前半、流れを掴んだアーセナル
ミケル・アルテタ監督の初陣となった前節のボーンマス戦は、アウェイで1-1という結果だった。ただ、勝利できなかったのは悔やまれるところではあるが、内容自体はそんなに悪くなかった。むしろ、ここ最近のアーセナルにはなかった魅力のようなものが、見られた気がした。
そんなスペイン人監督にとっての第2戦目は、全世界が注目するビッグマッチとなった。チェルシーとのビッグロンドンダービーである。アルテタ監督の手腕が、強豪相手にどのように発揮されるのか。ここは重要なポイントとなった。
アーセナルは前節に引き続き4-5-1を採用したが、メンバーは2人変更。前節に脳震とうの疑いで途中交代を余儀なくされたDFソクラティス・パパスタソプーロスに代わりDFカラム・チェンバースが。ヘルタ・ベルリン移籍濃厚と言われているMFグラニト・ジャカに代わりMFマテオ・ゲンドゥージが先発入りを果たしている。
対するチェルシーは3-4-3システムを採用。FWタミー・エイブラハムやFWウィリアンといった前線の選手の連係が大きなポイントになった。
試合開始のホイッスルが鳴り響くと同時にテンション高く挑んだのはホームのアーセナル。攻守の切り替えを素早く行い、チェルシーにペースを与えなかった。
守備時は相手の3バックに対して前線の4人が横並びになるような形で対応。最終ラインにはそれほど猛烈なプレッシャーを与えるわけではなく、ビルドアップを阻止するだけで十分であった。そこからサイドにボールが流れると、サイドハーフとサイドバックの2枚でサンド。ボールを刈り取る。仮に深い位置からロングボールを送り込まれても、アーセナルのDF陣はことごとくそれらを跳ね返し続けた。
攻撃時に躍動するのは前節に引き続きMFメスト・エジル。相手選手が捕まえきれない絶妙なポジショニングでボールを引き出し、幾度となく味方を活かした。ボールを受ける前にスペースと人の配置を認識できているため、向かうべき場所にボールをコントロールすることができる。遅くともツータッチ目にはパスが出るので、相手が寄せる前にボールを離す。一つひとつのプレーに無駄ないので、背番号10の下にボールが収まれば必然的にチャンスは増えた。
こうして流れを掴んだアーセナルは、13分にCKからFWピエール=エメリク・オーバメヤンが先制ゴールを奪取。これ以上ない、最高の立ち上がりとなった。アルテタ監督もガッツポーズ。チーム全体に再びエネルギーがチャージされた。
終盤に待っていたドラマ
一方のチェルシーは、アーセナルの選手を捕まえきれないどころかGKベルント・レノを襲うことすらできなかった。ビルドアップはことごとく阻まれ、1本良い縦パスが入っても相手の素早いアプローチに苦戦し、後手を踏み続けた。
チェルシーは33分までにイエローカード3枚を貰っている。もはや、アーセナルの攻撃をファウルで止めるしかなかったのだ。攻撃陣も停滞。前節のサウサンプトン戦同様、大苦戦を強いられていた。
しかし、フランク・ランパード監督の決断は早かった。同指揮官は34分という早い時間にDFエメルソン・パルミエリを下げ、MFジョルジーニョを投入。システムをそれまでの3-4-3から4-3-3へとチェンジ。ハーフタイムを待たず、勝負に出たのである。
すると、面白い様に流れはチェルシーに傾いた。サイドからサイドへの展開が3バック時よりも明らかにスムーズになり、アーセナルの守備陣を左右に揺さぶる。ビルドアップの中心となるのはジョルジーニョで、インサイドハーフのMFエンゴロ・カンテとMFマテオ・コバチッチは立ち上がりよりも前線に顔を出せる機会が増えていた。前半は最終的に0-1のビハインドを背負ったまま終えることになったが、チェルシーに逆転への希望が見えた。
後半に入っても、試合の流れはチェルシーに傾いたままであった。ボールホルダーとパスを受ける選手にプラスして第三者の動き出しも素早くなっており、アーセナルの最終ラインはかなり深い位置まで押し込まれた。ホームチームはそんなアウェイチームに対してただただ耐える時間帯が続いたのである。
両指揮官の動きも対照的であった。ランパード監督は70分までにDFタリク・ランプティ、FWカラム・ハドソン=オドイを投入するなど積極的に動いたが、アルテタ監督はなかなか選手交代のカードを切らない。この流れを生かしたいチェルシーと、現状維持でも十分なアーセナルという試合展開が、両指揮官のこうした動きからも見て取れた。
アーセナルはなんとか83分まで無失点に抑えていた。しかし、試合はここから一気に動き出す。
83分、チェルシーのFKのチャンス。MFメイソン・マウントが蹴ったボールが高く上がると、レノがキャッチしようと飛び出してくる。しかし、判断を誤った。ボールはドイツ人GKの頭上を越え、ファーサイドのジョルジーニョへ。完全フリーでボールを受けたイタリア人MFはそのまま無人のゴールへ押し込み、チェルシーが終盤に同点に追いついたのだ。
そして、ドラマはこれだけで終わらなかった。87分、チェルシーがカウンターを発動するとウィリアンがボックス内へ侵入。最後は自らシュートを打たずパスを選択したが、これをエイブラハムがきっちりと押し込み、逆転に成功したのである。
勝負に出たランパードの手腕
試合はこのまま1-2で終了。ここ最近調子が下がり気味であったチェルシーにとっては、単純な勝利よりももっと大きな価値のある勝利となった。
一方でアーセナルは、これでホームの公式戦で4連敗を喫することになった。『Opta』によると、アーセナルがホームの公式戦で4連敗を喫するのは1959年以来、実に60年ぶりのことになるという。アルテタ監督の下、確かに内容面は向上しているが、いまは我慢の時だと言えるだろう。
さて、この試合だが、明暗を分けたのはランパード監督のシステム変更だと言えるだろう。ハーフタイムを待たずにあの時間帯で4-3-3へとチェンジし、流れを一気に手繰り寄せたのはさすがの采配である。
とくに後半は一方的な内容で、データサイト『Sofa Score』によると後半はシュート数2本:10本、支配率35%:65%、パス本数159本:273本、パス成功率66%:83%となっているなど、あらゆる面でアーセナルを上回っていた。
さらにランパード監督はこの試合で19歳のランプティを起用。ビッグマッチで大胆な起用を見せたと言える。ランプティのパフォーマンス自体も、そんなに悪くはなかった。
こうした勝負に出る采配や大胆な選手起用は、この日のアーセナル戦のように大きな効果を発揮することがある。しかし、それがまったくハマらなかった場合、出口がどこにもなくなってしまうというリスクがある。だから、こうした大一番で大胆な采配など、勝負に出ることができない指揮官は多い。
しかし、ランパード監督にはそれができる。確かに3バックシステムは失敗に終わったが、そこからの修正力は見事であった。若い選手が比較的多いチェルシーにおいて、彼のような大胆な起用をする監督がいるということは、それだけ若い選手にはアピールのチャンスも増える。クラブの未来にとっても、悪いことではない。
チェルシーはチャンピオンズリーグ(CL)出場圏内となる4位で年越しを迎えることができる。1月1日はさっそくブライトンとのリーグ戦が控えているが、再びランパード監督の采配が輝くのだろうか。
(文:小澤祐作)
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