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16年、川島永嗣。「エイジーーー!!」響く黄色い歓声。第3GKでも確かな評価を得るその理由【リーグ・アン日本人選手の記憶(14)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。これまでにもセリエA、ブンデスリーガなどに多くのサムライが挑戦したが、自身の成長を求め新天地にフランスを選ぶ者も少なくはない。現在も酒井宏樹や川島永嗣がリーグ・アンで奮闘中だ。今回フットボールチャンネルでは、そんなフランスでプレーした日本人選手の挑戦を振り返る。第14回はGK川島永嗣。(取材・文:小川由紀子【フランス】)

シリーズ:リーグ・アン日本人選手の記憶 text by 小川由紀子 photo by Yukiko Ogawa

フランス移籍も立場は「第3GK」

川島永嗣
【写真:小川由紀子】

 ベルギー、スコットランドを経て、川島永嗣は2016/17シーズン、リーグ・アンのFCメスと2年契約を結んだ。

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 メスはその前年は2部にいたが、1年でトップリーグに復帰していて、第1GKにはクラブ生え抜きで20歳と若いトマ・ディディヨン、そして在籍3年目の25歳のフランス人GKダビ・オベルアウザーがいたところへ、当時33歳の川島は「第3GK」として迎えられた。

 しかし2年の契約を終えてメスを去るとき、川島は「第1GK」になっていた。そしてそれは、彼自身の手でつかみとったものだ。

 川島の獲得については、クラブの公式HPでも、「第3GK」と発表されたが、契約交渉時には、「リーグ・アンでプレーできて、なおかつ2人をプッシュできる経験あるキーパーを探している。誰が試合に出るのも、オープンだ」と伝えられていたから、契約書にサインしたときの川島には正GKを目指す以外の思いはなかった。

 ディディヨンは、メスの正GKとしては2年目だったが、リーグ・アンで守護神を務めるのはこのシーズンが初めて。モナコに7点奪われるなど前半戦から失点はかさみ、その中には彼自身のミスも少なくなかった。

 一方で川島は、トレーニングでもコーチ陣をうならせるパフォーマンスを見せつけ、18、9歳の若手とともにリザーブゲームで精力的に戦う日々を送っていた。それでも、ベンチ入りの機会はありながらもピッチには立てない状況に、12月頃には移籍を考えていたというが、その陰でフィリップ・インシュベルジェ監督やコーチ陣は、真摯に取り組む川島を出場させる機会を探っていた。

チャンスをモノにし、残留の立役者に

 そして1月、チャンスはやってきた。

 年明け初戦のフランスカップ、ランス戦。コーチ陣は、勝ち進んだ場合はその後もフランス杯は川島に守らせるつもりだったが、残念ながら0-2で敗れて敗退。また次のチャンスを待つことになった。

 そんな中、3月のロシアワールドカップ・アジア3次予選では、日本代表に招集されて重要な試合で2戦2勝に貢献と、試合勘のロスを感じさせないパフォーマンスを披露した川島。しかしメスではシーズンも終盤戦に突入し、いまさらGKの交代はないか、と思っていたところへ、ふたたびチャンスは巡ってきた。

 リーグ・アン第31節、相手は最強パリ・サンジェルマン(PSG)。延期になっていたこのPSG戦が、残留争いで直接対決となるロリアン戦の4日前に組みこまれたことで、監督はローテーションを敢行したのだった。

 以前から「5大リーグのゴールに立ちたい」と語っていた川島にとってそれは、ひとつの目標が実現した瞬間だった。

 試合は2-3で惜敗したが、王者相手にメスは奮闘。一方、肝心のロリアン戦は1-5と大敗し、失点続きで自信を失っていたGKディディヨンと守備陣に精神的なテコ入れが必要だと判断した監督は、残留争いがかかった次のナンシー戦に、川島を登板させることを決めた。ナンシーとの対戦はダービーでもあり、プレッシャーのかかった試合なら、川島の方が慣れているという判断だった。

 ここで2-1と勝利をもぎとって降格の危機から一歩前進すると、次のリール戦でも監督は川島を起用。この試合に敵陣で2-0と完封勝利したことで、メスは晴れて残留を確定し、残りの2試合も川島がゴールを守ってシーズンを終えたのだった。

 翌シーズンは、残留の功労者である川島を正GKに推したい一方で、成長株のディディヨンをアピールしたい、というクラブ側の思惑もあり、2人を交互に使うという当人たちにとってもチームにとっても不安定な序盤戦となったが、10月に監督が交代すると、新監督のフレデリック・アンツは約1ヶ月間両者を試したのち、川島を第1GKとすることを決めた。

 開幕直後から最下位に沈んでいたメスにとってこのとき必要だったのは、「みんなを落ち着かせる統率力があり、動じない強さ、強靭な精神力を備えていること、そして彼自身の強みをチームに加味できるようなGK」であり、その結果として川島が選ばれたと、GKコーチは語っている。

クラブにとって川島の存在とは?

