アタランタ戦勝利の立役者は…
水曜の夜から、フランスではマキシム・チュポ=モティング祭状態だ。
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12日のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)準々決勝、アタランタ戦。パリ・サンジェルマン(PSG)がアディショナルタイムに逆転して2-1で勝利したこの試合で、79分にマウロ・イカルディと交代してピッチに上がったカメルーン代表のFWは、90分のマルキーニョスの同点打の起点となり、さらにその3分後、キリアン・ムバッペのパスを押し込み、奇跡の逆転劇の立役者となった。
パリジャン紙には、「チュポ=モティングを大統領に!」「明日、彼の名前を腕に彫ってくる!」という勇ましいサポーターの声が。
レキップ紙では、2018年夏の移籍期限ギリギリにストーク・シティから入団してからこれまでの彼のPSGでの足跡を辿ったり、カメルーン人の父親のコメントを添えた特集記事を掲載。スポーツ専門誌やサイトだけでなく、週刊誌や一般紙にも『PSGを救ったチュポ=モティングとは何者だ?』、『スーパーヒーロー、チュポ=モティング』といった記事が躍り、“EMCM”は『時の人』になっている。
しかしここに至った行程を振り返ると、つくづく運命とは面白いものだと感じる。
チュポ=モティングは今シーズン、当初はCL出場メンバーに登録されていたが、第3GKが負傷して4人目のGKを登録すべく、決勝トーナメントのメンバーからは抹消されていた。PSGとの契約も6月30日で満了することになっていたから、本当だったら、彼はあの日、リスボンのピッチに立つことはなかった。
しかしコロナの影響で試合スケジュールが変更になり、CLが8月に再開されるという、誰もが予期せぬ事態に。それでも当初、クラブ側はチュポの契約延長は考えていなかった。
ところが、同じく6月30日で契約が切れるエディンソン・カバーニがCL終了までの2ヶ月間の契約延長を断る、という、クラブ側が想定していなかった展開となったため、急きょチュポの契約が延長され、あらためてCLの出場メンバーにも登録されたのだった。
「やれる自信はあったよ」(チュポ=モティング)
しかしこの後、彼はこれまた予期せぬ事態でサポーターの非難を浴びることになる。
この試合の約1週間前、トレーニング中に接触したマルコ・ヴェラッティがふくらはぎを負傷。貴重なゲームメイカーがアタランタ戦を欠場することになってしまったのだ。
クラブ側はヴェラッティの怪我の原因を公式には発表していないが、メディアが「チュポとの衝突で」と報じたことで、彼への非難が集まった。
ピッチに上がるたびに懸命にボールを追うチュポは、普段はPSGサポーターから愛されていたが、アタランタ戦では、「こんなときにワンタッチパスで攻撃チャンスを生み出せる彼がいれば!」とヴェラッティの展開力が惜しまれた。この時ばかりはサポーターたちも、「控えメンバーが主力を怪我させるとは何ごと!」という心境にならずにはいられなかったのだ。
それが一転、あと数分で敗退、という崖っぷちからチームを救った救世主、スーパーヒーローとなった。
マインツ時代からの恩師で、PSGに呼び寄せた張本人でもあるトーマス・トゥヘル監督は、チュポがこの局面でもたらしてくれるものを信じていたのだろう。
「監督には『とにかく持てる力をすべて出し切ってこい』、と送り出された。やれる自信はあったよ。なにより、こんなところで終わってなるものか!という思いだった」。
と、チュポは試合後に話したが、PSGに入団する時点でサブ要員だと理解していた彼は、だからこそ、いつ必要とされても全力が出し切れるよう、準備を怠っていなかった。
ロックダウン中も、故郷のハンブルグで早朝トレーニングを欠かさず、6月22日にトレーニングが再開したときは、完全にフィットした状態だったという。
