アーセナルが堅守速攻で上位に
今季のプレミアリーグは非常に意外な出来事が多く起きている。それは順位表を見れば明らかだ。1位に全勝のエヴァートン、2位に1節未消化ながら同じく全勝のアストン・ヴィラがつけている。
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この両チームは1980年代にはリーグ優勝も経験している古豪たちだが、イングランドのトップリーグがプレミアリーグに変わった1990年代以降は一度も優勝を経験していない。まだ4節しか終わっていないため最終的な順位はもちろんわからないが、少なくとも珍しいことが起こっていることは確かだ。
そして3位には昨季も好調だったレスターがつけ、4位にはアーセナルがいる。アーセナルが勝ち点で並んでいるとはいえ5位リバプールより上の位置におり、BIG6の中では最上位だ。
さてアーセナルがこの順位にいることは自体は、近年優勝から離れているとはいえ、さすがに珍しいことではない。これまでにも序盤戦は好調で、BIG6の中でも上位にいることも、もちろんあった。ただし、順位ではなく内容が例年とは違うのだ。
というのも好調を維持しているそのサッカーの中身は、アーセン・ヴェンゲル時代のような守備面を度外視した奔放な攻撃的サッカーではない。北ロンドンのクラブとしては非常に珍しく「堅守速攻」でここまで勝ち点を重ねている。
アーセナルと堅守速攻。
正直に言うと違和感のあるワードの組み合わせだ。筆者は2006年からプレミアリーグをウォッチしてきた人間なので、守りが固かったと言われている2000年代前半以前のアーセナルをライブでは見てきていないのだ。この感覚はSNSを利用している多くの若いアーセナルファンも同様のようで、この趣旨に関することを筆者が発信すると、「間違ってはないが違和感がある(笑)」との反応を数多くもらう。皆、感じるところはどうやら同じらしい。
その堅守速攻の中身
さてその堅守速攻の中身だが、基本フォーメーションは5-2-3のシステムである。ダビド・ルイスを中心に据えるシステムでスペースを消して守りつつ、カウンターの場面ではダニ・セバージョスが中盤でプレスを剥がし、アレクサンドル・ラカゼットが高い位置で起点となる。そして相手がリトリートしきる前に、最終ラインの裏のスペースを突いて、 ピエール=エメリク・オーバメヤンが仕留めるというのが鉄板のパターンだ。
ただし近年の優れたチームは、カウンター一辺倒というわけではない。ポゼッションサッカーとのハイブリットが多い。そしてアーセナルもまさにそんな優秀なチームのうちの一つだ。ポゼッション時の策も当然ある。
5バックのままだと重心が後ろになりすぎてしまうので、左CBのキーラン・ティアニーは低い位置のビルドアップ時は3バックの一角として振る舞うが、押し上げに成功すると、左SBのように振る舞い高い位置までオーバーラップしていく。その際、左ウイングバックでプレーするブカヨ・サカや エインズリー・メイトランド=ナイルズらは、中に絞ってパスワークに絡むことで中盤に厚みをもたせる。さしずめ偽ウイングバックとでも言えばいいだろうか。
この5-2-3と4-3-3の可変型システムはしかも、可変が1パターンではない。これまで紹介した変化が最もオーソドックスな形ではあるが、4節のシェフィールド・ユナイテッド戦では、アルテタ政権では中心選手であるグラニト・ジャカを下げて、モハメド・エルネニーとセバージョスの2ボランチにしたことで、普段とは違う形を見せた。
低い位置でボールを持つ時点で、直ぐに左CBのティアニーが高い位置に上がり、代わりに中盤のエルネニーが低い位置に下がって3バックを形成したのだ。これはおそらく2つの効果効用を期待しての采配だろう。
1つ目の目的はダビド・ルイスを最適位置に置くためだろう。この日の3バックは右からダビド・ルイス、ガブリエウ・マガリャンイス、キーラン・ティアニーの並びだったのだが、マガリャンイスとティアニーが左利きのため、原則的にルイスを右に置く必要があった。
しかしビルドアップ時にはワールドクラスの展開力を有するブラジル人DFを中央に配置したい。そこでエルネニーを右CBの位置に下げ、ルイスを中央のCB、マガリャンイスを左CBにスライドする配置換えを試みたのだ。
2つ目の目的はエルネニーの弱点を隠すこと。今季、戦力外から多用されるサブの序列にまで復帰したエジプト人選手は、中盤の選手としては安パイパスが多く、状況を打開できないという課題があった。ただし最後尾に配置することで、その弱点を隠した。むしろ余裕を持ってボールを持てることで、リズムを作るパス供給にすら成功していた。
いずれにしてもアルテタは自チームの鉄板パターンを明確に作りつつも、各選手のコンディションや対戦相手に応じてメンバーを変えると、それに応じて戦術も変えながら戦うことができる臨機応変さも持つ監督なのだ。
アルテタの名交代策
