中継映像からも聞こえた猿真似の声
ピッチ上の選手たちは90分間を実際の時間以上に長く感じたはずだ。ポルトは現地16日、ポルトガルリーグ第21節でヴィトーリア・ギマランイスに2-1で勝利を収めた。これほどまでに苦しい展開を耐え抜いて掴み取った勝ち点3は、今後の戦いに向けて大きな意味を持つものになるだろう。
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ベンチスタートだった中島翔哉は、84分から途中出場。連戦による疲労でバテバテだったポルトの選手たちには前に出ていく力が残されておらず、中島にもこれといって見せ場はなかった。全体を通して押し込まれる時間が長く、とにかく全身全霊で守りきったと言うのがふさわしい勝利だった。
ポルトが首位のベンフィカに勝ち点1差まで迫ることができたという数字だけを見れば、ポジティブに振り返っていい。だが、今は率直に言って気分が悪い。この試合についてもっと語るとすれば、触れなければならない問題は他にある。スタジアムで巻き起こった明らかな人種差別についてだ。
問題のシーンは69分に起こり、映像にもはっきりと証拠が残されている。直前に勝ち越しゴールを挙げたポルトのFWムサ・マレガが突如激昂し、プレーを拒否してピッチから出ようとした。チームメイトたちや相手選手、セルジオ・コンセイソン監督らが駆け寄って必死になだめようとしたが、マレガの意志は固かった。
なぜ彼は激怒したのか。間違いなく、ギマランイスのスタジアムで人種差別的な声が巻き起こったからだ。日本の中継では「人種差別」ということ以外はっきりとは触れられなかったが、よく耳をすましていると、スタンドから「ウッ! ウッ!」と猿真似をしている声が聞こえた。
他にもマリ国籍のマレガに対し、肌が黒いことを侮辱するような言葉がそこかしこから飛んでいたに違いない。報道によれば「黒いの」「猿」「チンパンジー」といった単語が飛び交っていたとのこと。あれほど怒り狂い、感情をむき出しにしてスタンドに向けて中指を立て、プレーを拒否してそのままドレッシングルームに下がるほどのことだ。彼の心の痛みは想像するに余りある。同時にギマランイスに所属し、マレガと同じくマリ代表のDFファライェ・サコら他のアフリカ系の黒人選手たちを傷つけていることに理解は及ばなかったのかと悲しくなる。
試合後すぐ、ポルトファンの友人ルイに連絡をとった。現地観戦ではなくラジオで試合を聴いていただけでも、人種差別的な声は聞こえたと彼は言う。「最悪だ。マレガはギマランイスでもプレーしていたことがあるんだから…でも、あのスタジアムで人種差別的なことが起こるのは今回が初めてではない」とも証言する。
クラブが反差別を明確にした一方で…
ルイの言う通り、マレガは2016/17シーズンにポルトからの期限付き移籍で1年だけギマランイスに所属した経験があり、リーグ戦では25試合に出場して13得点を挙げる活躍を披露した。にも関わらず、ファンはゴールを挙げたかつてのエースに対してスタンドから外した座席や他にも様々なものを投げ込んだ。
勝ち越しゴールを奪ったマリ人ストライカーは喜びを爆発させ、ピッチに投げ込まれた座席を拾い上げて頭の上に乗せた。穿った見方をすれば、挑発行為と受け取られても仕方ないだろう。主審はイエローカードを提示したが、サポーターは怒りを爆発させた。
とはいえ人種差別は許されるべきではない。セルジオ・コンセイソン監督は試合後のフラッシュインタビューで「彼らはウォーミングアップからマレガのことを侮辱していた」と明かしている。
そして「我々は心の底から怒っている。ほとんどのファンはスタンドに立っている一部の(人種差別行為に及んだ)ファンの態度を自分自身に投影することはないだろう。(中略)我々は人間で、国籍や肌の色、髪の色に関係なく人間なんだ。誰もが尊敬に値する。ここで怒ったことは残念だ」とギマランイスファンによる人種差別を厳しく非難した。
ポルトガルの複数のメディアによれば、ポルトの選手たちは全員で試合後のテレビ局によるフラッシュインタビューを拒否したという。その後、多くのチームメイトたちがSNSにマレガに連帯を示すメッセージを載せた。リーグ内の他クラブもSNS上で人種差別を非難するメッセージを続々と投稿している。
一方で、最悪だったのはギマランイスのトップが見せた態度だ。ポルトガル紙『オ・ジョーゴ』によれば、同クラブのミゲル・ピント・リスボア会長は「我々は性別や人種の平等を促進する」と述べつつ、自らがスタンドにいながら「人種差別的な侮辱には気づかなかった。スタンドから選手への挑発的な態度には気づいた。もし(人種差別が)あれば、我々は行動を起こすだろう」と平気で見て見ぬふりをしようとしたのである。
その後、ギマランイスはクラブ公式サイト上で声明を発表し「ヴィトーリアSCはスポーツに関する暴力や不寛容を、戦いとはみなさない。クラブの歴史、現在、シンボルは包括的で統合されたアイデンティティの支流であり、平等と普遍性の価値に基づいている。これが我々にとってスポーツと社会の差別を根絶できる唯一のアプローチだ」とファンによる人種差別を受け入れない姿勢を明確にした。また、会長による不適切な発言がクラブの総意ではないことと然るべき機関による調査などに協力していくことも言明している。
