ネイマールへの制裁は「なし」
9月13日のパリ・サンジェルマン(PSG)対マルセイユ戦以来、ここ半月ほど世間を騒がせてきた、ネイマールとアルバロ・ゴンサレスの不適切発言問題。
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周知のとおり、9月30日、プロフットボールリーグ協会(LFP)が、懲戒委員会の審議の結果を発表し、証拠が不十分であることを理由に、両者ともに制裁を与えないことが決定した。
レキップ紙の取材に対し、懲戒委員会のセバスティアン・ドゥノー委員長は、「映像から口の動きを読み取った結果からは、30%程度の信頼性しか得られない」とコメントし、問題とされた発言が実際になされていたかどうかを決定するには不十分であるため、処分を下すにいたらなかった、と見解を述べた。
あわせて、この日の会合はネイマールとアルバロの間に起きた問題だけを調査したもので、ネイマールの酒井宏樹への暴言疑惑は、議題にのぼっていない、とも発言している。
なんともモヤモヤが残る結末だ。
この決定を報じた現地のニュースサイトのコメント欄を見ても、
「カタールが裏で手を引いたにちがいない」
「スター選手に長期離脱されては盛り上がりに影響すると判断したリーグやテレビ放映権側の策略」と深読みをするもの。
「所詮ビッグクラブは優遇されるといういつもの悪習だ」という、小クラブのサポーターの嘆き。
そしていつもながら、「ネイマールは素晴らしい選手だが彼の振る舞いはなんとかならないのか」といったネイマールの素行への呆れなど、すっきりしない思いを表す声であふれている。
と同時に、「さんざん騒いでこの結果か。結局、勝ち組はメディア。もうとっとと先へ進もう」
「この話題よりサッカー本来の話題で盛り上がるべきだ」と、この件自体にうんざり、いう声も多い。
酒井宏樹の行動は「立派だった」
マルセイユのアンドレ・ビラス・ボアス監督は2日、週末の試合に向けた会見の席で、「30%の信頼性では処分できない、というのは妥当な判断だ。我々は(結果に)満足しているし、彼ら(PSG)にとっても同じ。私は常に人種差別や同性愛差別に断固反対している。アルバロもネイマールも人種差別主義者だとは思っていない」と話した。
そしてチェルシー監督時代にあった、ジョン・テリーのアントン・ファーディナンドへの差別発言問題を引き合いに出し、「あのときテリーは出場停止処分になったが、私がクラブを去ったあと、裁判で彼はそのような発言はしていない、という判決を受けた。4試合の出場停止処分を消化した後でだ」と、曖昧な証拠のまま処分を下すのは適切ではないという私見を述べている。
自身のインスタグラムで『お互い熱くなっている試合中の些細な出来事であり差別とは全く関係ありません』とコメントした酒井宏樹についても、「彼は非常に尊敬できる人物だ。(ネイマールとやりあっている)場面を見ても、彼の人間性がうかがえるが、我々にとっては見慣れた彼の姿だ。彼も早くこのことを頭から追いやりたかったのだろう。立派な行動だった」と褒め称えた。
ちなみに酒井の発言については、
「やはり彼はジェントルマンだ」
「ネイマールに酒井の爪の垢をのませるべき」
という称賛があがっている一方で、マルセイユ側が「ネイマールからも酒井に人種差別発言があった疑いがある」と指摘したのは、酒井本人の訴えだったと勘違いしている人も多く、
「アルバロとネイマールが無罪放免となったあとで“差別はなかった”と覆したのは不自然」
「クラブの圧力などなんらかの陰謀を感じる」
という声も出ていた。
酒井が『なかなかサッカーに集中できる環境ではありませんでした』と綴った心境が推測できる。監督が言うように、早くこの件から頭をクリアにして、サッカーに集中したいと思っていることだろう。
広がる憶測
サッカーは、絶大な影響力をもつ。
とりわけ世界中で人種差別問題への関心が高まっているいま、強いメッセージを発信できる立場にあるサッカーリーグの機構としてLFPは、『こと差別問題に関しては、「疑わしきは罰せず」は通用せず、疑惑だけでも処分を下す』くらい強気に、断固として差別意識は徹底排除する、という姿勢を示してもよかったのではと思う。
ビラス・ボラス監督のような、処分は慎重にすべきという考えにも一理あるとは思うが、FIFAが人種差別について『zero tolerance』(絶対に許容しない)を打ち出しているのなら、30%の疑わしさを無視せず、断固とした態度をとってもよかった。
LFPがぬるい態度をとったおかげで、「主力選手が10試合、20試合と離脱されると困るから不問としたにちがいない。スポンサーやテレビ放映権といった政治的な事情をくみとったからだろう」という憶測も広がっている。
