【写真:編集部】
4/1(水)に発表された「サッカー本大賞2020」の受賞作品の選考委員による選評は以下の通りとなります。
<サッカー本大賞>
■欧州 旅するフットボール(豊福晋 著 双葉社 刊)
「前年度は全89冊を対象作品として検討しましたが、今回は60冊にまで対象が減りました。しかし少ない分母に懸念を抱いたことも取り越し苦労に過ぎなかったようです。委員全員が文章がいい、声が聞こえてくるということで珍しく一致。美文家が時にはまる技巧の空転もありません。例えていうなら、鮮やかな物語を探しつづける淡彩スケッチの名手。描画にこだわらずに最後は感じたままを味わうように描いています。Jリーグの創設時は中学生だった著者30代の記念碑としても読めました。唯一気になったのが、2歳年上の中田ヒデの肉声を拾えなかった年の記述です。洗練が物足りなさにつながってしまうケースとして感じられました。この先も豊福さんにしかできないオールド・ジャーナリズムと個人のジャーナリズムとのミクソロジーを期待しています」(佐山)
「食を書かせると絶品。サッカー文化を語るとき、スペインならバル、イギリスならパブ、イタリアなら小さな食堂……そこで飲むもの食べるものとサッカーが一緒になると、旅も3倍楽しめるのだと改めて思いました。サッカー文化にどっぷり浸かれる本です」(実川)
「こういう本が作れるんだと素直に思いました。『パリのテロ』など各テーマにこだわりを持っていて、食べて、飲んで……。今までこういった本はありそうでなかった気がします。堀江敏幸のデビュー時に近い。ちょっと格好はつけていますが、庶民的な感じを受けました」(陣野)
「豊福さんで異論ありません。心地よい上品さがあって、読み手との距離も心地よい。旅情を足でしっかり実測している書き手。文体だけではなく、造本も丁寧で紙質を含め、さりげないけど精巧。こういう上質なエッセイ本は、移動中や寝る前にパラパラと読みたい」(幅)
<サッカー本大賞特別賞>
■岡田メソッド——自立する選手、自律する組織をつくる16歳までのサッカー指導体系(岡田武史 著 英治出版 刊)
「2011年に立て続けに出た岡田対談集の面白さが正しく評価されていませんでした。対談の相手は羽生善治、王貞治の両氏。直近ワールドカップ特番でのユーモリストぶりも記憶に新しいところですが、気がつけば、著者は球界の故野村克也氏と双璧をなす言語能力の人に。しかし本書はコラムを11本入れる飽きさせない工夫こそあれ、ジャンル分けをすれば、教則本の範疇にあります。サッカー協会推薦の本であれば、なおさらその種の本は予定調和的なものになるのですが、この本だけは違います。全財産と全人生を注ぎ込んでのヒリヒリする仕上がりになっています。長くサッカー界に欠落していた『状況』対処的ではない16歳までの『型』=『原則』での指導法が公開されています。秘伝の原則集を贈られた読者一同からの返礼がまさにこの賞というわけです」(佐山)
■プレミアリーグ サッカー戦術進化論(マイケル・コックス 著/田邊雅之 訳 二見書房 刊)
「翻訳本出版も冊数だけを見ればまことに低調でした。審査の対象となった作品は、前年度の15冊からほぼ半減の7冊。これが翻訳本大賞休止のひとつの理由です。しかも田邊さんは『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』(カンゼン)で、前回二度目の翻訳本大賞を受賞しています。さすがに三度目はいかがなものかという意見も出てきました。なので今回新設の特別賞はある意味で『田邊さん活躍し過ぎ問題』の解決策とも言えます。余談になりますが、大賞受賞の豊福さんは去年カルロ・アンチェロッティ他著『戦術としての監督』(ソル・メディア)を訳出されています」(佐山)
「戦術本というよりは、プレミアリーグのノンフィクション、歴史書として読めました。イギリス人特有の皮肉、ひねりみたいなものがあればさらによかったのですが、自分の知っている人物が出てくるとやはり面白い。これは本当に労作だと思います」(陣野)
