J1からJFLまで制覇
2020シーズンのJリーグは開幕戦のカードが発表され、残りの日程もこれから発表されていく。日本中のファンが新シーズンに向けた計画を立て始めていることだろう。
北海道から沖縄まで各地のサポーターがスケジュールを組み立て、旅先での魅力的な週末に思いを馳せている。だがその中でも、神戸在住の教師であるニック・グリーン氏に勝る者はなかなかいないだろう。
ロンドン出身のグリーン氏は、2018年2月から2019年12月にかけてとんでもない大仕事をやってのけた。J1からJFLまでの各リーグと日本代表を合わせた全71チームの試合をホームで観戦し尽くしたのだ。
「そんなに凄いことだとは感じないよ。単にこの2年間の私の趣味だったというだけのことだからね」。アーセナルファンでもある彼は、自身の偉業についてかなりの謙遜を込めてそう語った。
「今までの人生でもいつも目標を立てて何かをやろうとしてきたが、途中で諦めてばかりだった。だから最後までやり遂げたことが一番ビックリだよ!」
「旅行のための口実だった」
アイディアが生まれたのは2017年のことだった。友人とともにヴィッセル神戸のホームゲームにいつも通っていたグリーン氏に対して、職場のある同僚が、この国の全てのスタジアムを訪れてみてはどうかと提案したのだという。だが、そもそもの発端はさらに4年前にまで遡る。ふと思い立ったグリーン氏が、アーセナルが浦和レッズと対戦する親善試合を観戦するため、イングランドから日本へと飛び立った時だ。
その経験が翌年の日本移住へと繋がった。そして当初はかなり気軽なものであったサッカー観戦の習慣が、2018年には大きな転機を迎える。
「自分にとっての小さなチャレンジになっただけさ。何かちょっとしたことに取り組んでみたいと思っていたし、大好きな旅行を再開したかった。スタジアムを見たいということよりも、旅行のためのある種の口実だったんだ」
「最初はタイムリミットについて考えてはいなかった。一生かけて達成する大きな挑戦になるかもしれないとも考思っていた。だからできるだけ規模を大きくしたいと考えた」
「最初の1ヶ月くらいが過ぎた頃に、1年で達成できるかもしれないと考えるようになった。そこで計画を立て始めた。体力的にはなんとかやれなくもないと思ったが、実現するためには毎週末2試合を観に行かなければならない。そうすると、『旅をしたい』という最初の思いが叶えられなくなってしまう」
ゴール裏で飛び跳ねなければいけないかった
日本のほぼ中央付近と言える神戸に住んでいること、また教師であるグリーン氏に十分な休日手当が認められたことが、ミッション達成に向けた旅程を多少は容易にした。週を重ねるごとに、マフラーのコレクションは着実にその数を増やしていった。彼は試合の記録と入場チケットを残しておくことに加えて、各スタジアムで必ずマフラーをひとつ購入することを習慣としている。
「J1の試合では全く何の違和感もない。だがJFLになると場違いな感じが凄かったようで、私をどう扱うのか困っているようだったよ」。33歳のグリーン氏は旅先で受けた歓迎についてそう語る。
「仲良くしてくれるファンが一番多かったのはJ2の試合だったと思う。特に好奇心旺盛な年配男性たちがすごく親しげで、いつも隣に来て話しかけてくれた。本当に楽しいことだったよ」
普段はバックスタンド席から試合を観戦することが多いというグリーン氏だが、いくつかの例外もあった。例えば柏レイソルの試合ではゴール裏へと連れて行かれ、熱狂的なファンたちと一緒に観戦するよう誘われたという。
「2時間か3時間、ずっと飛び跳ねなければならなかった」と彼は笑いながら振り返る。「膝がひどいことになったよ。『ゴール裏では写真を撮るのも飲み物もダメだ』って言われてね。どちらも私がJリーグを観戦する時に大好きな習慣なのに!」
試合後にはグリーン氏はサポーターのゴミ拾いを手伝い、ミーティングにも参加。ゲストとしての経験について感想を求められた。
「いつの間にかウルトラスクラブの一員に引き込まれていた。それは構わなかったんだが、問題はその翌日に彼らの宿敵であるジェフ千葉の試合観戦を予定していたことだ。それは最後までヒミツにしたよ!」
お気に入りのスタジアムは…
2年間に及んだ観戦旅行では他にも数多くの思い出が生まれた。その中でもお気に入りのスタジアムを尋ねると、グリーン氏はやや意外なJ3クラブの本拠地を挙げてくれた。
「特に気に入ったのは藤枝だ。良い意味で驚きだったよ。J3の試合を初めて観戦した時だったが、素晴らしい1日だった。山の中にあって、かなり新しいスタジアムだと思う。小さくはあるが、ピッチとの距離は本当に近かった」
「まるで秘密の隠れ家に立ち入ったような気分だ。そういう場所は5つめか6つめくらいだったと思う。J1とJ2で訪れた他のスタジアムはどこも2万席以上だったから、全く違っていて感動したよ。本当に心地良いグラウンドだ」
だがグリーン氏が挑戦を締めくくる場所として選んだのは、小規模とは全く正反対の埼玉スタジアム。2013年7月にアーセナルの試合を観るため日本で初めて訪れたスタジアムで大団円を迎えることを決めた。
「特に日付を選んで観戦に行った試合といえば、どの試合よりもこれだったと思う。シーズン最終日の浦和で、ガンバが勝利を収めた試合だ。全ての締めくくりとしては非常に感動的な形になったと思えた」
旅を通して得られたもの
「6年半前に訪れた場所を再訪するのは素晴らしい気分だった。しっかり記憶に残っていたよ」
グリーン氏は自身の旅程を懐かしそうな目で振り返っていた。
「別の場所に立ち寄って、何かを見たり何かをしたりすることもあった。鳥取砂丘もそのひとつだ」
「鳥取の試合を観てからバスで街中へ戻り、そこから歩いて砂丘を目にしたのはちょうど日が沈もうとしていた頃だった。とにかく不思議で非現実的で幻想的な体験だった。J3のチームの試合を観にいこうと決意しなければ、その光景を見ることもなかったんだと気がついたよ」
「そういう場所はたくさんある。今治もそうだ。焼豚玉子飯という名物料理があるが、私が今まで日本で食べた中でも最高の食事だったと思う。その時も食べながら同じことを考えていた。『こんな旅をしようと思わなければ食べられなかった』とね」
その旅を通して、特に彼が得られたものは何だったのか。その質問にもやはり冷静に答えてくれた。
「サッカーを通して得られた体験も、人々の親切さも、自然な振る舞いも、それにサッカー以外の部分で目にした全ても、神戸にいるだけでは出会うことができなかったものだ。そもそもアーセナルの試合を観に行っていなければ、今でも私はロンドンにいただろうね」
「私の人生で得られた素晴らしい体験の多くは、まさにサッカーのおかげだと言えるよ」
(取材・文:ショーン・キャロル)
【了】