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Jリーグ 5年前

ガンバ大阪・遠藤保仁が一番悔しかったのは…。「やめる気はない」40歳を進化させる原動力とは?【この男、Jリーグにあり/後編】

日本代表として最多の152試合出場という大記録を持つ遠藤保仁は、23日の横浜F・マリノス戦でJ1最多記録に並ぶ通算631試合出場を達成した。Jリーグと日本代表で輝かしいキャリアを持つ遠藤だが、ドイツワールドカップでフィールドプレーヤーとして唯一、出場機会がないという悔しい経験もしている。しかし、「2006年の夏が一番悔しかったのか」という問いに首を振った遠藤は、意外な大会の名前を挙げた。(取材・文:藤江直人)

シリーズ:この男、Jリーグにあり text by 藤江直人 photo by Getty Images

一番悔しかったのは…

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【写真:Getty Images】

(前編はこちら)

「あのときは現地まで行ったのに一緒に練習することもできなかったし、みんなが活躍して注目されていくのをスタンドで見るのも何となく嫌だった。一方でもっと勝ち上がってくれという気持ちもあったし、非常に難しい立場でしたね」

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「予備登録メンバー同士ならばまだ愚痴を言い合うこともできたんですけど、僕はバリバリの主力だったシュンと同部屋だったので、チームの雰囲気を乱すのはまずい、と思って。でも、若いときにああいう経験をしたからこそ、少しぐらいメンバーから外されても自分の力で取り戻す、と思えるようになりました」

 後に日本代表で黄金コンビを組むシュン、中村俊輔(横浜FC)の名前をおもむろにあげたのは、フィリップ・トルシエ監督のもとで臨んだ2000年のシドニー五輪。開幕するまでにけが人が出ない限りチャンスが訪れない予備登録メンバーとして、グループリーグを勝ち抜き、準々決勝でPK戦の末に米国代表に屈した軌跡を見届けた日々が、いまも遠藤を進化させる糧と化しているのだろう。

 王者マリノスを撃破した余韻が色濃く残る日産スタジアム内の取材エリアで、核心を突く質問も飛んでいる。楢崎さんの記録を抜き去った後は何歳までプレーして、記録をどのぐらい伸ばしたいのか。ひょうひょうとした口調ながらも、その実はキーワードが散りばめられていた。

「自分が自分に聞きたいぐらいなので。何試合までとかは決めていないですけど、やっぱり充実したサッカー人生を送りたいので、そのためには試合に出なきゃいけない。いい準備をしていかないと若い選手がどんどん出てくるので、彼らに負けないように粘り強くやってきたい」

「とにかく負けたくない」

 チャンスがある限りは、試合に出たい。20歳で臨んだシドニー五輪でも、1月に40歳になって臨んだ今シーズンでも、普段はオブラートに包まれてなかなか伝わってこない胸中に脈打つ負けず嫌いの魂は変わらない。原動力を問われると、想像通りの言葉が返ってきた。

「サッカーが好きという思いと、目の前に敵がいる限りは、その敵に負けたくない思い。それが大きいとは思いますし、もちろんチーム内でも試合に出るための競争もあるので、とにかく負けたくない、という気持ちは大きいとは思いますけどね」

 これも運命の悪戯と言うべきか。遠藤がデビューした22年前の横浜国際総合競技場で実は敵味方として対峙していた、シュンこと俊輔は同じ2月23日に横浜FCのトップ下と先発。敵地ノエビアスタジアム神戸のピッチで、ヴィッセル神戸との開幕戦に臨んでいた。

 41歳7カ月30日はJ1年長出場記録で歴代4位にランクされ、開幕戦に限れば同最年長となる。ピッチ外でも仲がいい盟友の活躍を伝え聞いた遠藤は「あまり意識はしていなかったんですけど」と断りを入れながらも、5月23日にホームのパナソニックスタジアム吹田で、7月5日には敵地のニッパツ三ツ沢球技場で顔を合わせる光景を思い描きながらちょっとだけ笑顔を浮かべた。

「経験豊富な選手がピッチに立って躍動する、あるいは活躍するといい刺激にはなりますね。元気でプレーしている姿を聞くと本当に嬉しく思うし、対戦したときには『負けたくない』と思うので」

「やめる気はまったくない」

 マリノス戦で計測された走行距離11.621kmは、23歳のMF井手口陽介、26歳のMF小野瀬康介に次ぐ3位だった。前半途中にはタッチライン際にいた宮本監督のもとへ駆け寄り、ピッチ上の総意としてシステムの変更を進言。自身がアンカーを務める形から井手口とのダブルボランチへと変えて、脅威になっていたマリノスのキーマン、マルコス・ジュニオールを封じる展開へともち込んだ。

「ヤット(遠藤保仁)がピッチにいることで、試合が落ち着くところがある。そうした役割を存分に発揮してくれたし、今日に関して言うと90分間フル出場はなかなか難しいかなと思っていたなかで、彼の経験をもってしっかりと、そして上手く試合を進めてくれたと思っています」

 現役時代は2005シーズンに勝ち取った、ガンバの悲願だったリーグ戦初優勝の瞬間をピッチ上で共有。日本代表として何度もともに戦った宮本監督の言葉を聞けば、昨年に公式戦通算1000試合出場を達成した直後に聞いた、遠藤の言葉がにわかに信憑性を帯びてくる。

「自分自身はいまのところ、やめる気はまったくないので」

 楢崎さんの記録に並んだ今シーズンの開幕戦ももちろん通過点。拡大の一途をたどる新型コロナウイルスの影響を受けて中断されたリーグ戦が再開されるときには、前方には誰もいなくなった荒野をまだまだ上手くなると信じながら、ひょうひょうと走り続ける鉄人の姿が再び見られるはずだ。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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