10年ぶりの新記録を樹立
17歳の怪物が、また新たな歴史を作った。
現地2日に行われたラ・リーガ第22節で、バルセロナのFWアンス・ファティがレバンテから2ゴールを奪った。17歳94日で自身初の「1試合2得点」は、同リーグの新たな最年少記録だ。かつてマラガでファンミ(現ベティス)が打ち立てた17歳115日という記録を、約10年ぶりに更新した。
今季、バルサのカンテラ(下部組織)から彗星の如く現れたアンス・ファティは序盤戦のアイコンの1人となった。Bチームを経ず、フベニールA(U-19)から飛び級で引き上げられた当時16歳の少年は、デビュー2戦目となったラ・リーガ第3節のオサスナ戦で初ゴールを挙げた。
その後もエルネスト・バルベルデ前監督の抜てきに答えたアンスは、続く第4節のバレンシア戦で1ゴール1アシストと爆発して脚光を浴びる。チャンピオンズリーグでもピッチに立ったバルサの新たなスターは、その名を世界に轟かせた。
ところが、勢いは長く続かなかった。リーグ戦では途中出場をメインに出場を重ねていたものの、ゴール数は伸びず。リーグ戦でゴールネットを揺らしたのは、バレンシア戦以来18試合ぶりだった。
先月中旬にバルサへやってきたキケ・セティエン新監督は、負傷者が多いチーム状況もあってか、Bチームから若手を積極的に引き上げて公式戦に起用している。アンスもそのうちの1人で、レバンテ戦まで3試合連続で先発メンバーに名を連ねていた。
だが、攻守で3バックと4バックが変化する独特なシステムの右サイドという難しいポジションで起用されるなど、アンスが本来持つポテンシャルを発揮しづらい状況だった。同時にしばらくゴールから遠ざかる17歳は、どこか自信を失っているようにも見えた。
「この瞬間をずっと夢見てきてきた」
迎えたレバンテ戦は、トップチーム登録の選手を14人しか起用できない中で、GKイニャキ・ペーニャ、MFリキ・プッチ、FWアレックス・コリャードがベンチ入りを果たす。そしてアンスはスタメンで左ウィングを任された。
この起用により、彼は躍動感を取り戻す。30分、レバンテのカウンターを自陣で封じ込めたバルセロナは反撃に転じ、センターサークル内のFWリオネル・メッシまでテンポよくパスをつなぐ。そして右回りに反転したメッシは、左サイドで動き出すアンスの姿を見逃さなかった。
メッシがボールを持った瞬間に、アンスは左サイドで相手右サイドバックのDFホルヘ・ミラモンより外側に立っていた。そこから一気にスピードを上げてゴール方向へと走り出す。メッシが左足で放ったパスは、レバンテの右センターバックと右センターバックの間をすり抜け、トップスピードのアンスの足元にピタリと合った。
そして、ミラモンを振り切ったギニアビサウ出身の17歳は、GKアイトール・フェルナンデスの股を抜く冷静なフィニッシュでゴールネットを揺らす。カンプ・ノウが沸き、アンスは真っ先にお膳立てしてくれたメッシのもとへ駆け寄って熱い抱擁を交わした。
レバンテのボールで試合が再開した直後、アンスはもう一度メッシに感謝することになる。センターサークル内でDFジェラール・ピケが相手のパスをカットすると、ワンタッチで素早く前線のメッシへ縦パスをつける。神のごとき背番号10は、そのまま前方のスペースへめがけてドリブルで突進し、FWアントワーヌ・グリーズマンの囮となる動きも利用してペナルティエリア内へ。
そこで相手ディフェンスも追いつき、なんとかゴールへの突破は止めたが、すでにメッシは別の方向を見ていた。ゴール正面で相手をブロックしながらタメを作り、左にポジションを取っていたアンスへ優しいパスを渡す。
左足でそのパスをコントロールし、右足で軽く持ち出して、左足でシュート。ややコースは甘かったものの、自信を持って思い切り振り抜いたからこそ、シュートはGKアイトール・フェルナンデスの股を抜いてゴールネットに吸い込まれていった。アンスは自身初の1試合2得点で、メッシに再び抱擁で迎えられた。