川島永嗣
経験値豊富な川島永嗣の存在は、ストラスブールにとっても貴重だった【写真:小川由紀子】

 結局このシーズンのメスは、第5節から最下位を動かず降格となったが、それでも川島が報道陣から賞賛されたのは、スコアには表れないところで、川島のファインセーブで防いだものがいくつもあったからだった。76失点は20チーム中では最低の数字だったが、11位で終えたディジョンと3点しか変わらないほど、序盤から20位に定着していたわりに失点数は抑えられていた。

 その評価は、その夏川島が、ストラスブールからのオファーを勝ち取ったことでも証明された。

 ストラスブールの第1GKは、奇しくも川島がベルギーのリールセでプレーしていた時代に、10代の控えキーパーだったマッツ・セルス。そして第2GKバングルー・カマラは、全戦でゴールを守ったリーグカップで優勝を経験。そのため、2018/19シーズン、川島の出番は最終戦のナント戦1試合にとどまったが、この試合では日本代表の恩師ヴァイッド・ハリルホジッチ監督のチームから勝利を奪って最終順位をひとつ上げた。

 そして昨年7月、ストラスブールと新たに2年間契約を延長したことが発表された。36歳の外国籍選手が複数年の契約延長のオファーを受けるのはそうあることではないが、若いGKの良き手本となり、国際マッチ出場経験も豊富で、なおかつ、必要とされればいつでもトップレベルでプレーできる経験値の高い選手はそれほど多くはない。ストラスブール側にとっても利点は大きかった。

 そういった、川島の経験値がいかに現場で好影響を与えているのか、という部分については、選手達やコーチ陣にしか実感できないものだが、彼がクラブにとってどのような存在かは、練習場に行ったときの様子からうかがえる。

 メスでの1年目、インタビューの約束があって川島を待っていると、すでに身支度を終えた若い選手が通りかかった。

 アジア人記者の姿を見るなり彼は、「エイジと約束ですよね? 向こうで見かけたので僕が呼んできます!」といって丁稚のように駆け出して行った。外国人選手なのに、入団1年目にしてすっかり兄貴分なのはさすがだな、と感心しつつ、広報担当者にGKコーチとの取材を申し込むと、隣にいた地元紙の記者が、「ああ、彼は気難しいから、僕らはあまり接触しないんだよね。期待しないほうがいいよ」と顔を曇らせた。

 ところが広報担当者は、「よろこんでお話するそうです」という返事とともに戻ってきた。

 多忙なコーチングスタッフにとってメディア対応など面倒臭いに決まっているが、逆に「きちんと話して世に伝えたい」という内容については積極的に話してくれるものだ。クリストフ・マリシェGKコーチは、その後も依頼するたびに、川島について率直に語ってくれたのだった。

「成長したい欲が強いんですよね(笑)」

川島永嗣
【写真:小川由紀子】

 ストラスブールでも同じだった。

 昨シーズンの最終節前のこと。練習場を訪れると、ピッチに誰もいなくなるまで体を動かしていた川島が帰り支度を始めた瞬間、ファンたちから「エイジーーー!!」という黄色い歓声があがった。メスで2年間プレーしたとはいえ入団1年目でまだ一度もプレーしていない外国人選手だ。しかし地元ファンは、試合だけでなく、トレーニング中の様子も実によく観察していて、彼を慕っていたのだった。

 そのときGKコーチから、「最終戦では川島を先発させるつもりだ」と聞いた。メスのときと同様、常に懸命に取りくむ川島に、出場の機会を与えたいとコーチたちはずっと思っていたのだという。

「エイジは彼より10歳若い選手よりも動きが速い。彼のフィジカルレベルは驚異的だ。その分、相当努力しているからだ」とGKコーチは感心し、その時点ですでに、「クラブ側としては、彼に来季も残ってもらいたいと思っている」と話していた。

 印象的だったのは、彼が、「エイジを見ていると、生きる喜びのようなものを感じる」と言っていたことだ。

 川島にしてみれば、試合に出られない状況の中、もがき続けた1年だった。最後の1試合で出場機会が与えられたことも、「まあプレゼントのようなものでしょう」と苦笑していたが、身近で彼を見ていたGKコーチは、その川島から「喜び」を感じとっていたのだという。いかに川島が、厳しい状況でもクサることなく、生き生きと日々トレーニングに励んでいたかが想像できた。

 1つしかなく、よほどのことがなければ交代もないGKというポストは厳しい。

 生え抜きの若手がいれば、クラブは良い移籍先を見つけるべく出場させるという明確な目的をもっているし、移籍金を支払った選手は使う、という方針のクラブもある。代表チームの人材育成を考えて、自国選手を育てる意識も高い。レベル向上のために外国人選手を集めまくっていた一時のカタールでさえ、GKだけは、自国選手に限定していたほどだ。

 川島がEU国籍を持っていたら獲得に手を挙げるクラブは他にもあるが、外国人選手枠を第3GKに使ってでも欲しい、というところに、彼の真価が表れている。

 メスでも、ストラスブールでも、己の取り組む姿勢で、チームメイトやコーチ陣をこれほど惚れさせてしまうのはすごいと、心底思う。かといって、鬼のようなストイックさの塊ではなく、良い感じに力が抜けている一面もあって、そのバランスが周りにとって心地いいのだろう。

「自分の中での向上心もサッカーに対する情熱も全然変わっていない。こういう状況においてもまだ、成長したい欲が強いんですよね(笑)」

 そういって笑う川島は、年齢に逆行してどんどん若々しくなっているような気がする。まだまだ思いっきり、現場で燃えてほしい。

(取材・文:小川由紀子【フランス】)

【了】

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