「準備は120%出せた」
開幕戦は特別に意識しないようにしていても、結果的に「特別」なものになりがちだ。ガンバ大阪は23日に行われた明治安田生命J1リーグの今季開幕戦で、昨季王者の横浜F・マリノスを「特別」な戦い方で見事に打ち破った。
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「準備は120%出せた。だからこそ勝ったと思います」
そう語るのは、ガンバのDFオ・ジェソクだ。宮本恒靖監督が1週間かけて仕込んだ変則システムを機能させるにあたって、右サイドバックと3バックの右ストッパーという2つのポジションをこなし、柔軟なポジショニングと的確な判断を駆使してディフェンスラインを支えた。
序盤から変わった戦い方をするように見えていた。システム変更のスイッチになったのは、右サイドに入った小野瀬康介の位置どりだった。序盤は小野瀬が最終ラインの右サイドバックに入る5-4-1でスタートするが、前線からプレスをかける際は彼が1列前に出ることで、オ・ジェソクが右サイドバックに変身する4-1-4-1になった。
中盤の並びも戦況に応じて変化させていった。最初に異変を感じたのは15分頃だったが、それが確信に変わったのは28分だったと記憶している。試合開始時は4-1-4-1のアンカーに遠藤保仁が立ち、井手口陽介と矢島慎也がインサイドハーフを務め、5-4-1になると矢島が右サイドに出て遠藤と井手口がダブルボランチになる形に見えていた。
しかし、試合の流れの中で徐々に矢島がトップ下のような役割を果たすようになり、遠藤の脇には常に井手口が立つようになっていった。このシステムと役割の変更を主導したのは遠藤だった。序盤からマリノスのトップ下で動き回るマルコス・ジュニオールの対応に苦慮し、サイドにまでカバーリングに走ることで中央に危険なスペースを空けてしまうことがあった。
それに対する解決策が4バック時のシステムを4-1-4-1から4-2-3-1に変えて、常に中央に誰かが残っている状態を作ることだった。マリノス戦で史上最多タイに並ぶJリーグ通算631試合出場を果たした40歳は、28分にプレーが止まった際に宮本監督のもとへ歩み寄って何かを確認すると、周りに指示を出して、その後から4バック時のシステムが4-2-3-1に固定された。押し込まれる時間も長くあり、ボールを触る機会は少なかったが百戦錬磨の背番号7は影響力絶大だった。
東口が狙い続けたマリノスの急所
「一応3バックで始まるんですけど、皆さんが見たようにサイドハーフ(小野瀬)がどこでプレッシャーをかけるかによって、システムが変わった。小野瀬選手がギアを上げていったら、自然に4バックになったり、ボールを持たれたときには5バックになったりとか、試合をやりながらシステム変更があったんですけど、全部練習の準備通りにできていて、相手は結構慌てた部分があったと思います。マリノスに勝ったのはもちろんチームとしてすごく大きいと思っています」
オ・ジェソクは徹底した準備の成果を誇る。「前から後ろまでやって」と指示されていたという小野瀬も指揮官の要求に完璧なプレーで応えた。
「5バックにならないように僕がプレッシャーをかけて、そのときにはジェソクに声をかけて、お互い喋りながらできていたので、(マークの)受け渡しもスムーズにできました。ジェソクがいることで、僕が前に、後ろを気にせずプレッシャーにいけて、うまくハメられたと思います」
絶妙な連係と豊富な運動量で変則的な戦術を支えた背番号8は、「特徴を出せるシーンは少なかったですけど、何よりチームが勝つことが第一優先だったので、それができてよかった」と勝利の喜びを口にした。ティーラトンと遠藤渓太の2人を相手にしながら複数の役割をこなし、改めて攻守にわたる能力の高さを示して見せた。
6分に倉田秋の先制点は、ゴールキックから短いパスをつなぐマリノスのディフェンスラインに猛プレッシャーをかけてGKパク・イルギュのミスを誘発した。試合を通して前線からプレスをかける際には、ボールホルダーの左右のパスコースになる選手にはぴったりマークがつき、正面のパスコースは受け手を背中でマークしながら消すという基本的な約束事もガンバの選手たちには徹底されていた。
井手口がかなり遠目からシュートを狙ってGKに厳しい対応を強いた33分の場面の直前、ボールを持ったパク・イルギュは視線の先に本来いるはずの選手がいない状況を目にし、持ち上がりながらパスをためらっていた。