アルテタの臨機応変さが光るのは初期配置のみではない。試合の流れに応じて普段と違う選手交代も可能だ。
正確に言うとこれまでのアルテタは、攻め手を変えたい時にはテンプレ的な交代をすることが多かった。今季の「テンプレ交代」は60分頃にウィリアンを下げてニコラ・ペペを投入するというものだ。しかしアルテタはそんなお決まりの交代策を合理的な理由で崩す臨機応変さを見せた。
それは4節シェフィールド・ユナイテッド戦でのことだった。上記でも紹介したように、この日はエルネニーを下げて3バック化する普段とは違う可変システムを試していた。その影響で、左サイドの攻撃がやや機能不全に陥っていたのだ。
というのも左サイドの大外とハーフスペースの2レーンに、ティアニー、オーバメヤン、サカの3人が同じ高さで重なり交通渋滞が起こっていたのだ。同時にこの日は若手FW エディ・エンケティアにチャンスを与えてワントップを配置していたのだが、スタメンのラカゼットに比べるとポストプレーが苦手で、消えてしまう時間帯が長かった。
上記の問題もあり、50分を過ぎてもスコアレスのまま時計は進んでいたため明らかに普段の「テンプレ交代」をするべきではない状況だった。そんな中、途中投入のためにペペの姿がカメラに映し出された。
その時、筆者は自身の主催でオンライン観戦会をしており、アーセナルファンの何名かと一緒にこの試合を見ていたのだが、「これ普段と変えてきますかね?」なんて盛り上がったりしていた。そしてペペとの交代相手がわかった瞬間、皆でオンライン上だが拍手喝采となった。
58分、ペペはエンケティアに代わって投入されたのだ。
そして配置はオーバメヤンを真ん中に置き、左にウィリアン、右にペペを置く形に変わった。
これは非常に大きな意味があった。まずエンケティアはポストプレーができておらず、残念ながら下げるのは妥当な策だった。ただ引いて守る相手にいきなりラカゼットを投入しても、どれほど密集の中で起点になれるのかわからない。もちろんラカゼットは密集でもある程度キープできるだろうが、やはり最も得意なのは、前からハメにくる相手に対して、少し下がって起点となるプレーなのだ。
であればこの日は左サイドでイマイチ機能していないオーバメヤンをできるだけゴールに近い位置に置いて、クロスに競らせる、あるいはこぼれ球を狙うストライカーとしての感性に期待したほうがよかった。またこの天性のストライカーはエンケティアよりはパスコースへの顔出しも上手い。
そして機能不全だった左サイドには、オーバメヤンより状況に合わせてポジションを変えられるウィリアンを配置。そして右サイドには引いている相手にも独特のドリブルとシュートタイミングでゴールを決めることができるペペを配置した。
そしてこの交代策が面白いくらいにすぐに効果を示した。
1点目は交代から4分後の62分に生まれた。渋滞気味の左サイドを離れて右に流れていたウィリアンがボックス近辺でボールを持つと、ペペ、エルネニーと繋ぐ。高い位置にまで上がってきていたエルネニーはオーバメヤンにパスを当てて即座にボックス内に飛び込むと、オーバヤンのダイレクトでの落としはややズレたが結果的に、同じく飛び込んできていた右ウイングバックのベジェリンの足元に転がる。
これだけ右サイドに人が集まると、逆サイドはフリーになれる。ボックス内のファー詰めていた左ウイングバックのサカは、ベジェリンのクロスにヘッドで合わせて見事先制に成功したのだ。
これだけでも出来すぎだったにもかかわらず、64分にはペペが得意のドリブルから抜群のタイミングで抜群のコースにシュートを決めて2-0。苦しいスコアレスの状態からわずか6分で圧倒的に有利な状況に、アルテタは変えることに成功したのだ。
課題と期待。これまでにない完成度
この試合はその後、アーセナルのミスというより、シェフィールド・ユナイテッドのデイビッド・マクゴールドリックの素晴らしいミドルシュートによって1点差に詰め寄られるが、その後のアーセナルは堅い守備を見せて2-1で見事勝ち切ることに成功した。
こうして振り返ると、シェフィールド・ユナイテッド戦の勝利は、アルテタの素晴らしい采配があったからこそ得た勝ち点3だったことが改めてわかる。
もちろん今のアーセナルには課題もある。両ウイングバックが共に上がった後の守備や、引いて守る相手には苦しむ傾向などだ。ただアルテタの名采配があれば、今後も継続的に勝ち点をもぎとることが期待できそうだ。新加入のトーマス・パーティの加入も大きいだろう。
今季もリバプールやシティが強いことに変わりないだろうが、それでも昨季や一昨季に比べると、やや落ちてくる可能性が高い。そんな今季だからこそ、そして堅守速攻とポゼッションの両方で戦える器用な今のアーセナルであれば、けが人の面などで少しの運にも恵まれれば……。
そう夢見ずにはいられない完成度のチームが名将アルテタの元で出来上がりつつある。
(文・内藤秀明)
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【了】