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アーセナルを葬ったのは「ファン」だった!? 夢の大一番で2得点、“無名”のFWが歩んできた叩き上げのキャリア

プレミアリーグ第8節が現地8日に行われ、アストン・ヴィラがアーセナルを3-0で下した。エミレーツ・スタジアムで強豪を打ち破る立役者となったのは、アーセナルを愛する若きストライカーだった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

「僕はアーセナルファン」

オリー・ワトキンス
【写真:Getty Images】

 試合後のフラッシュインタビューで、「アーセナルファンとして、この状況をどれくらい楽しめている?」と問われると、その選手はこう答えた。

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「大好きなんだ。僕の父や叔父のバズもアーセナルファンだから、彼らが喜んでいるかはわからないな。僕自身もアーセナルファンだけど、今は超嬉しい」

 ただ、これはアーセナルの選手の言葉ではない。アーセナルを奈落の底へと葬った対戦相手のストライカーによるものだ。アストン・ヴィラのFWオリー・ワトキンスは、現地8日に行われたプレミアリーグ第8節でアーセナルから2得点を挙げ、3-0の快勝に大きく貢献した。

「アーセナルファンがエミレーツ・スタジアムでゴールを決められるなんて信じられない」

 興奮さめやらぬ様子の24歳は、幼少期から愛してきたクラブに“恩返し”を果たした。アイドルはティエリ・アンリで、かつては左ウィングでのプレーを得意とする選手でもあった。

 しかし、今はアストン・ヴィラのエースストライカーとして君臨し、開幕から7試合出場6得点とゴールを量産している。さらに王者リバプールからハットトリック、アーセナルから2得点とビッグクラブ相手の勝負強さも光る。

 ワトキンスが歩んできたキャリアは、プレミアリーグでプレーする多くの選手たちとは違い、決してエリートのそれではない。「ノンリーグ」と言われるアマチュアの下部リーグでのプレー経験もあり、レスター・シティでプレミアリーグ優勝も経験したFWジェイミー・ヴァーディーにも例えられる道のりを歩んできた。

 イギリス南西部のデボンにあるニュートン・アボットという小さな街で生まれたワトキンスは、9歳の時に近郊のエクセターに本拠地を置くエクセター・シティFCの下部組織に入団するためのトライアルを受けた。

 しかし、結果は不合格。とはいえ「あの歳で1時間半かけて週3回の練習に通い、かなりの移動をともなう週末の試合に全て参加するための準備ができていないように感じられた」と、同クラブのアカデミー責任者を務めるサイモン・ヘイワード氏は『BBC』に対して語っている。不合格はワトキンスの技術面に原因があったわけではなかった。

床掃除担当やコーヒー係だった若手時代

オリー・ワトキンス
【写真:Getty Images】

 実際、1年後にはエクセター・シティに入団し、プロ選手になるための一歩を踏み出した。

 アンリの影響で最も好きだった左ウィングの他にも、育成年代ではクラブの方針もあって様々なポジションを経験したという。そしてトップチーム昇格を前にした2014年12月から、7部リーグ相当のウェストン・スーパー・メアAFCに期限付き移籍し、半年間で25試合10得点という結果を残して帰還した。

 2015/16シーズンからはエクセター・シティで本格的にトップチームの一員になると思われたが、状況は厳しかった。それでも本来は参加する予定のなかったプレシーズンキャンプが転機となる。

 負傷者の穴埋めとしてトップチームに帯同したワトキンスは、慣れない左サイドバックを任されることになり、懸命に適応に努めた。苦手だった守備にも積極的に取り組み、3、4人を追い越してオーバーラップをかけると、すぐに3、4人の横を通り過ぎて帰陣するようなハードワークも苦にしなかったという。この献身性が監督の目に止まり、中盤でも起用されるようになった。

 こうしたワトキンスの勤勉さはピッチ外の行動にも見られた。『BBC』によれば、ウェストン・スーパー・メアAFC時代はロッカールームの床掃除を手伝い、エクセター・シティでトップチームに昇格したばかりの頃の遠征中は、チームメイトとコーチングスタッフのためにコーヒーを作るのが彼の役割だったそうだ。

