三浦知良、中村俊輔、松井大輔の同時起用
どこまでが意図したものだったのだろう。今季、別格の強さで首位を走る川崎フロンターレに対して、横浜FCは奇策で応じていた。
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三浦知良(53歳)の先発だけでなく、中村俊輔、松井大輔も起用。3人合わせて134歳が話題になったが、エキジビションでもあるまいし、まして川崎Fを相手にこのメンバーは「ひょっとして試合を捨てたのか?」とさえ思った。
試合が始まると、横浜FCは不思議な戦い方をしていた。
ボールはとにかく保持。GK六反勇治へ躊躇なくバックパスしまくる。数えたわけではないが、前半のバックパスの数はJリーグ最多ではないかと思えたほど。安易に前線へロングパスを蹴りだすことはなく、徹底保持の姿勢は明確だった。
下平隆宏監督が率いる横浜FCは、昇格チームと思えないほど大胆にパスをつなぐ。そのためのポジショニングが整理されていて、チームを成長させていこうという意思がうかがえるスタイルだ。
とはいえ、川崎F戦の組み立てはビルドアップよりもビルドダウンと呼ぶほうがふさわしかった。ボールを前に運びかけても、川崎Fのプレッシャーを受けるとすぐに下げる。GKまで下げる。そこからロングボールは蹴らず、もう一度ビルドアップを試みるが、結局また下げるという展開。
何回かは川崎Fを前のめりに食いつかせ、その隙間をついてボールを前進させることにも成功していた。そのときは一気に前方が開けてくる。自陣で失うリスクもあるが、プレスを外せばチャンスは広がる。おそらくそこに賭けたのだろう。
速攻を捨てるためのカズ起用
中村俊輔と松井大輔は、ボール保持ならば同時起用する理由はあった。テクニックなら若い選手に勝るものがある。問題はカズだ。彼が前線では速攻ができない。
だが、ひたすら後方でパスをつなぎ続けるのを見ているうちに、ひょっとしたらそのためのカズなのかと思い始めた。速攻にならないFWを起用したのは、速攻をしないと決めていたからではないかということだ。
カズはもともと足が速い選手ではない。全盛期はとても敏捷だったが、当時も長い距離を疾走して速いFWではなかった。もともとカウンター向きでもなく、53歳で足が速くなっているはずもない。
足下へのパスはきれいにさばいていた。足下には入れられる。その機会はなかったがボックスに入れれば得点能力も期待できるかもしれない。だが、スペースに走らせるのが無理なことはチームメートも承知している。自然と速攻は諦める。何とかパスつないで、どこかで相手を食いつかせて隙間をついて前進するしかないと、意思統一ができる。
川崎Fを相手にするなら、まずは堅守である。しかし、守っているだけではいずれやられる。堅守とセットになるのは速攻が相場だが、押し込まれている状態から速攻を繰り出すのは実は至難の業だ。
ある程度ボールを保持して押し返し、同じ守備をするのでも引き切らずに比較的高い位置でボールを奪えるようにしたい。そのときは速攻もできる。つまり、堅守速攻とはいうけれども、引き切った堅守から速攻ではなく、堅守のち時々速攻、あるいは、堅守一時ポゼッションのち速攻というほうが実情に近い。
横浜FCの奇策でありポリシー
川崎Fが厄介なのは、ボールを失った後のプレスが早いことだ。まず、狭い距離感のパスワークで攻め込んでくる。そこで奪っても、すぐに寄せられると川崎Fの攻撃時のトライアングルより狭い距離に封鎖されてしまう。そこから脱出するには川崎Fを上回るパスワークが必要で、今のところそんなチームはないわけだ。川崎Fがハイプレスでボールを失えば、守備が整っていない状態で攻められてしまう。それまでの堅守も水の泡になりかねない。
横浜FCはできるだけ川崎Fにボールを持たせないようにしていた。ボールを奪ったら急がずにとりあえず保持、できるだけ保持。自分たちが保持しているかぎり川崎Fは攻撃できないし、後ろに進むとは相手も想定していないだろうから保持しやすい。ハイプレスを回避できる。
前半、横浜FCのボール支配率は48%。川崎Fと互角は上出来といっていい。シュート数11対1はまあ仕方ない。堅守遅攻で試合の半分を0-1なら、望みのある展開だったといえる。
後半途中でカズは斉藤光毅と交代。年齢差がほぼ親子というコントラスト。CKでアシストした中村、さすがの技巧を見せていた松井も交代。中村と交代したレアンドロ・ドミンゲスを軸に攻勢をかける。川崎Fには一歩及ばなかったが、3-2とかなり食い下がった試合にはなった。
バルセロナの前監督だったキケ・セティエンがベティスを率いていたとき、バルサを相手に堅守遅攻を機能させていた試合を見た記憶がある。相手の戦い方の根本にある「ボール」を渡さなければいいという奇策だった。ただ、それはバルサ対策というだけでなく、あのときのベティスのポリシーでもあった。横浜FCも同じだと思う。
(文:西部謙司)
【了】