世界中で大きく報じられ、クラブも動く
ポルトもクラブ公式サイト上に声明を掲載し、3つのトピックで厳しく人種差別を糾弾し、マレガへの連帯を示した。
1. ポルトとサポーター全員が、繰り返し人種差別的侮辱を受けて断固たる態度を取るよう導かれたマレガに連帯している
2. ポルトは今日の午後の人種差別主義者たちの行動を強く非難する。これはポルトガルサッカーの最近の歴史における最低な瞬間の1つであり、適切に罰せられる必要がある
3. ポルトは人種差別やヘイトクライムとの最前線にとどまり、チームはピッチ上で彼ら(差別主義者たち)と戦い続ける意志がある
ポルトガルリーグ連盟のペドロ・プロエンサ会長も「サッカーの価値は、今夜ギマランイスのスタジアムでで起こったことと両立しないという明確な考えを持っている。(中略)この大規模なクラブを代表しない少数派の態度や行為によって、サッカーと人間の尊厳を辱めている」と人種差別に及んだ者たちを強く非難した。
各国メディアもこぞってマレガへの人種差別を報じているが、決してポルトガルは人種差別主義者たちばかりの国ではない。むしろそれらはごく一部で、実際に在住期間中にアジア人の自分に対する人種差別を感じたことはなかった。試合後に連絡を取ったポルトガル大手紙『ア・ボラ』紙のポルト番、アントニオ・カサノバ記者も今回の事件に驚きを隠せない様子で次のように語ってくれた。
「今回のような人種差別は普通ではないし、受け入れることはできない。ポルトガルサッカー界全体がマレガへの連帯を示している。差別によって選手がピッチを去る決断を下さなければならない、今回のマレガのような例を見るのは私も初めてだ。ギマランイスはファンの行動によって何らかの処分を受ける事になるだろう。これほどまでのことは初めてなので、どんなものになるかはわからないが。
多くの国際報道機関がこの件について報じ、ギマランイスのファンによる人種差別的な行動を非難している。だが、我々のほとんどは人種差別主義者ではないし、ポルトガルやポルトガル人もそうではないことは信じてほしい」
我々は差別とどう向き合うべきか
ポルトはクラブを挙げて「MANY FACES」という反差別キャンペーンを展開している。マレガのようなアフリカ系の黒人のみならず、ラテン系の白人や、中島のようなアジア人など多様なバックグラウンドを持つ選手が在籍し、応援する側も多様性に富んでいること、そして差別を受け入れない姿勢は明確にしてきた。サッカー界全体を見ても同様に差別根絶を掲げて様々な活動を展開している。世界中で親しまれているサッカーは、人種や信仰などの壁を超えて差別に対抗できる最良のツールかもしれない。
無意識的な差別であっても、それは日常生活のどこかと必ず結びついている。今回の一件でも、怒りに任せて吐いた言葉とはいえ、一部のサポーターの意識の底には黒人に対する差別意識があったことは間違いない。「知らなかった」では済まされないことだ。
差別をした側は重大さを感じることはないかもしれないが、差別を受けた側はそれによる痛みを抱えたまま生きていかなければならない。それは時間とともに消える痛みかもしれないが、一生消えない痛みの可能性もある。意図的であろうとなかろうと、誰かの尊厳を攻撃して奪うような行為は許されてはならない。
マレガは自身のインスタグラムでスタンドに中指を立てる写真とともに「スタジアムに来て人種差別的な叫び声をあげる奴にバカ野郎と言いたい。消え失せろ! そして僕を守ってくれず、僕が肌の色に関して自衛したことでイエローカードまでくれた主審には感謝したい。フットボールのピッチで今後一切こういうことに遭わないよう願うよ。恥さらしめ!」と強烈なメッセージを掲載した。だが、世の中は彼のようにはっきりと反論できる人間ばかりではない。被差別の痛みを抱えたまま生活せざるをえない人間の苦しみを想像できるだろうか。
差別は誰にでも降りかかってくる恐れがある。無知によるものか、意図的なものかに限らず、どんなタイミングで襲ってくるかもわからない。だからこそ差別に対して無知ではいけないし、無関心であってはならないとも思う。そして今回のマレガに対する人種差別は、もちろん看過できるものではない。
この一件を対岸の火事として眺めるだけでなく、ぜひ当事者意識を持って差別について考えるきっかけにしてほしい。日本だから差別とは無関係なんてことはなく、身近なところにも差別は存在する。無知であることが免罪符にはならず、傷ついた側にとっては無意識的な行為だろうが関係ない。肌の色や国籍、人種、性別、信仰などに違いがあったとしても、誰もが平等に1人の人間であり、どんな時も互いを尊重し合わなければならないことを忘れてはならない。
Somos uma família em todo o mundo. Estamos sempre juntos com Marega.
(文:舩木渉)
【了】