新体制2勝目はまだ。昇格組に勝ち切れず
アーセナルがまたも逃げ切りに失敗した。現地18日に行われたプレミアリーグ第23節、シェフィールド・ユナイテッド戦は1-1のドローに終わった。
前節クリスタル・パレス戦に続いて先制しながらも追いつかれる展開で勝利を逃し、ミケル・アルテタ監督体制での2勝目はお預けとなった。チームの状態は上向きだが、なかなか結果に反映されないもどかしさらある。
そもそも10位のアーセナルと6位のシェフィールド・ユナイテッドという現状の順位を考えれば妥当な結果かもしれない。ただ、もともとの力関係を考えれば、昇格組の後者に対して前者は強豪として実力差を見せつけなければいけない立場だ。
ウナイ・エメリ前監督がバラバラにしてしまったチームを、アルテタ新監督はなんとか元に戻そう、そしてより大きな力を発揮できるよう導こうとしている。実際、セントラルMFのポジショニングが特徴的なビルドアップの形は安定してきたし、前政権で輝きを失っていたメスト・エジルやシュコドラン・ムスタフィらは復調しつつある。
それでもシェフィールド・ユナイテッドを上回れなかった大きな要因の1つは、攻撃が一本調子になりがちな点だろう。例えば自陣にブロックを敷いて守るような他の下位クラブと、どんな相手にもアグレッシブに前線からプレッシャーをかけ、速いテンポでパスをつなぎながらゴールに襲いかかってくるシェフィールド・ユナイテッドとでは対処の仕方が変わってくる。
だが、今のアーセナルは攻撃的なアイデンティティを取り戻すための理論が浸透し始めている段階で、状況に応じて戦い方を変えるような戦術的柔軟性が備わっていない。シェフィールド・ユナイテッド戦は見た目には好ゲームだったかもしれないが、アーセナルのちぐはぐさが随所に目立っていた。
とはいえ未来への光も見えている。クリスタル・パレス戦で相手選手に危険なタックルを見舞って一発退場となり、3試合の出場停止処分を受けたFWピエール=エメリク・オーバメヤンの代役をどうするかという問題に直面する中で、18歳の原石が光り輝いた。
前半終了間際の45分、細かく繋いでボールを左サイドに展開したアーセナルは、DFブカヨ・サカがクロスを上げる。そして相手ディフェンスに当たってコースが変わったボールを、中央に詰めていたFWガブリエル・マルティネッリが押し込んだ。
リーグ戦では今季2度目の先発起用で、オーバメヤンの抜けた左サイドに入ったブラジル出身の18歳が貴重な先制点を奪ったのである。これで今季の公式戦は20試合に出場して9得点。渡欧1年目の若手としては十分すぎる成績を残している。
前政権が見出した特大の才能
マルティネッリは2001年6月18日生まれの18歳、ブラジル・サンパウロ近郊のグアルーリョスで生まれ育った。サッカー選手としての経歴は異色そのもので、6歳で父親に連れて行かれたという地元の名門コリンチャンスではフットサルチームでプレーしていた。11人制のサッカーで台頭し始めたのは、イトゥアーノというサンパウロ近郊の小さなクラブへ移籍した15歳の頃だった。
16歳でプロデビューを飾り、順調にキャリアを積み重ねていたとはいえ、イトゥアーノはブラジル全国選手権4部のクラブ。それでもダイヤの原石として欧州から注目され、マンチェスター・ユナイテッドやバルセロナの練習に参加したこともある。
そして18歳になった昨年夏、25以上のクラブから誘いを受けた中で選んだのがアーセナルへの移籍だった。それまで世代別代表歴もなかった国際的には無名の若手を、エメリ前監督はリーグ開幕戦でいきなりデビューさせ、それ以降もカップ戦中心にチャンスを与え続けた。
アーセナルは多くの若手をレンタルで武者修行に出して実戦経験を積ませるが、欧州にやってきたばかりの18歳をトップチームに残して育成することにしたのである。それだけでマルティネッリの潜在能力がどれほど高く評価されていたかがわかるだろう。
そしてアルテタ監督も、オーバメヤンの代役にマルティネッリを選んだ。年上のMFジョー・ウィロックやFWリース・ネルソン(負傷を抱えているが)、FWエディー・エンケティアではなく、マルティネッリが最適だと判断したのである。