個人的には、対戦相手は忘れてしまったが、終盤になって投入されたパルク・デ・プランスでのリーグ戦で、いきなり中央を縦に爆走したり、前線をかき乱す動きで、彼が入ってからガラリと流れが変わった試合がものすごく印象に残っていて、ボールテクニックや決定力ではムバッペやネイマールに遠く及ばなくても毛色の違う面白い戦力だな、と感じていた。
そのジョーカーをまさかあの状況で使うとは。テレビの解説者は「なぜここでチュポ=モティング?」と叫んだが、トゥヘル監督の読みは見事的中したわけだ。
今回のヒーロー的な活躍は、彼の実力、日頃の努力の積み重ね、そしてそれを見ていた仲間やコーチ陣からの信頼があればこそ。この大会が終われば「無所属」となる彼の契約延長を望む声も高まっている。
PSGが踏み出した新たな一歩
アンヘル・ディ・マリアが出場停止だった上に、7月24日のフランスカップ決勝でムバッペが足首を負傷、ヴェラッティも欠場、トゥヘル監督までもが左足を骨折して痛々しいギプス姿と、満身創痍でこの試合に挑んだPSGで、ネイマールもまた、「やはり世界のベスト3に挙げられる選手」と評価を上げた一人だ。
開始3分、GKと1対1のシーンでシュートを外すなど得点こそなかったが、トップ下での動きやドリブルでの突破などこの試合でのネイマールの働きは際立っていた(そのネイマールが、受け取ったマン・オブ・ザ・マッチのトロフィーをチュポに渡したシーンも美しかった)。
当初、完治3週間と言われながら、試合の3日前にはシュート練習も始めるなど奇跡的な回復を見せていたムバッペについては、トゥヘル監督は「90分は無理だが、試合を終えることはありうる」と、終盤に投入する意図を明かしていた。プラン通り、ラスト30分でピッチに送り出したが、集中力も体力もピークに達していたアタランタ勢にとって、この韋駄天スターの登場も大きな打撃になった。
コロナの影響による交代枠5人という変則ルールも、結果的にPSGに追い風になった。
至近距離からのシュートを連続セーブするなど好プレーを連発したGKケイラー・ナバスが右足のハムストリングを痛め、79分にピッチを去るという事態になったが、すでにムバッペを投入し、中盤の2人も交代した上で、これに対応してもなお、イカルディとチュポを投入できる枠を残していた。
ナバスは週末に再検査して、来週火曜のRBライプツィヒとの準決勝戦に出場できるか見極めるとのことだが、チアゴ・シウバもハムストリングを痛めた。やはり長期間、実戦から離れていた影響もあったのかもしれない。逆にリーグ戦を再開していたイタリア勢は、再開後の過密日程で疲労が蓄積していたとも言われる。
ビセンテ・リザラズは前に、「リーグが打ち切りになったフランス勢は、試合のリズム感という面でCLでは不利だ」と選手目線で話していたが、今となってはどちらが良かったといった判断はつきかねるところだ。
ともあれ、PSGは、ベスト8止まりという呪縛からようやく解き放たれ、1994/95シーズン以来25年ぶりの準決勝進出を実現した。1970年8月12日を創立日とするPSGにとって、この試合の日はちょうど節目の50周年記念日。なんだかできすぎたシナリオだが、天も味方したのだろう。
準決勝には出場停止だったディ・マリアが戻り、週末の検査結果次第では、ヴェラッティが出場できる可能性もある。
2013/14シーズンのチェルシー戦、2016/17シーズンのバルセロナ戦、そして昨シーズンのマンチェスター・ユナイテッド戦と、PSGは常に、ラストミニッツで次ラウンド進出のチャンスを奪われる側だった。
この勢いで一気に頂点まで行ってしまうかもしれないが、たとえ準決勝で同じく勢いのあるライプツィヒに敗れることになっても、今回の大逆転は、真の強豪クラブとしての歴史を築く上で、新たな一歩になったように思う。
(文:小川由紀子【フランス】)
【了】