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Jリーグ 4年前

Jリーグに戻ってきたスタジアムの熱。マリノス選手も実感、応援の力は「以心伝心」

Jリーグのスタジアムに観客の姿が戻ってきた。まだ最大5000人までの収容、アウェイサポーターの来場なし、声出し禁止など制約は多い。それでも「拍手」による応援の力は、ピッチで戦う選手たちのもとに届いているようだ。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

スタジアムにファン・サポーターが帰ってきた

横浜F・マリノス
【写真:田中伸弥】

 新横浜駅から日産スタジアムまで歩いていくと、近づくにつれて右肩に優勝クラブのみに許された黄金のJリーグエンブレムを輝かせた真っ青なユニフォームをまとう人の数が徐々に増えていく。

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 最後の陸橋に差し掛かるあたりでその人数は最大になり、選手たちの写真があしらわれたのぼりを両側に見ながら、皆一様に笑顔でスタジアムへ向かっていく。やはり観客のいるJリーグは、無観客試合と高揚感が全く違う。

 12日に行われた明治安田生命J1リーグ第4節、横浜F・マリノス対FC東京の取材に向かいながら、「ようやくJリーグにも日常が戻りつつあるんだ」と実感した。新型コロナウイルス感染拡大にともなう中断期間が明け、約4ヶ月半ぶりの有観客試合開催までこぎつけた。

 会場に着いて、せかっくなので久しぶりにスタジアムグルメを楽しもうと、あるキッチンカーの行列に並んでいた。すると、後ろからこんな声が聞こえてきた。

「まずティーラトンが左サイドに出るとさ。畠中(槙之輔)、チアゴ(・マルチンス)もスライドして…」

 振り返ると、マリノスのユニフォームを着た20代前半と思われる若い男性グループがいた。おそらく話のテーマは、愛するクラブのディフェンス面での対応や弱点についてだろう。しばらく聴いていると、また別の話題になっていた。細かい言葉遣いは違ったかもしれないが、おおよそこんな感じだったと記憶している。

「クラブがたまに数量限定や受注販売でグッズを売るじゃん。あれって『最低でもいくつ売らないと利益にならない』みたいなラインが絶対あるんだよ。それも100とかじゃ全然足りないと思う。それでも商品化してくれている。だから、できるだけそういうのは買うようにしたいんだよね。少しでもクラブに入る利益を多くしたいじゃん?」

 まだ最大5000人収容なので、相当なサッカー好きかマリノス愛のあるファン・サポーターが集まっていることは想像に難くない。だが、まさか戦術を議論するだけでなく、グッズ販売の裏側にまで関心を持ち、「クラブのために」という考え方が浸透しているとは。Jリーグのファン文化も創設から30年近くが経ち、かなり成熟してきているのだろうと感じた。

 応援スタイルに関しても、現時点ではかなり制約が多い。大声を出したり、チャントを歌ったり、手拍子をしたり…以前までなら当たり前にできていたことが、感染症対策のために禁止されている。今、スタンドに等間隔で座るファン・サポーターができるのは「拍手」くらい。実際にどんな応援になるか、試合が始まるまではあまり想像ができなかった。

「拍手」が起こるタイミング

 ファン・サポーターの応援には、その国や土地の文化や風土、サッカー観などが色濃く反映される。スタジアムの中と外は切っても切れない深い関係があると考えている。

 例えばレアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウでは、下位クラブに1-0などロースコアで内容に乏しい戦いを見せた時には、勝っていたとしてもスタンドの四方八方から容赦ないブーイングが浴びせられる。

 彼らにとっては勝つことが当たり前で、その内容も大事。首都のビッグクラブというプライドもある。もちろんいいプレーには拍手も出るが、ファン・サポーターのクラブ愛は「歪んでいる…」と感じるほどに気高く、気難しいものだった。

