実力者に揉まれたチェルシー時代の挫折
エンケティアはロンドンの中心地から南東部に位置するルイシャムで生まれた。ルイシャムは移民の多い地域でアーセナルのレジェンド、イアン・ライトや、現在チェルシーに所属するイングランド代表MFルベン・ロフタス=チークなども生まれ育った独特な地域でもある。そんなエリアでエンケティアもガーナにルーツを持つ家族の下に生まれた。
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この地域の少年団チームに所属したエンケティアは幼少期から鮮烈な活躍を披露しており、あっという間にプロクラブの目に留まった。9歳のエンケティアを引き抜いたのはイングランド屈指のアカデミーを誇るチェルシーだ。
今思えば、チェルシーの同年代は豪華な陣容だった。DFには現チェルシーの有望株リース・ジェームズ、中盤には同じくチェルシーのメイソン・マウント、現在はウェストハムに所属しておりイングランド代表でも主軸であるデクラン・ライスらがいた。さらに前線には次期イングランド代表エース候補との呼び声高く、リバプールからスウォンジーにローン移籍しているライアン・ブリュスターも在籍している。
しかし実力者の揃いのチェルシーでも、エンケティアの存在はひときわ輝いていた。後にエンケティアをアーセナルに引き抜いたイアン・ギルモア氏は米メディア『ジ・アスレティック』の取材で「エンケティアは当時のチェルシーで際立った選手の1人だったよ。あのチームの中心はエンケティアとマウントだった」と語っている。
しかしエンケティアが15歳の時、チェルシーアカデミーは彼の放出を決めた。チェルシー内でも揉める判断だったようで、「何故放出を決めたのかわからない」と語るチェルシーのスタッフがいたことも、ギルモアは明かしている。その放出理由は公式には明かされていないが、英メディア『タイムズ』は「身長が原因」と報道している。確かに近い世代に現在のチェルシーで9番を背負うタミー・エイブラハムなど体格的に優れたストライカーが所属している。
アーセナルのシンデレラボーイへ
いずれにしてもブルーズを退団することになった失意のエンケティアだったが、事態は想像以上に素早く好転した。
米メディア『ジ・アスレティック』によれと、エンケティアの才能に惚れ込んでいたギルモア氏はすぐさま父親に連絡を取り、チェルシー退団から2日後にはアーセナルアカデミーのトライアルに参加させたという。そこで印象的な活躍を見せたエンケティアはチェルシー退団後すぐさまロンドンの宿敵に加入したのだ。
新天地では現在のトップチームでのチームメイトとなるジョー・ウィロックやリース・ネルソンと出会い、彼らに支えられたエンケティアは大きな進化を見せる。2016/17シーズンは、17歳にしてU-18とU-23を掛け持ちでプレーし、全大会合計で33試合出場、24ゴール5アシストを記録。最高の結果を残すと、その活躍はすぐさまにトップチームの監督アーセン・ヴェンゲルの目に留まった。
チャンスは2017/18シーズン10月24日のカラバオ杯4回戦ノリッジ戦で訪れた。当時2部の相手に先制弾を浴びたアーセナルは、なかなか得点を奪えず試合終盤を迎えていた。そこで若手育成に定評のあるヴェンゲル監督が後半40分に切ったカードが、18歳のエンケティアだった。
この時ファンは初出場の若者の登場に対して大きな期待は抱いていなかっただろう。なにせ約5分しかチャンスがないのだ。実際、しびれを切らして家路につくファンもちらほら出始めていた。
しかしそんな予想に反して、エンケティアはわずか15秒で結果を残す。投入直後のコーナーキックで、ボックス内に構えたエンケティアの下にはボールが流れてきたのだ。いきなりのビッグチャンスだったが、18歳は冷静にプレー。きちんとボールをゴールに流し込み、周囲の期待をいい意味で裏切る同点ゴールを決めた。
しかもドラマはこれで終わらない。1-1となった試合は延長戦にもつれると延長前半6分にさらなる山場を見せる。左からのコーナーキックに再び合わせたのはエンケティアだった。
試合はこのまま2-1で終わるとメディアは「シンデレラボーイ誕生」を大きく取り上げた。ファンたちも「ウォルコット以来の衝撃だ!」と熱狂し、ヴェンゲル監督も「完成度の高い若者だ。なんでチェルシーが放出したのかわからない」とエンケティアを手放しで賞賛した。
こうして時の人となったエンケティアだが、この段階ではトップチーム定着には至らなかった。このシーズン、トップチームで決めたゴールはこの2ゴールのみ。プレミアリーグにも5試合出場したが、主戦場はU-23だった。