「これは夢だ。僕はこの瞬間をずっと夢見てきて、今日叶った。僕にもう一度チャンスをくれたチームメイトや監督、全員に感謝したい」
試合後、アンスは1試合2得点でチームを勝利に導き、メッシのアシストによってゴールを決める「夢」が叶った喜びを語った。それでも「改善し続け、あらゆるチャンスを生かし続けなければいけない」と浮かれる様子はない。
メッシによる無言の“レッスン”
最も得意とするであろう左ウィングで起用されたレバンテ戦は、メッシからアンスへの“レッスン”のようだった。特に前半、メッシは積極的にアンスを狙ってパスを出した。時には厳しめのものもあったが、「これに反応して決めてみろよ」と、どこか17歳の才能を試しているかのようだった。
一方、後半になるとメッシは自ら貪欲にゴールを狙った。結果的に追加点を奪うことはできなかったが、90分間でシュート10本、チャンスにつながるキーパス7本をメッシ1人で記録している。これだけの数の決定機を1人で演出できる選手は、世界中を見渡してもメッシしかいないだろう。
だが、メッシは多少強引にでもあえて独力でゴールをこじ開けようとすることで、アンスに「未来のお前はこうしてチームを引っ張るんだ」というメッセージを伝えようとしているようにも見えた。仲間を信頼しつつ、組織で崩せないのなら個人で局面を変える。そういう存在になれるポテンシャルを、17歳のアンスに見ているのかもしれない。
事実、メッシが17歳でバルサのトップチームデビューを果たした頃、エースにはロナウジーニョが君臨していた。サッカー王国ブラジルが生んだ不世出のテクニシャンは、いかにしてチームを勝たせるか身を以て若きメッシに示した。
あれから約15年が経過した今、エースとなったメッシは次世代を担うアンスに対して、自らがかつてロナウジーニョに徹底して叩き込まれたようにピッチ上で“レッスン”を施しているのかもしれない。バルサの次のエースにふさわしいのか見極めながら、目の前で次々に試練を与えていく。預言者メッシと弟子のアンスによるボールを通したコミュニケーションは、これからもどんどんレベルが上がっていくだろう。
スアレスの代役として重圧をかければ…
とはいえ、17歳の選手にバルサの全てをいきなり背負わせてはならない。特に最近はFWルイス・スアレスの長期離脱によって得点源の不足を嘆く声は大きくなっているが、今のアンスに百戦錬磨のウルグアイ代表FWと同じ活躍を求めるのは難しい。
1試合2得点を達成したからといって、すぐに毎試合のようにゴールを決められるようになるわけではないし、アンスの本質はストライカーではない。期待が大きくなっていくのは間違いないが、17歳の少年であることを前提に成長を長い目で見守っていく必要があるだろう。
勢いに乗っている時はいいが、結果に対する重圧がどんどんと大きくなり、それに押しつぶされて精神的なバランスを崩したまま消えていった才能たちは数多くいる。メッシはあえて多くを語らないことにより、そういった不必要なプレッシャーを与えないようボールを通して教えを説いているようにも感じる。
「僕はメッシのプレーを何年も見てきて、隣でプレーすることは完璧な夢だった。これからも戦い続けなければならない」
「チームメイトたちは僕がロッカールームにやってきた時から、あらゆる面でやりやすくしてくれた。本当に感謝している。子どもが入っていくのは簡単ではないけど、みんな本当にいい人たちだった」
アンスは自らのことをまだ「子ども」と認識している。メッシと一緒にプレーするのは夢のようで、周りのチームメイトや監督らに助けられて今の活躍があることも承知の上だ。世界トップクラスの先輩たちから、バルサを引っ張っていくための心得を学び、地に足をつけてまっすぐに成長していけば未来は明るい。
鮮烈なパフォーマンスで歴史を塗り替えたレバンテ戦は、17歳の少年がのちにキャリアを振り返った時に「大きな転機だった」と言える試合になったかもしれない。
(文:舩木渉)
【了】