その間に近寄ってきた味方は正しいポジショニングをとるには遅く、相手に寄せられながらボールを奪われてしまった。ガンバの積極果敢なプレッシングに晒され、マリノスの攻撃の組み立てで人とボールの動きにズレが生まれてきているのは明らかだった。
2点目もスカウティングで狙っていた通りの形で生まれた。ガンバがバックパスでGK東口順昭まで戻した瞬間、マリノスの選手たちはスプリントをかけて一気に最終ラインを上げる。そのタイミングが一瞬ずれることでギャップができ、2列目から飛び出してくる選手をオフサイドにかけられず、足が止まることをガンバ側は見抜いていた。
得意のロングフィードで追加点をもたらす起点となった東口は、「あれが一番、相手にとって嫌なところだったと思うし、あそこ(自分のところ)から(近くに)つなぐのはなかなか難しいので、だったらあそこ(相手最終ラインの裏)に落とすのが一番効果的やったかなと思います」と自身のプレーを振り返る。
変則システムが示したマリノス攻略法
倉田が飛び出したスペース、つまり「センターバックの脇はチームとしては狙っていました」ともガンバの守護神は語った。「強い選手にはあまり競り合いをしても難しい」と、度々自らのロングフィードでマリノスの泣きどころを狙う中で、J最強センターバックのチアゴ・マルチンスを避けるような選択をしていたことも明かした。
オ・ジェソクも自分たちの狙いがほぼ完璧にハマっていたことをつまびらかにしてくれた。
「(マリノスに)弱点は正直ないんです。みんな技術が高いし。でも後ろでボールを回すリスクを持っていて、畠中(槙之輔)が先発ではなかったから、(左サイドバックの)ティーラトンとセンターバック(伊藤槙人)との間のスペースに、(ディフェンスラインが)上がってくるタイミングを狙って逆に飛び出したり、そういう練習を色々準備していました」
「パスが来たときにどこを狙うのか、相手の弱点とか、(ディフェンスラインが)上がってくるタイミングに2列目からああやって飛び出して、相手のGKと1対1になるシーンを作ろうという指示があったので、練習通りそれをできた。詳しく準備したので、監督の準備通り、色々いいシーンが出てきていて、特に2点目とかはそうだったし、良かったと思います」
もし1トップの宇佐美貴史を起点にした前線からのプレスが剥がされたら、一旦自陣に引いて小野瀬-ジェソク-三浦弦太-キム・ヨングォン-藤春廣輝の5バックを形成して、ゴール前のスペースを徹底的に消す。藤春は常に対面の昨季J1得点王・仲川輝人を徹底マークし、自由を与えなかった。
5-4-1(選手たちの意識は3バック)、4-1-4-1、4-2-3-1など複数のシステムを状況に応じて使い分ける戦い方は、準備の煩雑さもあって、全てのチームが完璧に実行できるわけではない。やはりガンバの選手たちの能力の高さがあったからこそとも言えるだろう。しかし、彼らは王者マリノスに対する攻略法や、戦い方の参考になるものを数多く示したと言っていい。
王者に勝っても道半ば。今年のガンバは違う
攻守にアグレッシブな姿勢を貫き、前線からの積極的なプレッシングで相手の自由を奪い、ボールを握って近い距離でのパスワークを駆使しながら攻めるという今季のガンバのスタイルの一端も示した。対マリノス限定の戦い方でありながら、チームとしての上積みも兼ねていたのである。故に宇佐美には貴重な勝利にも満足はない。
「あのまま受け切って、守り切ってでもいいんですけど、それだとチームとしての伸びしろもないし、そういうサッカーは個人的にもチームとしてもやりたくはない。どちらかと言うと、相手が今日やっていたようなボールを保持して、いろいろなアイディアが出せて、ボールタッチ回数も全員がたくさん持ててというスタイルがやりたい。相手のホームという利点も相まって、そういうプレーをしてきたときに、どうやって(ボールを奪う)ゾーンを上げていくかというところは、やっぱり課題かなと思いますし、伸びしろかなと思います」
昨季はなかなか波に乗り切れないままだったガンバは7位まで巻き返したものの、失点の多さなど課題は多く残っていた。東口は「開始5分で今年のガンバは…というところを見せられたと思うし、それを結果として表すことができたのも良かった。すごく自信にはなると思います」と語る。
フランスから帰ってきた昌子源が復帰すれば、ディフェンスラインはさらに強固になっていくだろう。前線にも豊富なタレントが揃い、前線からアグレッシブに動いて主導権を握るサッカーが浸透しつつある。マリノスを打ち破った宮本ガンバは、攻撃の哲学を基盤にしながら対戦相手に応じて柔軟に立ち向かっていく方法論を身につけつつある。
(取材・文:舩木渉)
【了】