チームに共有されていた敢闘精神
久保建英がピッチへ送り出されるまでに、勝敗は決していた。大雨降りしきるソン・モイシュに集まった9856人が目撃したのは、マジョルカが強豪バレンシアから4ゴールを奪って会心の勝利を収めた今季ベストゲームだった。
現地19日に行われたラ・リーガ第20節で、マジョルカはバレンシアに4-1の快勝を収めて降格圏から抜け出した。リーグ戦5勝目は今季2番目に少ない観客の前で。前回勝利した7節前のビジャレアル戦は、今季最少の観客動員だった。
試合前の驚きは昨年11月からずっとスタメンに名を連ねていた久保がリーグ戦では9試合ぶりのベンチスタートになったこと。最近は守備に軸足を置いた5バック気味の布陣を採用していたマジョルカは、これまで攻撃の軸だった18歳を外し、4バックに戻してバレンシアを迎え撃った。そして試合中の驚きは、序盤からマジョルカが主導権を握って相手を圧倒していったことだ。
これまで攻撃における崩しは久保に任せっきりだったマジョルカは、最終的に組織としての機能性でバレンシアを上回って勝利を収めた。特に受け身になるのではなく、能動的にアクションを起こして相手のゴールに向かっていくこと。これがマジョルカの選手たちの頭に共有されていたように感じる。
7分にDFアントニオ・ライージョが頭で叩き込んだ先制点は、今季初めてPK以外のセットプレーから奪ったゴールだった。そして22分には久保に代わって右サイドを任されたMFダニ・ロドリゲスのクロスに、FWアンテ・ブディミルが膝で合わせて2点目。41分にも絶妙な連係で左サイドを崩したマジョルカが、MFサルバ・セビージャのスルーパスにブディミルが抜け出す形でリードを3点に広げた。
これら3つのゴールに共通していたのは、明確に狙いを持った積極的な守備から始まっているということだった。1点目はフリーキックからだったが、相手のビルドアップに対して前線から激しくプレッシャーくぉかけてボールを奪っていたからこそファウルが生まれてチャンスになった。
2点目の場面も、攻守が何度も切り替わる展開から生まれた。一度ビルドアップの局面で相手の守備網にかかったが、すぐに切り替えてピッチ中央で奪い返し、右サイドに流れたブディミルに預ける。長身のクロアチア人FWはドリブルでペナルティエリア内に侵入し、またもボールを失うが、周りの選手が即座に奪い返してダニ・ロドリゲスがラストパスを供給した。
全てが裏目に出たバレンシア
41分の3点目につながったのは、一度ブロックを作って構えたところから、相手の動きに狙いを定めてのボール奪取だった。バレンシアはビルドアップで選手同士の距離感が悪く、マジョルカからすれば縦パスに狙いをつけるのは容易だったはずだ。
比較的低い位置でのボール奪取にはなったが、MFイドリス・ババが粘り、MFラゴ・ジュニオールやサルバ・セビージャが絡んで一気にゴール前まで運ぶことができた。そして最後はサルバ・セビージャの縦パスをラゴ・ジュニオールがワンタッチで落とし、その間に動き出したブディミルが銀髪の職人からのスルーパスを受けて得意の左足を振り抜いた。ラ・リーガ第16節のバルセロナ戦で決めたゴールと似たような形だった。
一方、バレンシアにとっては全てが裏目に出てしまった試合になった。直近のスーペル・コパ・デ・エスパーニャ準決勝のレアル・マドリー戦は4-3-3で臨んだものの、中途半端さは否めずに敗戦。その教訓もあってか4-4-2に戻してマジョルカに挑んだが、この試合では攻守の切り替えに大きな問題を抱えていた。
特に左サイドで約2ヶ月半ぶりに先発起用されたMFデニス・チェリシェフが散々な出来で全く試合には入れず、前半終了を待たずにMFフェラン・トーレスと交代させられる羽目に。今季2度目の前半途中での交代になった。
そして3点のリードを許して迎えた後半、システムを4-3-3に変更して仕切り直そうとした矢先、51分にMFダニ・パレホが2枚目のイエローカードを受けて退場に。中盤の絶対的な柱を約40分間欠いて戦うことになり、全てのプランが水泡に帰した。