翌2018/19シーズン、ウナイ・エメリ監督にも才能を高く評価されたエンケティアは、プレミアリーグでは多くの試合にベンチ入りすることになる。確かにプレミアリーグ最終節ではリーグ初ゴールを決めるなどポテンシャルの大きさを印象付けた。しかしプレミアリーグでの総出場時間はシーズン通してわずか62分と短く、この段階ではまだ、戦力として定着したとは言えなかった。
道半ばのリーズ時代とアーセナル復帰
転機となったのは、20歳で迎えた19/20シーズンに2部のリーズへローン移籍したことだろうか。このローンはただの武者修行ではない。イギリス北部の古豪には、名将マルセロ・ビエルサが監督として在籍しているからだ。
奇才に率いられたリーズは、昨季に引き続き今季も昇格候補筆頭で、そんな上向きのクラブで才能あふれる若者がどのような活躍を見せるのか。多くのファンが期待の目を向けていた。
ただ2部とはいえ実力派が揃う新天地は、チェルシーアカデミーの先輩パトリック・バンフォードがCFのレギュラーの座に君臨し、スタメン出場の機会を得ることは簡単ではなかった。しかしエンケティアは、昇格を争うライバル・ブレントフォードと戦った第3節は74分から出場するといきなり決勝点を記録。その後も限られた出場時間で結果を残し続けた。
最終的には、途中出場が中心だったが、リーグ戦に17試合に出場して5得点を決めるなど、ビエルサ監督から「ジョーカー」としての信頼を獲得したのだ。これはエンケティアにとってトップチームでは、初めてとなる定期的な出場機会になった。そのため年齢が若いストライカーにとって、この状況は決してネガティブではなかった。
しかしアーセナルはこの状況を良く受け取っていなかったようだ。ローンに出た約4カ月間でスタメン出場は2試合と少なく、経験を積む場としての適性に疑問に感じていた。結果、アーセナルは判断を下した。1月の移籍市場が始まるとすぐにアーセナルはローン移籍の打ち切りを発表したのだ。
この突然の発表に「重要な戦力を選手本人の意思とは関係なく引き抜かれた」とビエルサ監督は当然ご立腹に。しかし結果的には、このアーセナルの強引な判断がエンケティアにとっては大きな前進を生み出した。
アーセナルの新監督ミケル・アルテタの下で、さらなる飛躍を見せたからだ。
飛躍の環境は整った
アルテタはエンケティアを高く評価した。特に「彼は練習のプレーも素晴らしい。いつでも得点する準備ができているんだ」「サイドにいると思っていたのに、クロスがボックス内に入ると、気づけばエンケティアがゴール前にいるんだ。だからゴールができるんだね」など、得点感覚を賞賛するコメントを複数残している。何度も言及したくなるほどの才能がローンバックしてきた若者にはあったのだ。
だからこそアレクサンドル・ラカゼットやピエール=エメリク・オーバメヤンなど、トップレベルのストライカーが他にいるにもかかわらず、若者にトップチームでの出場機会を与えたのだ。
するとエンケティアも期待に応える。1月に行われたFAカップ4回戦ボーンマス戦ではスタメンに抜擢されると、サカのクロスに合わせてチームの2点目をゲット。5回戦のポーツマス戦でもスタメン出場してゴールを記録した。気づけばアカデミー出身のストライカーは、2月中旬以降はスタメンとしてリーグ戦に出場して活躍するようになったのだ。
こうしてトップチームで定位置を確保したエンケティアは、アルテタに対して感謝の気持ちで一杯のようだ。
「アルテタは素晴らしい人だ。真面目に練習していれば年齢に関係なくチャンスをくれるんだ。若手選手にとっては信頼を感じられる環境は重要だ。だから毎日頑張ることができるんだ」と『アーセナル公式』のインタビューで明かしている。
実際その練習での努力の結果なのか、得点感覚以外にも、エンケティアには武器が増えてきている印象だ。上背はないものの、地上戦では縦パスを引き出してパスワークの起点となりつつ、スピードを生かした裏へのランニングで、チームにスピード感ももたらす。足元の技術も非常に高く、そのプレースタイルや風貌はどこかレジェンドのティエリ・アンリを彷彿させる。
もちろん現代のストライカーらしく、守備意識も非常に高く、アルテタも「プレスを怠らない姿勢も素晴らしい」をポジティブなコメントを残している。
なによりエンケティアは謙虚である。米メディア『ジ・アスレティック』によると、周囲の知人が全員認めるほど、慎ましやかな性格であるという。
もちろん今のエンケティアの立ち位置は絶対的なものではない。エンケティア自身も「健全な競争がある」と明かしている。であればラカゼットが不調から脱すればまたエンケティアは途中出場が中心の時期も来るだろう。ただし才能があり、努力も怠らない選手が、良い監督の下でプレーしているのだから成長が止まるわけがない。
新生アーセナルと共に成長していくエンケティアの姿からは目離せない。
(文:プレミアパブ編集部)
【了】