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これまでのエバートン
今季のエバートンは補強がハマったことともあり、4-1-4-1のフォーメーションで、奇跡的なかみ合わせの良さを見せていた。
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両CBには対人戦の強いマイケル・キーンとジェリー・ミナを配置し、その前にはCBの手が届かないところを絶妙にカバーするアランがアンカーでプレーする。そして新加入の小柄なブラジル人MFはアンカーとしてはかなり広範囲に動き回るため、彼が空けてしまったスペースを埋めるべく、左右のインサイドハーフの2枚がカバーリングに入るルールになっている。
特に右インサイドハーフのアブドゥライェ・ドゥクレは精力的に走り回っており、アランが空けたスペースだけでなく、右ウイングでプレーする「王様」ハメス・ロドリゲスの守備負担も減らす役割を担っていた。
逆に左インサイドハーフは守備のために走り回りつつも、基本的には攻撃のリズムを作る役割を担っており、試合によってポルトガル代表MFアンドレ・ゴメス、アイスランド代表MFギルフィ・シグルズソンを使い分けていた。とはいえ左サイドの守備も堅い。というのも左ウイングでは守備意識が非常に高くハードワークを惜しまないリシャルリソンがプレーしているからだ。
このようにエバートンは左右にバランス良く守備意識の高い選手を配置していた。
さて、攻撃面にも光るポイントがいくつかある。まずは、いわずもがなハメス・ロドリゲスだ。コロンビア代表MFのパスセンスはもはや美しさすら感じるほどで、エバートンの攻撃のほとんどが彼から始まるといっても過言ではない。ただし彼をサポートするという意味で忘れてはならないのが、いぶし銀の攻撃参加を見せる右SBシェイマス・コールマンだろうか。彼の囮のランニングがあるからこそ、ハメスは思うようにボールを持つことができる。そしてハメスの右サイドからのサイドチェンジを受けて、ワールドクラスのクロスで決定機を演出するリュカ・ディーニュも忘れてはならない存在である。
こうして作り上げたチャンスを、今季絶好調のイングランド代表FWドミニク・カルバート=ルーウィンが身体能力の高さを生かして決めきって得点を量産してきた。
このように今季のエバートンは見事な補完性を見せており、ベストメンバーを揃えた際にはビッグ6にも対抗しうる強さを見せつけていた。
アンチェロッティの実験
しかし直近のエバートンは、出場停止や負傷離脱に悩まされ、ベストメンバーを揃えることはできず、結果としてパフォーマンスは低下した。正直なところ、確かに昨季12位のチームは劇的によくはなったが、さすがに名将カルロ・アンチェロッティとはいえども、ひと夏の補強で優勝争いが可能になるほどチームを強くすることは難しかったようだ。
ただしアンチェロッティは手持ちの駒で最適解を見つけるのが得意な監督だ。これまでの3連敗でもスカッドが100%揃わないなりに、実験を繰り返しながら、戦力ダウンを防ぐ術を模索してきた。
そういう意味ではこのフラム戦でも一つの大きな実験を行い、一定の収穫と課題を発見している。この試合の最大の実験はシステムの変更だろう。
これまでのイタリア人監督は、メンバーは変わっても基本的には4-1-4-1のシステムを崩さずに戦ってきた。ただこの試合では珍しくこれを崩した。
理由は右SBの不在だろうか。現在の右SBのスタメンであるコールマンは残念ながら負傷離脱中だ。そのため右SBに関しては、若手のジョンジョー・ケニーもしくは、CBでもSBでもプレー可能な新戦力ベン・ゴドフレイの二択になっている。
ただここまではアンチェロッティはゴドフレイの守備面の能力を高く評価しているようで、本来はCBの選手を右SBとして起用してきた。この場合、守備は問題ないが、問題になるのが攻撃面だ。ゴドフレイは足元が上手いCBで持ち上がりも可能だが、SBとして見ると攻撃参加はどうしても物足りない。結果として、右サイドの攻撃はやや停滞気味だった。
だからこそフラム戦に関しては、戦前時点では「ケニー起用濃厚」という現地メディアの報道も多かった。しかし蓋を開けてみると、理由は現時点では明らかになっていないが、結局この試合でもアンチェロッティはゴドフレイを先発で出場させる。
フラム戦での実験結果
ただしアンチェロッティもノープランで試合に臨んだわけではない。ゴドフレイの攻撃面で違いを作れない難点を隠すために、システムを3-4-3に変更する工夫付きでこの決断を下した。
結果、何が起こったのか。
まずゴドフレイを3バックの一角としてプレーさせることで、攻撃力不足という難点を隠すことに成功する。同時に本来は2列目のアレックス・イウォビを右ウイングバックで起用することで、「ボックス近くでのプレー精度は欠くものの推進力はある」という、彼の良さが発揮しやすい環境を準備することにも成功している。
またこの3-4-3はただの3-4-3ではなくやや可変気味のシステムでもあった。というのも、どこまで意図的だったかは不明だが、ゴドフレイが右SB気味でプレーする時間帯があり、その場面ではイウォビがウイングになり、右ウイングのハメスがトップ下気味になる4-2-3-1の時間帯もあったのだ。
結果として、ハメスが普段以上に中央でプレーする時間が長くなり、彼が得意とする中央から左サイドへの綺麗な展開が増えることになる。するとクロスが得意なディーニュの攻め上がりがより効果的になり、このフランス人DFはこの試合2アシストを記録することに成功した。これもこのシステム変更の好影響の一つだろう。
一方でいくつかの課題も発生している。その一つは中盤のフィルター力低下だろうか。というのも2ボランチを務めるアランとドゥクレは球際が強く、人に食いつくことで良さを発揮するタイプだが、2枚とも人に食いつきすぎる傾向にある。
正確にいうとアランはまだスペースをカバーする意識もあり状況判断が可能だが、ドゥクレはその判断が苦手だ。中盤が3枚なら誰かが誤って空けたスペースを、他の選手がカバーすれば良いのでまだ粗が目立たない。しかし中盤が2枚の場合は、スペースを守るべきタイミングと人に食いつくべきタイミングに関してより正確な判断が求められる。
結果としてこの2ボランチでは中盤の広大なスペースを器用に埋めることができず。しかも3バックも単純な対人戦に強いタイプで、状況に応じて中盤に潰しに出る判断をすることができない場面がいくつかあった。そのため、この試合は守備面で苦しみ、何度も攻め入られ、17位のフラムに対して2失点を喫する結果になっている。この日は攻撃面が機能し3点とれていたから勝ち切れたが、あわや勝ち点を落とすという展開になってしまっていた。
まだまだ課題は山積している。
最後に
とはいえ、このようにアンチェロッティは実験を繰り返しながら最適解を見つける努力をしているのは確かで、彼の実績を考えれば、今季のどこかのタイミングで第二の良い組み合わせ、第三の良い組み合わせを見つけていくに違いない。
そういう意味では今季のエバートンは、ハメス・ロドリゲスの美しすぎる技術や、ベストメンバーが魅せる最高のサッカーを見る喜びだけでなく、アンチェロッティの実験を観察するという面白さがあるチームでもある。
リーグ優勝に絡めるレベルではまだないかもしれないが、目を離せないチームであることは間違いないのだ。
(文:内藤秀明)
【了】