クラブW杯を終え、休む間もなく渡仏
昌子源は、2019年をトゥールーズで過ごした。
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トゥールーズはフランスを代表するラグビータウンだが、2006/07シーズンに3位になってからはサッカー人気も上昇。本拠地『スタディウム』は、1998年のワールドカップで、日本代表が初戦のアルゼンチン代表戦を戦った場所でもある。
2019年1月に入団した昌子は、2018/19シーズンの後半戦から、夏のオフをはさんで2019/20シーズンの前半戦と、2シーズンをまたいで在籍したが、前者は全戦フル出場、後者は怪我で45分間ピッチに立ったのみと、見事に対称的だった。
2018/19シーズン後半戦は、デビュー戦となった1月19日の第21節ニーム戦から最終節まで、フランスカップの2試合を含む全20試合に、昌子は先発フル出場した。Jリーグで長いシーズンを終え、12月には鹿島アントラーズとともにクラブワールドカップにも出場したあとほとんど休みもなく渡仏。新しい環境に馴染む間もないまま、実戦をこなしながら慣れないプレースタイル攻略に昌子は挑んだ。
それにはチーム事情も関係していた。
前シーズンのレギュラー、イサ・ディオプは夏にウェストハムに引き抜かれ、クラブ生え抜きの期待の大型新人ジャン=クレア・トディボは、晴れてプロデビューすると間もなくバルセロナに羽ばたいていった。
主力級のセンターバックは、在籍3年目のクリストフェル・ジュリアンのみ。その彼もシーズン終了後の移籍を希望していたから、トゥールーズは昌子を獲得した時点で、翌2019/20シーズンのバックラインのリーダーを任せたいという明確なプランを持っていたのだった。
「手応えを感じる初戦」
デビュー戦の相手ニームは、テクニックよりもパワーとスピードでゴリゴリ押し込んでくるタイプのフォワードを揃えていたから、昌子にとってはまさにフランスリーグの洗礼を受ける形になったが、1-0と敵陣で価値ある勝利をものにすると、トゥールーズサポーターのバイブル的存在であるクラブ情報専門サイト、『lesViolets.com』のジャン・バティスト・ジャメス記者は、「今後さらに良くなっていくだろうという手応えを感じる初戦だった」と評価した。
「最初は相手に押し込まれる感じもあったが、時間が経つにつれて徐々に前へ前へと出られるようになっていった。左右両方の足を使いこなしての配球もとても良かった。
細かいエラーはあったが致命的なミスはなく、デビュー戦としては上出来だ。いきなり違う文化の国から来て、初戦でクリーンシートに貢献した。このクラブにとってはそうそう実現できることではないことを考えても、評価できる出来だった」。
とりわけ印象的だったのは、初戦だというのに昌子にまったく「新人感」がなかったことだ。彼の加入を知らない人が試合を見たら、合流してわずか数日の、海外挑戦はおろか移籍はキャリアで初めて、という選手がピッチ上にいるとは気づかなかっただろう。
プレーの面では、バティスタ記者が指摘したような危うい場面もあったが、その彼も、「ダレ気味になっていた仲間を鼓舞したり、ディフェンスラインの統制が乱れた時に率先して立て直そうとしていた姿はなかなか頼もしかった」と、昌子のリーダーシップに感心していた。のちに話を聞いた同リーグの先輩、酒井宏樹や川島永嗣も同じ感想を口にしている。
ゴリゴリ系の選手相手に苦戦することは、アラン・カサノバ監督らコーチ陣も想定内であり、実戦の中で経験を積むことが最適の訓練法だと彼らは考えていた。そして昌子も、実際に相手とぶつかって、ときには抜かれたり失点のピンチも体験しながら、封じるにはどうすべきか試しては学ぶことを毎戦繰り返した。
「優勝争いよりもしんどい」
3月、王者パリ・サンジェルマン(PSG)と対戦したときも、昌子はキリアン・ムバッペ相手に、「世界の最高峰とやる機会は少ないのだから、いろいろなトライをしよう」と心に決め、近距離から対峙したり、相手がトラップした瞬間を狙ってぶつかりにいったり、様々なパターンでマッチアップを試みた。
74分に1点を決められてクリーンシートはかなわなかったが、逆にいえば、この日1トップでゴールを決める気満々だったムバッペを1得点に抑え、おまけに存分にイラつかせた。と同時に昌子も、人並み外れたスピードをもつムバッペから世界レベルの凄さを感じとっていた。
ピッチを広く見通してのパスワークやカバーリングのうまさでは他の選手にないものを見せつけていた昌子に対し、カサノバ監督から聞かれたのも、「昌子はこのリーグでプレーする素質のある選手であること十分に発揮し、リクルートしたことは間違いでなかったと証明してくれている。彼は非常に才能のあるディフェンダーで、配球にも優れたレベルの高い選手だ」といったポジティブな言葉以外になかった。