 一方、地方クラブに目を向けると様子は全く違う。現在、香川真司がプレーしているレアル・サラゴサの本拠地ラ・ロマレダの雰囲気は殺伐としている。でも、敵意を向けるのは相手チームと審判に対してだけ。

 アウェイチームの選手たちのプレーや、サラゴサに不利な判定をした審判に対しては、どこからともなく激烈なブーイングが飛び、ありとあらゆる罵詈雑言(倫理上具体的には書けない)が浴びせられる。不甲斐ないプレーをすればホームチームも野次られるが、基本的には「自分たちの息子」のように愛情が注がれる。これこそがホームアドバンテージになる。

 Jリーグではクラブごとにファン・サポーターに独特な雰囲気はあれど、応援を先導するコールリーダーがいて、全員でチャントを歌うような画一的な応援になりがちだ。だからこそ、拍手だけの応援になった時、クラブや地域ごとに浸透しているはずのサッカー観や哲学への理解が垣間見れると期待していた。

 12日の試合でマリノスはFC東京に1-3で敗れた。開始4分でJ1リーグ通算100試合出場を達成した遠藤渓太がゴールを挙げて先制したものの、前半のうちにPKと直接フリーキックで追いつかれ、後半開始早々に3失点目。ボール支配率は64%と非常に高かったが、枠内シュートが先制ゴールの1本だけとビッグチャンスは少なく、昨季優勝を争ったライバルに屈した。

 そんな中で、マリノスのサポーターはどんなタイミングで拍手をしていたか。試合開始や終了の笛がなった時、セットプレーを獲得した時、シュートを打った時、ゴールが決まった時などは当たり前に拍手が起こった。

 さらに激しくプレッシャーをかけて相手に消極的な判断をさせた時、球際のデュエルでボールを奪った時、前線の選手がいいポジションで縦パスを受けて前を向いた時、サイドチェンジが通って逆サイドに1対1の局面を作れた時、GKが相手のプレッシングを引きつけながら味方に的確なパスをつないだ時など、細かいアクションにも拍手が湧いた。

拍手は「選手の力になる」

喜田拓也
【写真:田中伸弥】

 音を聞けば拍手の「質」はわかる。誰もが手を叩く時にはリズムの揃ったきれいで大きな音になるし、逆にためらいがあると音は小さめで揃わず、探り探りだから音の波ができる。そういう意味で、まだ細かい「ナイスプレー」に対する拍手が完璧に揃っているわけではない。

 だが、ファン・サポーターの中で、アンジェ・ポステコグルー監督が指向するサッカーや、今のマリノスのサッカー哲学への理解が進み、「いいプレー」と「悪いプレー」への独自の基準が出来上がりつつあるように思う。スタンドの観客もアタッキング・フットボールの「感覚」を掴めるようになると、拍手だけでもピッチ上の選手たちにとっては大きな後押しになるはずだ。

 しかも、拍手する時というのはだいたいが「ポジティブ」なものに対してなので、声出しが禁止されている現状はルールからの逸脱がなければ温かな雰囲気になるはず。前向きな応援は、先に述べたスペインの事例などとは違った形のホームアドバンテージにもなるだろう。

 試合後、先制点を挙げたマリノスのFW遠藤は「率直に観客がいるといないとでは大きく違いました。いいプレー、例えばゴールを決めて拍手をもらうのもそうですけど、ボールを奪ったとか、ちょっとした選手の頑張りで、小さなことで拍手をもらえるだけでも選手の力になるとすごく感じました」と語った。

 ファン・サポーターの応援は、確実にピッチ上で戦う選手たちのエネルギーになっている。キャプテンの喜田拓也も、試合終了後の観客席のリアクションに感銘を受けたようだ。

「僕たちはまず、ファン・サポーターの方もチームの一員だと思っていて、これまで間接的な後押しでしたけど、今日からは直接的にそれ(応援)をいただけるということで、選手も本当に楽しみにしていましたし、ファン・サポーターの方も楽しみにしてくれていたと思います。

