開幕からフル稼働したイニエスタ
「日本に来てから新しいサッカー、新しいチーム、そして新しいチームメイトたちとの絡みのなかで、自分としても成長してきた実感がある。神戸におけるプロジェクトも勝つためのそれだと自分はとらえているし、アジアチャンピオンズリーグでの戦いを含めて、今シーズンは自分のベストのバージョンというものをお見せしたいし、日本みなさんにも自分のプレーを楽しんでほしい」
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下部組織で心技体を磨いたイニエスタが昇格するはるか前から強豪だったバルセロナで演じてきたチャレンジとは180度異なっている、と表現すればいいだろうか。タイトルどころかJ2降格も2度経験し、J1リーグ戦の最高位が7位だったヴィッセルの歴史を変える大仕事にモチベーションを高めていることが、イニエスタが発した「プロジェクト」という言葉に凝縮されている。
迎えた今シーズン。天皇杯覇者として臨んだ開幕前の風物詩、FUJI XEROX SUPER CUPでJ1王者マリノスをPK戦の末に撃破。幸先のいいタイトルを獲得したヴィッセルは、天皇杯優勝で出場権を得たAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグでも、ジョホール・ダルル・タクジム(マレーシア)、水原三星ブルーウィングス(韓国)に連勝する好スタートを切った。
モチベーションの高さとヴィッセルが遂げる進化への手応えが、相乗効果を脈打たせているからか。1-1のドロー発進となった横浜FCとの明治安田生命J1リーグ開幕戦までの16日間で、5月には36歳になるイニエスタは4試合すべてに先発。そのうち3試合でフル出場している。
途中交代したジョホール・ダルル・タクジム戦も、5-1と大量リードを奪っていた88分にお役御免でベンチへ下がったもの。4試合で3つのアシストを決め、水原三星戦の終了間際に古橋があげた劇的な決勝弾を含めて、2つのゴールの起点にもなっている。
コンディションはもっと上がる
「決定的な仕事をしているだけでなく、相手とも戦っている。コンディションがすごくいいと思いますけど、シーズンは始まったばかりなので、もっと上がっていくんじゃないかな、と」
ジョホール・ダルル・タクジム戦でハットトリックを達成したFW小川慶治朗は、すでに八面六臂の活躍ぶりを演じているイニエスタが、まだまだ100%ではないと明かしてくれた。そして、ACLの快勝発進をノエビアスタジアム神戸で見届けた三木谷オーナーは、上機嫌で最大級の賛辞を送っている。
「まあ、彼は魔術師なので」
拡大の一途をたどる新型コロナウイルスの影響を受ける形で、横浜FC戦を最後に、ACLを含めたすべての公式戦が延期されている。当初は18日からのリーグ戦再開が念頭に置かれていたが、9日になって来月3日からの再開を目指す方針に修正された。
一方でヴィッセルにおけるイニエスタの軌跡を振り返れば、2018年の夏に22日間で6試合に出場する過密日程を戦っている。来日初ゴールを決めた8月11日のジュビロ磐田戦を皮切りに、サンフレッチェ広島、湘南ベルマーレ、マリノスとリーグ戦ではすべて先発フル出場を果たした。
その間に行われた、盟友フェルナンド・トーレスが所属していたサガン鳥栖との天皇杯3回戦にも途中出場。そして、9月1日の北海道コンサドーレ札幌とのリーグ戦にも先発したイニエスタは、ハーフタイムになって「5分ともたないかもしれない」と当時の吉田孝行監督に右足の違和感を訴えた。
嫌な予感は55分に的中し、自らプレー続行不可能を訴えたイニエスタはベンチへと下がっている。来日直後で高揚していた2年前の夏と、上昇気流に乗るヴィッセルのなかで充実感を覚えている今シーズン。過密日程などどこ吹く風とばかりに先発出場を続ける状況が、実は酷似していた。
空席が目立つACLへ抱いた寂しさ
長期離脱にこそ至らなかったものの、2年前にはパンクしかけていることを考えれば――責任感が強いイニエスタにブレーキをかけ、元日から戦ってきた軌跡のなかに心身の疲労を取り除く小休止を与えてくれたと、今回の中断をポジティブにとらえることができるかもしれない。
不慮のアクシデントが起こらないかと思わず心配してしまうほど、フル稼働していたイニエスタはメディアの前ではなかなか明かさない本音に近い思いを、実は意外な選手に打ち明けていた。
「非常に少ないじゃないか、なぜなのかと言っていましたね」
イニエスタからおもむろに疑問をぶつけられたのは、先月26日に53歳になった現役最年長選手、横浜FCのFW三浦知良だった。ともに出席した件のJリーグキックオフカンファレンス。選手控え室で会話を弾ませたイニエスタは、平日夜の開催だったこともあり、ジョホール・ダルル・タクジム戦の観客がわずか7256人だったことに寂しさを募らせていたとカズが明かす。
「ヨーロッパのチャンピオンズリーグはグループリーグ初戦が非常に大事で、大勢のファンやサポーターが入るのに、ACLでも大事なはずのグループリーグ初戦に7000人ぐらいしか入らないのは、ちょっと寂しいとイニエスタは言っていました」
神戸へ来た「チョイスは間違っていなかった」
古巣バルセロナが挑んでいる今シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは、インテルに勝利した10月のグループリーグのホーム初戦には10万人近い大観衆が本拠地カンプ・ノウに集結している。サッカーを取り巻く文化の差を理解したうえで、それでもレベルが保たれ、しっかりと運営されているリーグであることを最大の条件に設定したなかで、イニエスタはヴィッセルを新天地に選んだ。
「チョイスは間違っていなかった、とも言っていましたね。日本は非常にいいレベルにある、と」
カズにこんな胸中を明かしたイニエスタは、もっと、もっと魅力的なサッカーを演じて、ACLでも数多くのファンやサポーターの足を、スタジアムへ運ばせてみせると誓いを新たにする。そのうえで愛してやまないサッカーを、出席したキックオフカンファレンスでこう位置づけている。
「自分の情熱であり、自分の人生そのものだと思っている」
全盛時をほうふつとさせるパフォーマンスを、次から次へと魅せてくれそうな今シーズン。昨年11月23日のセレッソ大阪戦を皮切りに、9戦連続不敗(8勝1分け)と好調をキープしているヴィッセルの中心でまばゆい輝きを放ちながら、イニエスタは戦いの日々が再開される瞬間を静かに待つ。
(取材・文:藤江直人)
【了】