しかしチームとしての成績は振るわなかった。
初陣のニーム戦で勝利を飾ったあとは、6戦連続で勝ち星から遠ざかり、1試合の結果いかんで降格ゾーンに突入、という綱渡りの日々が続いた。
鹿島アントラーズで「常勝」に慣れていた昌子にとってはこれまでになかった体験。なによりチームメイトたちがこの状況でも呑気なのがもどかしく、「優勝争いよりもしんどい。残留争いが佳境を迎えたここ何週間かは、自分のサッカー人生の中でも本当に気を使っている」と心境をもらしていた。
トゥールーズが正式に残留を決めたのは、最終節の1戦前の第37節。その試合はマルセイユにホームで2-5と大敗、おまけに酒井宏樹にリーグ戦初ゴールを献上する展開となったが、ライバルクラブが脱落し、他力本願での残留決定だった。
最終ラインの大黒柱と期待されるも…
しかしフル出場を重ねた甲斐あって、昌子のパフォーマンスは入団時から格段に向上していた。シーズン終盤戦の頃には、「久々にゴリゴリ、という選手とやって、自分自身、成長しているのを感じました。最初の方は、そういうチームばっかりですごく苦戦したイメージがあったけれど、ちょっとずつ対応の仕方とか成長しているな、と思います。来シーズンに向けて、この調子は崩したくないと思う」と手応えを口にしていた。
シーズンオフには、予想通り相棒のジュリアンがセルティックへ去り、代わってロシアリーグから獲得した21歳のアルゼンチン人DFアグスティン・ロヘルが昌子とコンビを組むことになった。
リーグ・アン未経験の新人に加え、控え要員や両サイドバックも20代前半の若手が中心だったバックラインで、昌子には入団半年にして大黒柱としての期待がかけられていた。クラブの公式HPではトップ画面にフィーチャーされ、新しいユニフォームのお披露目PVにも主役級で出演していたところからも、クラブが彼を今シーズンの中心選手としていたことがありありとうかがえた。
ところが、プレシーズンマッチも精力的にこなし、あとは開幕を待つばかりとなった最後の調整試合で昌子は腿裏の腱を負傷してしまう。前年度、1年半ぶっ通しで戦った負担が体に現れたようにも見えた。第6節でベンチ入りするまでに回復し、第7節のアンジェ戦で待望の復帰を果たしたが、この試合で今度は右足首を痛めると、これが昌子のトゥールーズでの最後の試合となってしまった。
チームも坂を転がるように順位を下げ、新型コロナウイルスの影響でリーグが中断するまでの28試合でわずか3勝。最下位でシーズン打ち切りとなり、リーグ2に降格となった。その間、監督も二度交代したが、下降していた流れを上向きに戻すことはできなかった。
トゥールーズには欠かせなかった昌子のメンタル
「もし昌子の負傷がなかったら…」。
と『タラレバ』を語るのはナンセンスだ。しかし、昌子が開幕戦から元気にプレーしていれば、降格ゾーンに定着してしまう前の時点で、もう少しもがけた気もする。ディフェンス面で戦力となるだけでなく、常勝チームでキャリアを築き、国内タイトルやAFCチャンピオンズリーグ(ACL)など、数々のトロフィーを手に入れてきた昌子には、勝利を重ねることで培われる強さやメンタル力が備わっていたからだ。
そしてそれはまさに、ここ数年降格ゾーンをうろつき、敗戦が続いても「まあいつものことだし…」と危機感が薄かったトゥールーズの選手たちに決定的に欠けているものだった。
昌子は、入団間もない頃から、「優勝したいという気持ちを常に持っていないといけない。パリ(・サンジェルマン)がいるから、と思ってやるのと、いや、パリがいてもとにかく優勝を目指す、と思ってやるのとでは全然違う。そういうメンタリティーは、新加入だから、というのとは関係なく注入していきたい」と語り、とりわけ開幕から参戦できる2シーズン目からは、メンタル面もさらに発揮していきたいと誓っていた。
言葉の面で、的確に指示が出せずにもどかしい部分はあっただろうが、仲間を鼓舞するエネルギーや波動といった、言葉がなくても伝わるものの影響力は想像以上に大きい。
シーズンチケットを買って毎ホーム戦スタジアムに通う地元のファンもそれを感じていたから、「昌子は初戦から周りに指示を出していて、すごく頼もしいと思った。ウチはディフェンスが弱いから、昌子はもう絶対に必要な選手だ」と期待を寄せていた。
なので、昌子が負傷という形でリーグ・アンでの挑戦を終えたのはとても残念だが、彼のキャリアはまだまだ続く。選手として再び思い切りプレーできる状態に戻るために選んだJリーグ復帰だ。
実の濃かった2019年の半年間で、フランスリーグの猛者たちと対戦して得たものは、今後、彼自身が、ピッチの上で証明することだろう。
(取材・文:小川由紀子【フランス】)
【了】