前半戦は全く存在感なく、チームも大不振
柴崎岳にとって2019/20シーズン前半戦は悪魔のような半年間だったに違いない。昨季1部で躍進したヘタフェで失った時間を取り戻すため、2部のデポルティボ・ラ・コルーニャへと新天地を求めた。が、そこで待っていたのは連敗に次ぐ連敗だった。
今季から就任したファン・アントニオ・アンケラ監督は、柴崎を開幕戦から先発起用していたが、チームやリーグのスタイルに適応しきれていないのは明らかだった。1部に比べて技術レベルが落ち、どうしても効率的に勝利を目指すうえでスピードが上がり肉弾戦が多くなる展開で、持ち味を発揮しきれなかったのである。
チームの結果もついて来ず、一戦必勝でなんとか復調のきっかけを掴もうという流れの中で、柴崎を戦術的に活用するための方策を練り上げる時間はなかった。結局、アンケラ監督は昨年10月7日に解任されることになる。そこまでのリーグ戦10試合で、デポルティボは1勝5分4敗。22チーム中20位で降格圏に沈んでいた。唯一の勝利を挙げたのは開幕戦で、それ以降1つの勝ちも収められずにいた。
アンケラ解任の後、新たに就任したルイス・セサル監督はもっとひどかった。日本代表での活動を終えて帰ってきた柴崎はほとんど出番を与えられず、チームはとにかく勝てない。そして昨年末の12月27日に、あえなく解任となった。
ルイス・セサル監督が指揮したリーグ戦11試合の成績は、1勝4分6敗。勝利したのは最後の試合となった第21節のテネリフェ戦のみで、デポルティボは2019年をぶっちぎりの最下位で終えることとなった。
柴崎にとって難しかったのは、戦術にフィットするだけでなく勝利に貢献する余地がなかったことだ。特に2部リーグは国際Aマッチウィーク中も試合が続くため、日本代表では主力としてプレーする柴崎は10月と11月に2度チームを離脱しなければならなかった。
また、12月には練習中に左足を痛めてしまい年明けまで負傷欠場を強いられた。11月から12月にかけての2ヶ月間、デポルティボの一員として公式戦のピッチに立ったのはわずかに20分間のみで、チームが最下位に沈む大不振の中でほとんど戦力になれていなかったのである。
2人の監督から信頼されなかった理由
今季のデポルティボはとにかく失点が多く、アンケラ監督もルイス・セサル監督も守備の脆さを改善できなかった。敗戦した10試合のうち9試合で複数失点しており、一度崩れると悪い流れが止まらなくなってしまう傾向があった。そうして負けや引き分けが続き、どんどん悪循環にはまっていってしまった。
柴崎のクオリティに疑いはない。テクニックもプレービジョンもスペイン1部で十分に通用するものを備えているし、リーダーシップもある。やはり前半戦でネックになったのは、2部で戦うにあたってのフィジカル面の頼りなさ、それにともなって守備面での物足りなさが起用法に影響した可能性が考えられる。
ヘタフェで出場機会に恵まれなかった理由も、攻守におけるプレー強度の不足と考えられていた。ホセ・ボルダラス監督は前線からのプレッシングとブロックを敷いての守備を使い分けてはいたが、基本的には堅守速攻でいかに効率よくゴールを奪うかが重視された戦術だった。
ピッチに立つ11人がハードワークでき、時には両サイドMFにサイドバックを本職とする選手を配置するほど。前線の2トップは高さやスピードなどフィジカル能力に長けたタイプを重用し、洗練された4-4-2システムでヘタフェはヨーロッパリーグ出場権を獲得するまで躍進を遂げた。
その中で、柴崎が本職とするセントラルMFでは守備面に特長を持つ選手がボルダラス監督の信頼を勝ち取っていた。強く激しい当たりが持ち味のウルグアイ人MFマウロ・アランバリや、フィジカルが強く長身で攻守のバランス感覚に長けるセルビア代表MFネマニャ・マクシモビッチの牙城を、柴崎は崩せないままヘタフェを退団することになった。
スペイン2部は上位から下位まで実力が拮抗しており、少しの連勝や連敗で大きく順位が入れ替わる。そのため各クラブは、より現実的なスタイルで効率よく勝ち点3をもぎ取るためのサッカーを展開する。1部に比べて技術面で劣ることもあり、しっかり守って、手数をかけずに攻めるといった戦い方が主流だ。
後半戦は巻き返しの中心に
今季のデポルティボも例に漏れず、アンケラ監督やルイス・セサル監督は2部らしいチームを作ろうとした。ヌマンシアやレアル・オビエド、ウエスカ、アルコルコンといったクラブを指揮してきた前者も、テネリフェやバジャドリー、ルーゴなどの監督を歴任した後者も、2部以下のリーグで実績を積み重ねてきた指導者なので、そこでの戦い方に長けるのは自然なことだ。
だが、年が明けて柴崎を取り巻く状況は大きく変わった。昨年12月30日に就任したフェルナンド・バスケス監督は、年明けから勝利を重ねて現在リーグ戦5連勝中。前半戦の惨状を考えれば、考えられないほどのV字回復だ。
今、その巻き返しの中心に柴崎が躍り出た。かつてデポルティボを1部昇格に導いたフェルナンド・バスケス監督は、ベンチで腐りかけていた日本人司令塔を3-4-3で構成されるイレブンの中央、セントラルMFの一角で起用して攻撃のタクトを握らせた。
躍動感を取り戻した柴崎のチーム内での立ち位置は180度変わった。指揮官は「テネリフェやヘタフェや日本代表で見てきたガクのイメージを持っていた。才能は失われるものではなく隠れているだけだ」と述べ、「彼のクオリティに疑いの余地はない」「私はガクを信じている」と絶大な信頼を寄せている。
フェルナンド・バスケス監督の改革において、最も重要だったのはシステム変更だ。これまでの4-2-3-1や4-3-3から3-4-3にシフトしたことで、それぞれの選手の攻守における役割が明確になった。守備時は5バックになって構えることで中盤の選手の守備負担を軽減し、攻撃時はウィングバックに高い位置を取らせて後方から慌てることなく組み立てていく。
その際、3バックと相方のMFペル・ノラスコアイン(あるいはMFウチェ・アグボ)がビルドアップを担うことで、柴崎は“ピボーテ・セグンド”として、守備に奔走するのではなくゴールに近い位置まで上がって崩しの局面に関われるシーンが増えた。
監督交代によるブーストと直後の息切れというのはよくある話だが、新体制になって年明けから4連勝となれば、もはや偶然とは言えないだろう。現地26日のアルバセテ戦に勝利したことで順位も一気に17位へと上がり、3部への降格圏から抜け出した。
実力拮抗のリーグのため、後半戦に巻き返せばデポルティボが十分に2部残留を果たせる可能性は残っている。前半戦の悪夢を払拭し自信を取り戻した柴崎は、残留へのキーマンとしてフェルナンド・バスケス監督の信頼を勝ち取り、再び前に進み始めた。
(文:編集部)
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