エメリが獲得してきたタイトル
バスク地方出身のスペイン人監督ウナイ・エメリは現在48歳。サッカーの監督としてはそろそろ若手から中堅の域に差し掛かろうとしている時期である。しかしその年齢の割に経験豊富だ。
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スペインでは、ロルカ・デポルティーバ、アルメリア、バレンシア、セビージャを率いたことがあり、今回のビジャレアルで5チーム目。しかも国内だけでなく、ロシアのスパルタク・モスクワ、フランスのパリ・サンジェルマン、そしてイングランドのアーセナルなど海外でも複数のクラブを指揮。40代後半にして国内外の中小クラブからビッグクラブまで幅広いクラブでの監督業を経験している。
これだけの経験があるので成功も失敗も既に数多くあるが、ひとまず成功に焦点を当てると、2013年から2016年まで指揮をとったセビージャでは、UEFAヨーロッパリーグ3連覇を成し遂げている。
スペインが誇る戦術家はこの大会にめっぽう強く、直近で指揮をとった2018/19シーズンのアーセナルでも最終的にチェルシーに敗れたものの同クラブを決勝にまで導いている。そのため同大会の略称「UEL」は「『ウナイ・エメリ・リーグ』なのではないか」というジョークも現地で飛び交うほどだった。
この実績を引っ提げて2016年夏にフランスのビッグクラブ、パリ・サンジェルマンの監督に就任。フランス代表FWキリアン・ムバッペ、ブラジル代表FWネイマールらワールドクラスのタレントたちのマネジメントも経験した。
タイトルに関しては国内では初年度の2016/17シーズンに国内カップ2冠、2年目の2017/18シーズンにリーグ優勝を含めて国内3冠を達成しているが、チャンピオンズリーグではバルセロナ、レアル・マドリードに敗れて2年連続ベスト16で敗退した。
対戦相手が相手なので同情の余地はあるものの、1年目のバルセロナとの一戦ではホームの1stレグでは4-0で大勝したものの、2ndレグではカンプノウで1-6の大敗を喫して大逆転敗退を演じてしまった。この印象が悪すぎたこともあり、評価に関しては両論ある。
最終的にPSGでの2年間の指揮をどう評価するかは悩ましいところだ。エゴの強いタレント集団の中で大きな不和こそ起こさなかったが、『Yahoo UK』によると選手を御しきれなかったという関係者の声もあったそうだ。なにより戦術面に関しては「自身の考えを貫き過ぎ」という声も多々あった。
アーセナルでの失敗
そんな中、2018年夏にPSGの監督を退任すると、休暇をはさむことなく、アーセナルの監督に就任。長期政権を築いたアーセン・ヴェンゲルの跡を継ぐことになった。その後、アーセナルで約1年半監督を務めることになるが、この期間はPSGの時期以上に苦悩の連続になる。
そもそもとして、エメリのアーセナル就任にあたって、本人の実力以前に3つの問題点があった。
一つ目は前任者とエメリとでは監督としてのタイプが違い過ぎたこと。フランス人の知将は人間としての魅力に溢れ選手から慕われる資質があり、ピッチ内でも選手を信じ、選手の個性を生かす自由なサッカーを志向していた。
一方のエメリは近代的かつ典型的な戦術家である。ピッチ内では沢山のルールを設定するタイプで、バレンシア時代の教え子であるフアン・マタは、特にセットプレーに関しては「毎回違うから覚えるだけで必死」とエメリ自身の伝記本内で証言している。この急激な変化にアーセナルの選手たちは大きな戸惑いがあったことは想像に難くない。
次に、アーセナルは主導権を握る攻撃的なサッカーを志向するクラブではあるが、エメリ自身は相手の出方を伺い、カメレオンのように戦い方を変えるタイプの監督だった。この受け身な戦い方は守備的になり過ぎることもあり、才能豊かな攻撃陣を生かすことができない側面もあった。
最後にスカッドのバランスと財政面。これも長期政権故の歪みなのかもしれないが、攻撃面の才能を愛したヴェンゲル監督が長く指揮をとっていやこともあり、スカッドは攻撃偏重で、バランスがとるのが難しい状況だった。にも関わらずアーセナルは財政難で、思うようにエメリが望む補強ができなかった。
