリア代表のダニー・ヴコヴィッチが、シント=トロイデンVVでは日本代表のシュミット・ダニエルが、それぞれ定位置をつかんで奮闘中だ。
プレミアリーグではブライトンのオーストラリア代表GKマット・ライアンが今季も正守護神の座を守っている。ポルトガルのマリティモでもイラン代表GKアミル・アベドザデーが活躍し、フランスではストラスブールの日本代表GK川島永嗣が37歳にして若い選手からポジションを奪って再評価されているところ。ポルティモネンセには日本代表の権田修一もいる。
彼らがコンスタントな活躍を見せることで、アジア人GKへの評価は間違いなく上がっていく。ソン・フンミンが驚異的なパフォーマンスで世界に認められつつある今、GKたちも負けてはいられない。
28歳になるまで知る人ぞ知る存在だったベイランバンドが、欧州で評価されるようになれば、夢を追うアジア人選手たちにまた新たな扉が開かれることだろう。
(文:舩木渉)
【了】