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ハーランド不在ならサンチョがいる。初ハットトリックで大爆発…新時代のスターが輝けた理由

ボルシア・ドルトムントは5月31日、ブンデスリーガ第29節でパーダーボルンに6-1の大勝を収めた。首位バイエルン・ミュンヘンを追うためにも負けられない一戦は、主砲アーリング・ブラウト・ハーランドが不在。そんな中で輝いたのはリーグ戦再開後初先発となったジェイドン・サンチョだった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

ドルトムントの気づき

ジェイドン・サンチョ
【写真:Getty Images】

 遠く前方を走るバイエルン・ミュンヘンに食らいつくには、勝ち続けるしかない。ボルシア・ドルトムントが今季のブンデスリーガ優勝を達成するには、どんな形であれ勝利を積み重ねていくしかないのだ。

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 前節のバイエルン戦を落として両者の勝ち点差は7ポイントに広がった。残りは6試合。ここからの逆転は極めて困難なミッションだが、最後のストレートは全速力で駆け抜けるのみ。バイエルンの次に待ち受けていた関門は最下位に沈むパーダーボルンだった。

 絶対につまずきが許されない一戦で、ドルトムントは大いに苦しんだ。絶対的なエースストライカーのアーリング・ブラウト・ハーランドとリーグ再開から好調なパフォーマンスを続けていたマフムード・ダフードがひざを痛めて欠場。

 コンディション面での厳しさもあっただろう。選手の組み合わせが変わった中でゴールへの道筋を見出すのに時間がかかった。決定機はいくつか作っていたものの、どうしても前線の選手たちの動きが鈍く、動き出しのタイミングもなかなか合わない場面が見受けられた。

 一気に流れが変わったのは後半が始まってからだった。54分にトルガン・アザールが先制点を奪ってから大量6得点でパーダーボルンを圧倒し、終わってみれば6-1の大勝だった。

 ドルトムントは気づいた。パーダーボルンの右サイドバック、モハメド・ドレーガーの周囲に攻略の鍵があることに。実際、6つのゴール全てにドレーガーが関与している。

 先制点の場面から狙いはハッキリしていた。ウカシュ・ピシュチェクが左サイドに張り出したラファエウ・ゲレイロにサイドチェンジのロングパスを通すと、ドレーガーが釣り出されて背後に広大なスペースができた。

 そこにエムレ・ジャンが走り込んでパスを受け、自ら深くまでえぐって折り返した先にアザールが待っていた。ベルギー代表FWは一度GKに弾かれたボールを冷静に押し込んで、大勝への口火を切った。

攻略の鍵だったドレーガー

 57分の2点目の場面では、ドルトムントがボールを奪った瞬間にドレーガーの切り替えが遅れた。走って戻る時間が十分あったにも関わらず背後のスペースを空けたままにしてしまい、そこを使ったショートカウンターからジェイドン・サンチョのゴールが生まれる。

 74分のドルトムントの3点目は、ドレーガーがあっさりスルーパスで背後をとられたところから生まれた。85分にはドレーガーがアザールに振り切られてペナルティエリアへの侵入を許し、守備陣に混乱が生まれてアクラフ・ハキミの4点目につながった。

 89分にマルセル・シュメルツァーが決めた5点目を見ても、実はシュメルツァーのマークを最初に離してしまったのがドレーガーだったことがわかる。もし最後までついていっていれば、結末は違ったものになっていたかもしれない。

 そして後半アディショナルタイムにはパーダーボルンのセットプレーから、6点目が生まれた。こぼれ球の回収とカウンターの阻止を目的にペナルティエリア外に控えていたドレーガーは、カウンターの起点になったマテウ・モレイに寄せきれず、簡単に前線へ展開させてしまった。

 5点目や6点目への関与が偶然に近いものだったとしても、他のゴールシーンでドルトムントがドレーガーの周辺を崩しのキーポイントとして狙っていたことは明らかだ。フライブルクからの期限付き移籍でパーダーボルンに在籍する24歳のチュニジア代表DFは、攻守におけるクオリティ不足を露呈してしまった。