エメリ監督は自身が抜てきしたマルティネッリについて、「彼はプレシーズンで様々なポジションに挑戦したが、どこよりも左ウィングでプレーするのを好んでいた」と語っていた。とはいえこれまではセンターFWや右ウィングなどでも起用されていたが、アルテタ監督もクリスティアーノ・ロナウドへの憧れを公言するマルティネッリの適性を左ウィングに見ていたのかもしれない。
また、出場停止中のオーバメヤンも「ガビはスーパースターになるだろう。ゴールを決めるからというだけでなく、エナジーやマインドセット、態度もそう考える理由だ」と躍動する後輩アタッカーへの賛辞を惜しまない。
クラブOBのファン・ペルシも絶賛
ポルトガル語で“アタッカンチ”=ストライカーを自称するマルティネッリの最大の魅力は、やはり得点感覚の鋭さだろう。
アーセナルのレジェンド、ロビン・ファン・ペルシ氏は「囮になる動きができて、常にスペースを探しているし、特に18歳という年齢なら素晴らしいね。僕も18歳の頃はウィングとしてプレーしていたけど、全く異なるタイプの選手だった。年齢を重ねればどんどん良くなるだろう」と述べたうえで次のようにマルティネッリの特徴を解説していた。
「試合にしっかり入ることができて、ボールを持つこともでき、スペースを嗅ぎ分ける力もある。彼は自分がどこに行けばいいかわかっているんだ。そういう力を全て持っていれば、ゴールもアシストも決めることができる」
左サイドからのドリブルでの仕掛けは、左足の扱いが苦手なようで、右へのカットイン中心で読まれやすい。それよりもファン・ペルシ氏が指摘したようなゴールへの嗅覚が抜群で、公式戦20試合出場9得点という結果が表しているように、左ウィングながらストライカーとしての気質が強いオーバメヤンの代役を務めるにはうってつけの人材なのだ。
シェフィールド・ユナイテッド戦でも左サイドに張りつくのではなく、幅広く動いて度々ゴール前に進出するなど、単なる右ウィングにとどまらない引き出しの多さを見せていた。ゆくゆくはかつてのファン・ペルシ氏のようなワールドクラスのストライカーになっていてもおかしくない。
敵将も認める才能が開花するか
さらに特筆すべきは、人格面を称える声が後をたたないことだ。若くして欧州に渡った南米出身選手にありがちなピッチ外での不摂生もなく、とにかく真面目。ピッチ上での守備への献身性などにチームプレーヤーとしての性格も現れているし、同胞のDFダビド・ルイスは「マルティネッリはアーセナルのどの若手選手よりも最高のメンタリティを持っている」と絶賛する。
「(アーセナルに来るまで)ガビのことは知らなかった。でも、彼の努力する姿、メンタリティ、フットボール(のスタイル)、毎日学びたいと強く望む姿勢にすっかり感心している。僕には異なる国々からやってくる多くの選手たち、若いタレントたちと出会うチャンスがあったけど、ガビはいろいろな部分で他とは違う。もし彼が今のまま続ければ、フットボールの世界で素晴らしい経験を積むことができるだろう」
ダビド・ルイスは、ファンの質問に答えるアーセナル公式YouTubeチャンネルの企画の中で、対面するマルティネッリ本人をこれほどまでに褒めちぎった。
マルティネッリがアーセナルでの「お兄ちゃん」と慕う、アルゼンチン代表GKエミリアーノ・マルティネスも「ガビの才能があるだけでなく、人の話に耳を傾け、貪欲なところが好きだ。(中略)純粋に才能があるだけではトップにはたどり着けない。それだけではなく人間性やハードワークも必要なんだ」と本人の目の前で語った。
対戦相手として向き合ったリバプールのユルゲン・クロップ監督が「今世紀最大の才能」と評した18歳は、アーセナルを高みへと導けるか。オーバメヤンが出場停止中の3試合でどんなインパクトを残せるかが今後への重要な指標になる。
一目見ただけで「何かが違う」と感じられる豊かな才能が本格開花すれば、ウィンガーストライカーとしてレジェンドとなったファン・ペルシ以上の功績を残せるはずだ。「僕は常に全力を尽くし、チームプレーヤーで、いつだって勝利やトロフィーを追い求めている」。アーセナルに加入して最初のインタビューでそう言い放ったマルティネッリは、勝者としてフットボール界に君臨できるポテンシャルを秘めている。
(文:舩木渉)
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