そういった思いだったりが、あの拍手に乗っていたと思いますし、自分たちも感じ取りながら試合をしていたのは事実としてあります。勝つためのサポートを最大限していただきましたけど、自分たちの力不足で返せなかったところもあります。ただ、終わった後の拍手だったり、皆さんの姿勢を見ると、やっぱり自分たちを信じて、思ってくれていると感じました。

そういったところはチームにとってプラスでしかない。ファン・サポーターを喜ばせられるのは自分たちのサッカーをして結果を出すこと。そこはまた、チームとして、よりハングリーに這い上がっていく、強い気持ちを示せればと思います」

「一度つないだ手は絶対に離さない」

横浜F・マリノス
【写真:Getty Images】

 昨季王者ながら、マリノスはここまで1勝1分2敗とリーグ戦でなかなか結果が出ていない。ただ、思い出せば一昨季は残留争いをしていたわけで、その苦しい時期もポステコグルー監督が一切ブレなかったことが昨季の優勝につながった。

 FC東京に敗れても「このサッカーを続けることで結果は必ずついてくる。守備面ではいくつかのシーンでもう少しうまくできたかもしれない。だが、シーズンは始まったばかりなので、自分たちのやり方を続けて、より強くなって、もっともっと自分たちのサッカーを出しながらやっていきたい」と、指揮官の考えに変わりはない。

 速い展開で両サイドに振られ、カバーリングが追いつかないサイドバックの裏を突かれる失点パターンが増えるのも、おそらく織り込み済み。過密日程でメンバーの固定が難しい中で、攻撃面で崩しの精度や速度を高める必要があるのも重々承知しているだろう。今は複数の選手をユニット化して連係を高めながら、攻撃のバリエーションを増やしていったり、交代でメッセージを伝えやすくしたりといったことに取り組んでいるようにも感じる。

 そんな中で、選手たちも信じることをやめてはいない。ファン・サポーターの思いに応えるためにも、ちょっと結果が出ないだけで折れるわけにはいかないのだ。でも、念のため喜田に質問してみた。「ブレずにやり続けたから昨年優勝できたと思う。たった1つや2つの負けではブレない、今後もその思いで続けていく認識でいいのか?」と。

 彼は少し間を置いて答えた。「当然ですね」。そしてこう続ける。

「(メディアの)皆さんですとか、周りがどう思っているか僕らは全くわからないですけど、1つ言えることは、自分たちは一度つないだ手は絶対に離しませんし、何があっても全員で乗り越えていく覚悟はあるので、そこに対しては自信を持っています。

みんなの結束というのは何としてでもブレてはいけないところだと思いますし、どんな結果であろうと、このサッカーだったり、このサッカーを自分は信じています。みんなも同じ思いでいてくれると思うので、そこに対しての心配は何一つ、1ミリもしていないです」

 FC東京戦、日産スタジアムのスタンドには「トリコロールの絆 どこにいても以心伝心」という横断幕が掲げられていた。結果が出なくても我慢して、勝利を待ち続けたからこそ、今のスタジアムの雰囲気が出来上がったとも言える。12日の試合終了後、負けてもマリノスのファン・サポーターは懸命に戦った選手たちへ拍手を送った。ポステコグルー監督率いるチームを信じ続ける気持ちに変わりはないということだろう。

 久しぶりにスタジアムに帰ってきたファン・サポーターの思いと、選手たちのプレーが溶け合って、これからどんな化学反応が生まれるだろうか。

 それはマリノスに限った話ではなく、他のクラブにも言えること。次節は18日、マリノスはアウェイで鹿島アントラーズと対戦する。開幕4連敗と一向に調子の上がらない鹿島がホームのファン・サポーターの前でどんなパフォーマンスを見せるか、それに対してマリノスはどう挑むのか。とにかく気持ちよく拍手できるような、両チームの最高のプレーに期待したい。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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