ぐうの音も出ない失点の減少
プレミアリーグのリバプールで我が世の春を謳歌するユルゲン・クロップの戦術を四の五の言う前に、まずはあるデータを頭にインプットしておかなければ進む話も進んでいかない。
クロップ就任1年目の2015/16シーズンから就任4年目の18/19シーズンにリバプールが喫した失点数の推移を以下に記す。
15/16が失点50、16/17が同42、17/18が同38、18/19が同22……。
もはやぐうの音も出まい。クロップがリバプールに落とし込んだコンセプトが失点の減少にあることは、年を追うごとに明らかに減っている数字を見れば、もはや自明の理であろう。
ボルシア・ドルトムント時代を振り返っても、ブンデスリーガを連覇した10/11シーズンが失点22、11/12が同25といずれも20点台だった。おぼろげながらもクロップが目指すフットボールの輪郭が見えてくる。
マネ、サラー、フィルミーノの“MSF”と称される3トップの破壊力だけに目を奪われているようでは、クロップがリバプールで志向するコンセプトの本質には到底辿り着けない。
「戦術、戦術」と騒ぎ立てる前に我々がすべきことは、彼がリバプールに落とし込んだコンセプトを理解することではないか。土台を考察する前に片仮名の戦術用語(?)を氾濫させてしまう時代だからこそ、これは極めて重要な作業といっていい。フットボールはエンターテインメントとは理解しながら、これだけは言っておかなければなるまい。本質に辿り着くことなく戦術を語ることほど危うい行為はない、と。
どこから見ても4-3-2-1!? 驚異のクロップ魔法陣
まずクロップがリバプールの監督に就任した2015年10月8日にタイムスリップしよう。クロップのコンセプトは無駄な部分を削ぎ落とした、いたってシンプルなものであることがわかる。
就任直後はちょうど国際Aマッチウイークとあって、初めてのトレーニングには実はMFコウチーニョなど数人の選手しか参加できていない。本来であればコンセプトを落とし込めるシチュエーションですらなかった。
とはいえ、プレミアリーグ、特にリバプールクラスのメガクラブで“四カ年計画”の猶予など、クロップであったとしても許されるはずはない。そんな“監督殺し”ともいえる最悪の状況下で、8試合を消化して3勝3分2敗と低迷していたリバプールにクロップが短期間で落とし込んだのは、誰が見てもひと目でわかる簡易的な守備のコンセプトにほかならない。
いきなり短刀を首元に突き付けられた状況で、いの一番にクロップが取った行動を推察してみたい。筆者には一枚の絵(図1)を選手に差し出すシーンがハッキリと目に浮かんでいる。まず、この魔法陣のような絵を縦方向に見た場合、大抵の人には4-3-2-1の陣形にしか映らないだろう。ここで想像力を働かせてみよう。
例えば相手が左サイドでボールを保持しているとする。ボールホルダーに対する同陣形の右サイドの面を斜め方向に見ていただきたい。するとどうだろう、ボールホルダーの手前から4-3-2-1の陣形が見事なまでに整っているではないか。
もちろん、このメカニズムは相手が右サイドでボールを保持していたとしても、4-3-2-1の「4」がボールホルダーを最前線で見る形は何ら変わることがない。相手のボールホルダーのエリアがミドルサード、アタッキングサードに移ったとしても、常に「4」のスロープ(斜面)に睨まれる状況になることになる。
これこそ、クロップがリバプールに植え付けた実に分かりやすく、なおかつどのようなシチュエーションでも4-3-2-1になる守備のコンセプトなのである。
(文:庄司悟)
【了】