ヴェンゲルもイチオシの監督就任
1996年にアーセナルの監督に就任し、2003/04シーズンにはチームをプレミアリーグ無敗優勝に導くなどの功績を残した名将アーセン・ヴェンゲル氏は、監督キャリア晩年の2015年にこう語った。
「ミケル・アルテタは多くの人から尊敬を集める人物だ。監督の素質が十分にある」
4年が経過しヴェンゲル氏の考えは実現に至った。アーセナルは12月20日、クラブOBのアルテタが新監督に就任することを発表した。11月下旬にウナイ・エメリ前監督を解任し、同じくOBで元スウェーデン代表のフレデリック・リュングベリを暫定監督に据えて以降は様々な後任候補の噂が飛び交ったが、本命と見られていた37歳のスペイン人が就任した。
アルテタはマンチェスター・シティでジョゼップ・グアルディオラ監督のアシスタントコーチを約3年務め上げているが、監督に就任するのは今回が初めてだ。ヴェンゲル氏もお墨付きの名手が、監督としてプレミアリーグで11位に沈むアーセナルをどのように再生するのか注目が集まっている。
アーセナルにたどり着くまでの経緯
アルテタはスペインのバスク地方出身で、幼少期には後にリバプールやレアル・マドリーで活躍する幼馴染シャビ・アロンソとサッカーに明け暮れた。その後は15歳でバルセロナのアカデミーに加入したがトップチーム入りは叶わず、パリ・サンジェルマン(PSG)やレンジャーズを経てレアル・ソシエダに加入した。
脚光を浴びたのは2005年にローン加入したエバートン時代。当時のデイビット・モイーズ監督はアルテタを中盤の核に据え、半年後には完全移籍を果たすことになる。視野の広さと質の高いキックを武器に合計6シーズンでリーグ戦174試合に出場し、クラブの年間最優秀選手にも2度選ばれている。
アーセナルとの出会いは2011年だった。夏の移籍市場最終日に加入すると、名将ヴェンゲル監督の信頼を獲得。「試合に出なくても影響力のある選手」とフランス人指揮官に評されキャプテンも務めた。
アーセナルではFAカップ優勝に貢献するなど活躍を見せた一方、晩年は怪我に悩まされ2015/16シーズンをもって選手とファンに惜しまれながら現役引退を表明。ガナーズでの最終戦となったアストン・ヴィラ戦後に涙ぐみながらファンの声援に応える姿が印象的だった。
感動的なアーセナルとの別れの後、アルテタには3つ選択肢があったという。米メディア『ジ・アスレティック』によると、1つはアーセナルのアカデミーでのコーチ。2つ目はPSG時代の同僚であるマウリシオ・ポチェッティーノ率いるトッテナムでのコーチ。最後の3つ目がシティでのアシスタントコーチだった。
バルセロナのアカデミー時代からの知人ペップ・グアルディオラの熱心な勧誘が決め手となり、アルテタは最終的にシティのアシスタントコーチ就任を決めた。
世界的な名将グアルディオラが本腰を入れてアルテタを求めたのは、戦術的なインテリジェンスの高さゆえだ。同じく『ジ・アスレティック』によると2011/12シーズンにバルセロナを率いたグアルディオラは、チャンピオンズリーグ(CL)準決勝でチェルシーと対戦する際に、チェルシーと対戦経験があるアルテタに助言を求めた。
その際、アーセナルの司令塔からもらったアドバイスの緻密さにペップは感激し、アルテタが現役を退くタイミングで声をかけることを決めていたという。
そんな経緯もありグアルディオラはアルテタを一目置いていた。英メディア『ミラー』によると、グラルディオラはアルテタの助言にいつでも耳を傾け、2人は移動や休憩中でもずっとサッカーについて意見を交換し合っていたという。戦術的知見の豊富さやサッカーへの情熱の点で2人は似ていたようだ。
ただアルテタは、選手を駒のように扱う非道な戦術家というキャラクターではない。シティの選手たちはアルテタの人柄をこぞって称賛する。例えばドイツ代表FWレロイ・ザネは「ミケルはとても仲良くしてくれた。いつでも自分のそばにいてくれた素晴らしい人であり、偉大なコーチだ」と賛辞を惜しまない。
今思うとアーセナルの選手時代も、本来は攻撃面で才覚を発揮するタイプにもかかわらず、守れる選手が少ないこともあり、守備的なMFとしてのタスクを誰よりも必死にこなしていた。このようなチームのためにハードワークできるタイプが、エゴイスティックなキャラクターであるわけがない。
スタッフと選手の信頼を得て、2018/19シーズンにシティで史上初のイングランド国内タイトル3冠を達成するなど、ここ3シーズンのアルテタは華々しいコーチングキャリアを展開していた。
しかし、英メディア『タイムズ』によると、彼の心はアーセナルにあり続けたようだ。アルテタは自身の関係者に「いずれはアーセナルに戻る」と常々話していたという。一方のアーセナルもアルテタ招へいに本気だった。
米メディア『ジ・アスレティック』の記者デイビット・オーンスタイン氏によればガナーズはアルテタとの交渉が公になることを避けるため、午前や夜中などの人目に付きづらい時間帯にアルテタ側とのコミュニケーションを重ねた。お互いの本気度が実った結果、今回の就任劇に至ったのである。
チームの意識を変えられるか
アルテタに期待されるのはアーセナルの再建だ。
前任者のエメリは「アグレッシブで攻撃的なサッカーを」と昨夏の記者会見で語り、クラブの方向性を明示したものの実現には至らずじまいに。
特に今季は内容だけでなく結果もボロボロで、開幕18試合で僅か5勝とここ27年間で最悪の状態と言われている。簡単ではないが、アルテタは混乱に陥っているチームを救わなければならない。
その中で解決しなければならない課題の1つは選手のモチベーションだと解説者のジェイミー・キャラガーは語る。英テレビ局『スカイスポーツ』の番組に出演した元リバプールの名DFは「アーセナルの攻守の切り替えは遅く、これは戦術だけの問題じゃない。闘う姿勢を改善するべきだ」と厳しく指摘した。
ただこの課題には、アルテタも気づいている。アーセナル公式サイトのインタビューに答えた新監督は「チームに活気を与えるのが最初の仕事だ。これはシティにいた12月初旬にアーセナルと対戦して感じていた。自分の仕事はクラブに関わる全ての者が同じマインドセットを持ち、新しいカルチャーを築くことだよ」とスペイン人は意気込んでいる。
初めての監督就任でチームの意識改革に取り組むことは容易ではないが、アルテタが新しい挑戦にかける思いは強い。「私に対する周囲の不安は理解できる。それでもクラブを良くするために全てを尽くす覚悟はできているよ」と語る彼には、ヴェンゲルとグアルディオラというイングランドサッカー史に残る名将の下で働いた経験からくる自信があるのだろう。
さらに英メディア『ガーディアン』が報じるように、自分の部屋一面を戦術ノートで埋め尽くすほどのサッカー愛も古巣を変えたいという姿勢の原動力なはずだ。前途多難であることは間違いないが、現役時代とシティでのコーチ経験を糧に、迷えるノースロンドンの強豪をどのように変えていくのか。今後の変革に期待したいところである。
(文・プレミアパブ編集部)
【了】