結果、前述の通り1年目こそ持ち前の戦術的采配でカップ戦を勝ち抜き、ヨーロッパリーグでは決勝まで進出したが、2年目はボロボロだった。戦術面でも不満を持っていた主力選手たちをコントロールできなくなり、比較的御しやすい若手選手中心の起用しかできなくなるほどに追い詰められた。
また要の戦術面でも迷走し、毎回違うシステムと人選を試して、外から見ていると何がしたいのかもわからない状態になっていた。当然リーグの順位は8位まで低迷し、アーセナル側は後任を見つけることができていない状態にもかかわらず2019年11月に解任となった。
若手育成に定評
このように書くと、「もし頑固な監督と久保の相性が悪かったら……」と不安になる読者の方も多いかもしれないが、一方で、エメリは若手育成の能力に秀でているのも確かである。例えばPSGでは当時は若手選手だった、フランス代表MFアドリアン・ラビオ、フランス代表DFプレスネル・キンベンベ、ブラジル代表DFマルキーニョスらを見出し、主力として起用することに成功している。
アーセナル時代の若手選手育成はさらに顕著で、2018年夏の段階では無名だった当時19歳のフランス人MFマッテオ・グエンドージをロリアンから700万ポンド(約9.7億円)で獲得し、加入1年目の2018/19シーズンにはリーグ戦33試合に出場させることで主力級にまで成長させた。
2019/20シーズンは、夏にはブラジル4部のイトゥアーノから獲得した18歳のブラジル人FWガブリエウ・マルティネッリを獲得してカップ戦を中心に起用。途中でミケル・アルテタ監督にバトンタッチしたが、最終的にマルティネッリは今季全大会合計26試合に出場し10ゴールを記録している。
このシーズンは他にもアーセナルアカデミー出身18歳のイングランド人MFブカヨ・サカをトップチームに定着させることに成功。小柄なテクニシャンはリーグ戦だけでも26試合に出場するなど、10代ながら主力となることに成功した
もちろんエメリは新戦力を定着させただけではない。就任当時、伸び悩んでいた22歳のナイジェリア代表FWアレックス・イウォビに関しては、わかりやすく成長を促した。
キープ力はあるもののトップレベルのスプリント能力やパス能力はなく、打開の部分で課題を残していたウインガーに、強引にでも仕掛けるように指導。結果、瞬発力で抜ききれなくとも体をぶつけながら突破できるようになったイウォビは、戦力外として放出目前だった2018年の夏から状況が激変。2019年の夏にはエバートンから請われて移籍し、移籍金も3400万ポンド(約47億円)もの値段がつくことになった。
久保建英との相性は?
総括をすると、エメリは多少融通が利かない部分がある。戦術面に頼りすぎる側面もある。もしかするとコミュニケーション面でスターとぶつかることもあるだろう。ただし幸いスペインのクラブはイングランドと比べて戦術的な采配を受け入れる土壌がある上に、ビジャレアルではエメリも基本的には母国語で選手たちとコミュニケーションをとることができる。アーセナルほど大失敗することは考えにくい。
また若手を信じて送り出す監督なので、久保目線でいうとそう悪くない上司なのかもしれない。あるいは1年限定ということも考えれば、エメリのコロコロ変わる戦術は久保にとってプレーの幅を増やす良い修行の場になる可能性すらある。
ただしエメリは守備的に戦うことも多いので、守備時のハードワークは絶対である。それを怠ればアーセナルでメスト・エジルが居場所を失ったように、監督内での序列が下がる可能性もある。とはいえこれもポジティブに捉えれば久保にとっては良い経験になるかもしれない。
これまで多くの若手選手がエメリの下で成長していったが、ビジャレアルで飛躍するのは誰になるのか。もしそれが久保建英だった場合、一体どのレベルにまで進化してしまうのか。ビジャレアルで過ごす久保の今シーズンは目を離せない1年になる。
(文:内藤秀明)
【了】