3点ビハインドかつ数的不利という状況で、バレンシアにほぼ勝ち目はなくなってしまった。79分にはゆったりとした流れから完璧に崩され、ダニ・ロドリゲスに強烈なミドルシュートを食らって4失点目。流れに翻弄され続けて万事休す。その後もフェラン・トーレスが1点を返すにとどまった。
久保は4点リードとなった直後の80分に、ラゴ・ジュニオールとの交代で左サイドに入った。最初のプレーで相手選手の足首を踏んでしまいイエローカードをもらってしまったが、チャンスメイクで存在感を発揮している。
後半アディショナルタイムの91分、ペナルティエリア手前でパスを受けた久保は切り返しで1人かわして右足を振り抜く。このシュートは惜しくもGKハウメ・ドメネクにセーブされてしまったが、5点目の可能性を感じさせるプレーだった。
さらに久保は94分、左サイドから低く鋭いクロスをGKとディフェンスの間に入れる。これはブディミルが押し込み切れならなかったが、ゴールになっていてもおかしくない場面だった。
久保、そしてマジョルカのこれから
試合後、マジョルカを率いるビセンテ・モレノ監督は「今日は全てがうまくいった」と4点を奪っての快勝を喜んだ。しかし、「これまでの試合よりも多くの成功があったが、我々はラストパスをより改善していかなければならない」と満足はしていない。
久保にとっても全てが喜ばしい勝利ではないかもしれない。多くの選手が会心のパフォーマンスを発揮して勝利を掴み取ったことにより、ポジション争いは再び激しくなっていくことが予想される。
ビセンテ・モレノ監督は「ブディミルに何も言うことはない。彼は1トップでも2トップでも関係なくプレーしてくれる」と2得点1アシストのクロアチア人ストライカーを絶賛した。プレーに波はあるものの、今季のリーグ戦で8得点2アシストのブディミルは今後も前線の軸になっていくはずだ。
前線には他にも多くの実力者がひしめく。先月負傷から復帰したコロンビア代表FWクチョ・エルナンデスはバレンシア戦でも好プレーを連発し、ブディミルの相方筆頭へ駆け上がろうとしている。ビセンテ・モレノ監督が「3回しか一緒にトレーニングできていないが、素晴らしいプレーだった」と称えたセビージャから新加入のアレハンドロ・ポゾも右サイドで確かな存在感を見せており、久保にとっては強力なライバルとなる。
過去の試合では守備で受け身に回ると苦戦を強いられ、引いて守るが故に決壊すると失点が止まらなくなる悪癖もあった。では積極的に前へ出ていくサッカーで攻撃的な姿勢を見せていったらどうか。こうして結果が出るのである。となれば、アピールに燃える好調なアタッカー陣を起用して4-4-2のアクションフットボールを続けていく選択肢を取るのは自然な考え方だ。
次は香川真司との日本人対決
マジョルカは21日にコパ・デル・レイのラウンド32で香川真司が所属する2部レアル・サラゴサとの対戦が組まれており、試合と試合の間の休息はおよそ1日半しかない。ビセンテ・モレノ監督は「我々は1週間で準備することを1日でやらなければならない。いくつかの決断を下し、いくつかの変更を加えなければならない。今週末戦ったのとは違う相手だ。サラゴサ戦にはベストの11人をぶつけていこうと思っている」と語った。
十分な休養が取れないことも考えれば、バレンシア戦で先発から外れていた久保にもチャンスは回ってくる可能性は高い。一方で対戦相手となる2部で好調のサラゴサは週末の試合が延期になっており、コンディション面に不安はない。
マジョルカが今季のリーグ戦で勝利した5試合のうち、3試合は久保がスタメンにいなかった。加入前だったエイバルとの開幕戦、2勝目のエスパニョール戦、そして今回のバレンシア戦だ。やっぱり久保がいない方が勝てるのか? と、考えるよりも「いた方がもっと勝てる」ことを証明する絶好のチャンスだ。
迎えるサラゴサ戦では、日本代表の先輩である香川真司との直接対決で改めて自らの必要性を証明し、勝利に貢献することでマジョルカにいい流れを引き込みたい。自らのポジションを確固たるものにするには、ゴールやアシストという個人の記録だけでなく、出場した試合で勝利という結果に貢献した事実も重要になる。
(文:舩木渉)
【了】