 一方、ドルトムントの攻撃陣でハーランド不在を補って余りある活躍を披露したのはサンチョだった。リーグ戦中断期間中にふくらはぎを痛めてしまい、再開後もコンディションの回復に苦戦していた20歳のイングランド代表は、プロキャリア初のハットトリックで大勝に花を添えた。

次々に新たな記録を…

ジェイドン・サンチョ
【写真:Getty Images】

 前半は動きの重さや周囲との感覚のズレが見られたが、57分に最初のゴールを決めると、見違えるような躍動感があらわれた。74分の2点目は、アザールのパスを受けた軸足の右足で細かく2度ボールをつついてシュートコースと時間を作り、GKのタイミングをも外す圧巻の個人技が詰まっていた。

 91分にはモレイからのパスを受けて右サイドから自分で仕掛けてフィニッシュまで持ち込んだ。前半の重さからは想像できないようなプレーの数々だった。

 記録を見てもサンチョのポテンシャルには驚くばかりだ。パーダーボルン戦を終えて今季のリーグ戦成績は27試合出場17得点17アシスト。実にチーム総得点(80)の43%に関与している計算になる。

 また、詳細な統計を取り始めた2004/05シーズン以降、リーグ戦で15得点と15アシストを同一シーズンに達成した選手はサンチョただ1人だけ。ブンデスリーガ通算30得点にも史上最年少で到達した。

 ここしばらくは「ハーランドをいかに活かすか」が勝利への最短経路だったが、これからは「サンチョをいかに輝かせるか」に変わっていき、ゆくゆくは「サンチョとハーランドを共存させれば無敵」くらいになっているかもしれない。

 マンチェスター・ユナイテッドなどから関心を寄せられ、常に移籍の噂が飛び交うだけの理由があると、サンチョは自らの力で証明した。

サンチョが掲げたシャツの意味

アクラフ・ハキミ
【写真:Getty Images】

 もう1つ、彼がパーダーボルン戦でどうしても結果を残すことにこだわったのにはワケがあった。最初のゴールの直後にユニフォームを脱いで披露した「JUSTICE FOR GEORGE FLOYD(ジョージ・フロイドに正義を)」というメッセージを伝えるためだ。

 アメリカのミネソタ州ミネアポリスで先月25日、白人の警官が手錠をかけたアフリカ系アメリカ人の黒人男性、ジョージ・フロイド氏の頸部をひざで8分46秒間にわたって押さえつけ、「息ができない」という訴えを無視して死亡させた事件があった。

 これを発端にアメリカでは大規模な人種差別に対する抗議運動が起きている。過去にもアフリカ系アメリカ人の黒人を白人警官が射殺するなどの事件が多発していた同国では、ミネアポリスを中心に抗議運動が全国的な広がりを見せている。

 ジョージア州アトランタでは『CNN』の本社が襲撃を受けるなど一部の抗議運動が暴徒化して問題になっているほどだ。個人的に暴力的な抗議には賛成しかねるが、長きにわたって差別的な扱いを受けてきた黒人やその他の有色人種たちが、世の中を変えようと動き出している。

 サンチョのイエローカード覚悟の意思表示は、不当な差別や暴力を受けて亡くなったフロイド氏に連帯を示すものだった。同様のメッセージが書かれたシャツを、ハキミも得点後にカメラへ向けて掲げた。

 試合後にサンチョは自身のインスタグラムにこう記した。

「キャリア初のハットトリックを嬉しく思う。でも、僕たちが対処し、変化を助けなければならない、もっと重要なことが世界で起こっているので、個人的には苦しくもあり嬉しくもある瞬間だった。何が正しいのかについて話すことを僕たちは恐るべきじゃない。僕たちはともに1つになって、そして正義のために戦っていかなければならない。ともに強くなろう! #JusticeForGeorgeFloyd」

 パーダーボルン戦に向けて散髪でヘアスタイルを整え、ソニック・ザ・ヘッジホッグとシンプソンズの新しいタトゥーを刻み、シャツにメッセージを書き込んでピッチに立つ。そしてハットトリック達成した。

 新時代の若きスターが最大限の力を発揮するのは、心理的な発奮材料になるものも必要になってくるのかもしれない。移籍の噂は絶えないが、次々と記録を塗り替えるサンチョの快進撃からは今後も目が離せない。

(文:舩木渉)

【了】

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