「ちょっと表情が堅いんじゃないの?」
「あの日は、本当にいい天気だった」
11月3日、前泊したホテルからバスで試合会場へと向かう。その車中で「すげぇな」と誰かが叫んだ。スタジアムへ向かう途中、多くの青と赤が目に飛び込んできた。それを合図に堰を切ったように、次々と感嘆の声が沸き起こり、車内は一気に盛り上がった。
実際に、スタジアムの中に入ると、それ以上に驚いた。集まった観客は5万3236人。真っ青な空の下、そこには浦和の赤で埋め尽くされた観客席が広がる。
「レッズサポーターが多いこと、多いこと」。圧倒されたが、逆の感情が芽生えた。
「やばいな、これ。この中で勝ったら気持ちいいんだろうな」
それまでタイトルとは縁遠かった。クラブとしても、個人としても初の日本一を懸けた一戦だった。入場を控えたバックヤードで永井雄一郎がナオを見つけると、声を掛けてきた。
「ちょっと表情が堅いんじゃないの?」
「そんなことないですよ」
そう口にはしたが、内心ではドンドンと心臓が脈打っていた。
「逆に、永井さんにそう言われたことで、『レッズはこういう場に慣れてるから余裕だ』と思われているのがすごくいやだった。余計に負けたくないとスイッチが入った」
(文:馬場康平)
▼石川直宏(いしかわ・なおひろ)
1981年生まれ、神奈川県横須賀市出身。育成組織から横浜F・マリノスに在籍し、2000年にトップチーム昇格、02年4月にFC東京に加入。03年Jリーグ優秀選手賞、フェアプレイ個人賞受賞、09年にはJリーグベストイレブンを受賞。U-23 日本代表としてアテネオリンピックに出場し、日本代表でも6試合に出場。17年に現役を引退し、翌18年よりFC 東京クラブコミュニケーターを務めている。
【了】