真相はともかく、今季からリーグ・アンの放映権をもつMediaproは、これまでの倍以上の放映権料を支払っているのだから、いきなりネイマールが20試合出場停止では大打撃だと口を挟んだのでは、と疑念が沸くというもの。それに9月10日に選任されたばかりのLFPの新会長ヴァンサン・ラブルーヌ氏はマルセイユの元会長だ。それだけでも、公平さに不信感をもつファンもいる。
レキップ紙のサッカー部チーフ記者ヴァンサン・デュルク氏は論説の中で、「このような状況になるのであれば、懲戒委員会をLFPから独立させ、専門家を集めて毎試合逐一チェックさせる法的な専門部門を設けるといった自体になりかねない」と危惧していたが、それこそVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)に加えて、ピッチ上での規律を管理する別のカメラ、video observation discipline、名づけてVODでも導入して、選手のユニフォームにもマイクを埋め込こんですべてをチェックするしかない。
サッカーに限らず、バスケットボールなどでも競技中の選手間にはトラッシュトークが存在している。
選手自身これは「試合の一部」と捉えているし、アドレナリンが大放出されている試合中の彼らの精神状態は、ちょっと想像できないくらい平常なときとは別の次元にあるから、時に過激な言葉が飛び出すこともあるだろう。
なので、当人同士の間で消化できる範囲であれば、あらゆる言葉を罰する必要はないとは思う。
差別撲滅に取り組むなら…
酒井の場合、仮にネイマールに『Chino de mierda(クソ中国人)』と言われていたとしても、熱くなっていた上に突然ブラジルの言葉で言われたのだから、差別された意識がない、というのは本心だろう(あれだけネイマールを怒らせた酒井のプレーにも感心だ)。
しかし逆に、2006年のワールドカップ決勝戦で、マルコ・マテラッツィの暴言に怒ってジネディーヌ・ジダンが頭突きをくらわせた一件では、「よくある挑発なのに、あんな大事な一戦でキレるなんて、俺がチームメイトだったら許さない」とこっそり本音をもらした選手は少なくなかった。それでもあのときのジダンには、我を忘れるほど突き刺さったということだ。
ネイマールもマルセイユ戦の翌日、自身のインスタグラムに寄せた長文メッセージの中で「侮辱的な発言や挑発はこの競技の一部だということは理解しているが、それでも人種差別は我慢ならず、あのような行為(アルバロの頭を小突く)に出てしまった」と書いている。
お粗末だったのは、自身の差別発言疑惑が自分に返ってきたことだが、アルバロとしつこくやり合っていた一連の映像を見ると、完全にネイマールの妄想だとも思えない。
それに、お咎めなしとなったとはいえ、彼らが放った疑いのある言葉自体はどれも問答無用で一発アウトの差別用語だ。それがこれだけ大々的に世界中に報道されたからには、もはや当人同士だけでなく、気分を害した人が大勢いる。サッカー界からの差別撲滅に本気で取り組むなら、ビジネスや利権が絡んで正当性があいまいになる処分よりもまず、誰かを傷つける言動が問題に上がったことに対してリアクションするべきだ。
ネイマールはメッセージを発信すべき
アルバロは判決後、クラブやファンのサポートに感謝したコメントの中で、自身が人種差別主義者ではないことは強調していたが、「誤解を招く行動があり、誰かを傷つけてしまったなら謝罪する」というメッセージがあってもよかったように思う。
同じく酒井選手のコメントにも、「自分は差別発言を受けてはいないが、差別的な言動自体は絶対によくない」といった類があったら、この件を終着させるだけでなく、今後へ一石を投じることにもなると個人的には感じた。
そして発端のネイマールがこのまま知らんぷりであっていいわけがない。
彼が後先を考えずに行動するのはいまに始まったことではないが、差別発言を受けて傷ついたと主張するなら、アルバロと酒井への発言についても、たとえ覚えていなくとも、断固否定するのであっても、彼に憧れる世界中のサッカー少年たちの手本として、そして彼自身も父親である身として、きちんとメッセージを発信して欲しい。
サッカー、とりわけワールドクラスの選手には、良いことも悪いことも、世界中の多くの人々、子供達に影響を与える力がある。ゆえに責任もある。けれどそんな彼らが誤った言動をすることだってある。
だからこそ、そのあとで真摯な行動をとることで、子供達や人々の胸に、より強いメッセージを届けることができるのだ。
(文:小川由紀子【フランス】)
【了】