土居聖真の涙
「事前に伝える選手は自分のなかでかなり選びました。言ってプラスになる選手とマイナスになる選手がいるなかで、(三竿)健斗にはあえて言いませんでした。彼は感情が前に出る選手なので、プレーに影響が出るなと思って。びっくりさせてやろうと思って、永木亮太にも言いませんでした」
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独特の“うっちー節”でパソコンの画面越しにメディアの笑いを誘った内田は、引退する決断を伝えた一人で、フィールドプレーヤーのなかではアントラーズの伝統を背負っていく存在となる10年目の28歳、MF土居聖真との知られざるエピソードを笑顔で明かしてくれた。
「土居とは試合前日にクラブハウスのお風呂に一緒に入るんですけど、お風呂で静かだなと思ったら隣で泣いていました。彼はユースから大事にされて、いろいろなものを見て、鹿島のエンブレムをつけてプレーしている。いろいろな思いもあるでしょうけど、これからもいろいろ背負ってもらわなければいけない部分もたくさんあるし、もちろん年齢的にもピッチ外での仕事もやってもらいたいな、と」
腕章を巻いてプレーしたラストマッチ
アントラーズに所属するすべての選手が、さまざまな思いを胸中に秘めながら迎えたガンバ戦。キックオフ前のウォーミングアップで、3試合ぶりにベンチ入りを果たした内田を除くすべてのベンチ入り選手が、象徴となる「2番」が記されたウェアで汗を流す光景が目を引いた。
「こういう状況なので、チームメイトたちはやりにくかったなと思っています。ガンバはわからないですけど、自分たちは余計な力みも入ってしまったのではないかと申し訳なく思います」
果たして、試合は予想外の展開を見せていく。開始わずか6分でMF小野瀬康介に先制ゴールを奪われ、さらには右サイドバックで先発していた広瀬陸斗が右太もも裏を痛めて、プレー続行が不可能となる。予想よりはるかに早い16分から、内田はラストマッチのピッチへと送り出された。
「(広瀬)陸斗には絶対にけがをするな、3-0の残り15分で(自分に)もって来いと言っていたのに、やってくれましたね。僕でも(永木)亮太でもチョイスがあったなかで、監督が僕の隣に座って『今日の試合は自分が全部責任を持つからやってこい』と言ってくれました。僕が交代枠をさらに使うことは避けたかったので、それだけは気にしていました」
横浜F・マリノスから加入して1年目で、レギュラーの座を確保していた広瀬のけがの状態を気遣いながら、内田はザーゴ監督とベンチで交わされたエピソードを明かした。今シーズンから指揮を執るブラジル人監督の指示で、キャプテンマークは三竿からJ1リーグ戦で148試合目、アントラーズの公式戦では215試合目の出場を果たした内田の左腕に巻かれた。
そして、目安が5分と表示された後半アディショナルタイムの5分に、内田が放った逆サイドへのクロスをFW上田綺世、土居、DF杉岡大暉、高卒ルーキーのMF荒木遼太郎と繋いだ末に、内田へパスを預けた後にそのままオーバーラップしていったDF犬飼智也の同点弾が生まれた。
最後に伝えたかったこと
「終わった、という印象が強かったのと、当時にテレビカメラに抜かれると思ったので、すぐに堪えました」
込みあげてきそうな涙を堪えていたのだろう。直後に試合終了を、そして14年8カ月におよんだプロのキャリアの終わりを告げる主審のホイッスルが鳴り響いた瞬間に、内田はユニフォームで顔を覆っている。そして、試合中に何度も痛みが走りながらも、最後の最後に奇跡を起こす力を残していた右ひざを、オンライン会見のなかで目を細めながらねぎらっている。
「よく頑張ったんじゃないか、と。潰れる覚悟でワールドカップやチャンピオンズリーグを戦ってきましたし、何よりも自分が選択したことなので。いろいろな人に治してもらい、強くしてもらった右ひざなので、いい思い出がいっぱい詰まっていますよね」
勝利を手にして第2の人生へ旅立つことはできなかった。それでも、クラブの黎明期に神様ジーコから伝授された、敗色濃厚だった土壇場で内田を介して発動された、何がなんでも「黒星」の二文字を拒絶する常勝軍団のDNAは、アントラーズを背負っていく次の世代へ確実に受け継がれたはずだ。
「新しく変わろうとしている鹿島ですけど、負けていいわけじゃない。やっぱり勝ち点3を取らなきゃいけないチームですが、少し時間がかかるのはしょうがない。今日のサッカーを観てもらえればだいぶ押し込んでいたし、上手くコントロールしながらやれるということを示せたのではと思う」
クールに映って、その実は誰よりも熱い血潮を内面に脈打たせている内田がガンバ戦後に残した言葉を聞けば、最後の戦いで伝えたかったことがわかる。指導者の道へ興味を示しながらも、内田はアントラーズを愛してやまないサポーターの一人となり、小中学生時代の同級生でもある夫人と2人の愛娘と過ごす団らんの時間のなかで、新たなスタートへ向けて心身を充電させていく。
(取材・文:藤江直人)
【了】