<サッカー本大賞読者賞>
■サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境のつくり方(菊原志郎、仲山進也 著 徳間書店 刊)
「サッカー選手を育てる、ビジネスマンを育成する、というよりも、『人を育てる』とはどういうことかを、サッカーを通して語っている点が目新しい。サッカー指導者や企業の人事畑の人だけではなく、教育者や保護者が読んでも参考になるところが多いのではないでしょうか」(実川)
■欧州サッカーの新解釈。ポジショナルプレーのすべて(結城康平 著 ソル・メディア 刊)
「ポジショナルプレーという考え方について、いろいろな角度から光を照射させようとした一冊。いわゆる戦術畑の書き手としての一歩目をつくろうという気概と熱を著者から感じました。ただ、内容を半分くらいに絞るか(ページ数を倍にする? など)、軸を立たせたほうが、本としての完成度は高くなったのかな、とも思われます。個人的にはとても面白く読めました」(幅)
■海外のサッカーはなぜ巨大化したのか(大山高 著 青娥書房 刊)
「サッカーをやってきてサッカービジネスにも色気があるような学生に、広く訴えうる可能性がある本です。大学の教員をやっている身として、ビジネスに興味がある学生はたくさんいると感じるので、狭いところを狙っていないこの本は入っていきやすい気がします」(陣野)
■サッカー“ココロとカラダ”研究所 イタリア人コーチと解き明かす、メンタル&フィジカル「11の謎」(片野道郎、ロベルト・ロッシ 著 ソル・メディア 刊)
「普段あまり考えずに使っているメンタルやフィジカルの本質を、現場のコーチ経験が豊富な二人がじっくり掘り下げていく一冊。『なるほどそうだったのか』という発見がいくつもありました。言葉を掘り下げて現場レベルでの経験と照らし合わせて考え、語ることは大事だと気づかされます」(実川)
■FOOTBALL INTELLIGENCE フットボール・インテリジェンス 相手を見てサッカーをする(岩政大樹 著 カンゼン 刊)
「2018年の大賞本(『PITCH LEVEL 例えば攻撃がうまくいなかないとき改善する方法』=KKベストセラーズ)との違いがあるかという点では微妙なのですが、サッカーをプレーしている人にとっては楽しい本だと思います。ただ、プレーしていないサッカー好きもいるわけで、そういう人を引きつける書き方も必要かなと感じます」(陣野)
■森保ジャパン 世界で勝つための条件:日本代表監督論(後藤健生 著 NHK出版 刊)
「著者の『日本サッカー史 -日本代表の90年-』(双葉社)は古典的名著。そしてこの本もまた素人には書けない蓄積と衰えぬ情熱を感じさせるものでした。アカデミック・ジャーナリズムが根底にあるので独善の臭いがしません。監督採点表の“特別加算点”の含意をあれこれ想像するのも愉しいひと時。特別賞に推しましたが、タイトル付けがマーケティング優先的で残念と反論されたのが強く推せなかった大きな理由です。たしかに副題のほうが本書の内容を正しく伝えています」(佐山)
■ユルゲン・クロップ 増補版 選手、クラブ、サポーターすべてに愛される名将の哲学(エルマー・ネーヴェリング 著/鈴木良平 監修/大山雅也 訳 イースト・プレス 刊)
「『クロップすごい』『クロップ大好き』な人だけではなく、『実はこんな嫌なところがある』『ものすごく頭がいいわけではない』みたいな話も出てきて、クロップを多面的に描けているのがいい。今後、クロップがどんなところにはまり込んでいくのか、と期待を持たせる一冊です」(実川)
「プレミアリーグを好きな人がパブで一杯やりながら意見を戦わさせたり、話したことをまとめると、こういうファンZINEになる、という好例でしょう。とにかくみなの偏った熱が愉快だし、内藤さんの場作りにも興味が湧いてきます。こういった作品が優秀賞に入ってくる意味も小さくないと思います」(幅)
【了】