 エクセター・シティではトップチーム昇格1年目の2015/16シーズンに4部相当のリーグ2で20試合出場8得点。翌2016/17シーズンは45試合出場13得点で一躍ブレイクを果たし、2部相当のチャンピオンシップを戦うブレントフォードに引き抜かれた。

クラブ史上最高額でアストン・ヴィラへ

オリー・ワトキンス
【写真:Getty Images】

 そこで出会ったのが現在アストン・ヴィラでも指導を受けているディーン・スミス監督だった。新天地で指揮官からすぐに信頼されるようになったワトキンスは1年目から主力に定着し、2017/18シーズンと2018/19シーズンはともに10得点。そして2年連続でリーグ戦40試合以上に出場した。

 しかし、当時はまだウィンガーだった。身長180cm体重70kgとそこまで大柄ではないが、鍛え上げられた強靭な肉体を生かしたパワフルなプレーを最前線で発揮するプレースタイルになったのは、昨季からなのである。

 ストライカーに固定されたワトキンスは、ゴール数を2倍以上に増やした。2019/20シーズンはチャンピオンシップで25得点を挙げ、得点ランキング2位に。ブレントフォードはプレーオフの末にプレミアリーグ昇格を逃してしまったが、恩師スミス監督に請われる形で個人昇格を果たした。

 ボーナス込みで最大で3300万ポンド(約45億円)にもなる移籍金はアストン・ヴィラのクラブ史上最高額。大きな期待を背負っての加入だったが、ここまでのインパクトは期待以上のものだろう。

 スピードとパワーを両立し、ウィング経験もあるのでドリブルの突破力にも優れ、ゴールパターンも豊富に持つ。リバプールやアーセナルを相手に決定的な活躍を披露したようなビッグゲームでの勝負強さや精神的な安定感も備える。今月の初招集はなかったが、そろそろイングランド代表のガレス・サウスゲイト監督にとっても無視できない存在になっているはずだ。

イングランド代表招集もまもなく?

オリー・ワトキンス
【写真:Getty Images】

 ブレントフォード時代からワトキンスを指導し、アストン・ヴィラにも呼び寄せたスミス監督は最近の『talkSPORT』のインタビューの中で「オリーは私がブレントフォードで仕事をしていた時から、信じられないほど真摯な選手だった」と明かしている。

「彼はただ上手くなりたいだけなんだ。指導者のことも試してくる。彼はいつも『上手くなるために何ができるか?』と尋ねてきた」

「私に会った時の彼の質問の1つは、『どうすればイングランド代表に入れるか?』だった。それこそが彼の野心だ。私は、目標を与えられた者がそこにたどり着きたいとハングリーに頑張っている姿を見るのが大好きでね。うまくいけばオリーはイングランド代表になれる。そのための挑戦が不足することは全くない」

 愛するアーセナルから2得点を奪ったワトキンスは、リポーターから「今日はスマホの電源を切っておいた方がいいだろうね」と助言を受けた。

「その通りだね(笑)。父も叔父もアーセナルファンだし、僕自身もアーセナルのファンだ。だけど僕はめちゃくちゃ興奮しているし、彼らも喜んでくれるんじゃないかな。アーセナルのことが本当に大好きだから。嬉しくてたまらないよ」

 ノンリーグから叩き上げでプレミアリーグにたどり着き、イングランド代表招集も夢ではない。もちろん世代別代表歴はなく、かつて全くの無名選手だったワトキンスは、今や毎週のようにイングランドフットボール界の話題の中心にいる。

 地道に努力を積み重ねれば、花開く時は必ずやってくる。彼は自分がエミレーツ・スタジアムでアーセナルと対戦する日を想像しながら、ずっと夢を追ってきたのだろう。愛するクラブから奪ったゴールを弾みに、さらに大きく飛躍していくことを期待したい。

(文:舩木渉)

【了】

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なぜ、あえて今アーセナルなのか。
あるアーセナル狂の英国人が「今すぐにでも隣からモウリーニョを呼んで守備を整理しろ」と大真面目に叫ぶほど、クラブは低迷期を迎えているにもかかわらず、である。
そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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