攻撃よりも守備
短い言葉のなかに覚悟と決意を凝縮させた。東京五輪世代となるU-22日本代表に初めて招集された9月の北中米遠征に続いて「10番」を背負い、U-22ジャマイカ代表と対峙する28日のキリンチャレンジカップ2019へ。MF安部裕葵は思い描いている戦い方の一端をこう明かした。
「上手くいくかどうかはわからないけど、上手くいくようにコミュニケーションを取っていきたい」
ジャマイカ戦の試合会場となるトランスコスモススタジアム長崎で、前日練習を終えた直後の取材エリア。メディアに囲まれた安部が言及した「上手くいくように」とは、攻撃ではなく守備が念頭に置かれている。意外に聞こえる守備への意識こそが、バルセロナから持ち帰った手土産となる。
長崎市内で24日から行われてきたキャンプを踏まえれば、U-22代表を率いる森保一監督は[3-4-2-1]システムで臨むことが濃厚だ。安部のポジションは1トップの背後に対で並ぶシャドーの左。不慣れゆえに攻守ともに難しいのではないか、との問いに「何も意識していません」と心配無用を強調した安部は、唐突にこんな言葉を紡いだ。ジャマイカ戦を2日後に控えた練習後のことだ。
「いまは攻撃のことよりも、僕は守備のことを考えています」
U-22代表の守備にどのような要素を還元したいのか。答えは今夏に鹿島アントラーズから移籍したスペインの名門FCバルセロナで自らの目を介して感じ、バルセロナBの一員として3部リーグにあたるセグンダ・ディビシオンBの舞台で実践している「アグレッシブな守備」にある。
「バルセロナではほぼ守備です」
「いい攻撃をするよりも、いい守備をする方が簡単なので。いい守備をして試合の流れをつかむというか、いい守備ができればいい攻撃にもつながるので。鹿島のときに教わったシンプルなことを、バルセロナでもやっています。というよりも、バルセロナではほぼ守備ですね。いかにして相手のボールを奪うか、じゃないですか。見たらわかると思うんですけど、全部(奪いに)行きますから」
守るための守備ではなく、攻めるための、もっと踏み込んで言えばボールを握り続けるためにアグレッシブな守備を継続する。相手ボールになった刹那に前線の選手たちがプレスをかけ続け、一刻も早く奪い返す。安部の話を聞いていて、2018シーズンの川崎フロンターレを思い出した。
史上6チーム目のJ1連覇を達成したフロンターレは、総得点57がリーグ最多を数えるとともに、総失点27も同最少だった。さらにつけ加えれば、放ったシュート数453本も最多なら、34試合で浴びたシュート数235本も最少。J1が18チーム体制となった2005シーズン以降では、2016シーズンの浦和レッズの240本を更新する、歴代最少の被シュート数でもあった。
相手に打たれるシュートが少なければ、必然的に失点も減少していく。理にかなった相関関係を具現化させる必要十分条件となったのが、相手ボールになった瞬間に前線から絶え間なく仕掛けるプレスだった。プレスのスイッチ役を担ったトップ下の中村憲剛は、こんな言葉を残している。
「守るためのプレスじゃない。すべては攻撃のためのプレスでした」
最多シュート数と最少被シュート数を同時に達成し、なおかつJ1の頂点に立ったチームは2018シーズンのフロンターレが初めてだった。ボールポゼッション率が100%に達する試合はない。ただ、相手ボールになった刹那にプレスをかけて、奪い返すプレーを続けていけば理想に近づける。
再びボールを持てばすかさずショートカウンターを仕掛けるのも、ボールを回し続けて辟易させるのもよし。最強の「矛」と「盾」を擁し、相手を敵陣に閉じ込めたままひたすら蹂躙する、たとえるなら“ドS”のスタイルを、バルセロナはBチームも含めてはるかにスケールアップさせて実践していた。
「日本人は人に気を使える生き物」
U-22代表が日本国内で初めてお披露目され、久保建英や堂安律をシャドーに並べた11月のU-22コロンビア代表戦は、攻守ともに後塵を拝し続ける完敗を喫した。招集メンバーこそ大きく異なるものの、チームの真価と東京五輪へ向けた可能性を問われるジャマイカ戦へ。新天地で身につけた「アグレッシブな守備」を是が非でも還元したい。
「今日も(前田)大然君とずっとそれを話していました。見ていてわかったと思いますけど、僕らが入ったチームの方がどんどん守備がよくなった。前から(プレスに)行けていたので」
26日に行われた紅白戦の成果を守備に求めた安部は、ジャマイカ戦で1トップに入るとみられる前田大然だけでなく、シャドーを組む旗手怜央やダブルボランチ、左右のウイングバックの選手を含めたさまざまな選手と積極的にコミュニケーションを取った。
「それはみんなと共通理解しなきゃいけないので。僕一人でやってもダメなので。みんなの意見を聞きながらやろうと思います」
前線の選手に後続が、そして左右が絶えず連動しなければ間延びして逆に相手へスペースを与えてしまう。だからこそ、お互いの共通理解がすべてのカギを握る。東京五輪世代が18人も名前を連ねた6月のコパ・アメリカ、そして前出した9月の北中米遠征とU-22代表で共有してきた時間が多くはないからこそ、安部は「楽しく、たくさん笑って」と仲間たちと濃密な時間をすごしてきた。
プレスに「どんどん行った方がいい」
「今日を入れて4日間練習しきたなかで初めてのメンバーもいますし、僕自身は森保さん(の指導)自体はコパ・アメリカ以来ですけど、それでもこの短い期間でここまでできるのは日本人だからと言っていいかもしれない。それくらい戦術とかの理解も早いので。日本人は人に気を使える生き物なので、すごく飲み込みも早いです。結局は試合でできないと意味がないんですけど、それでも今日までを見ればとてもいい練習ができていると思います」
バルセロナBで8試合続けて担っている3トップの中央、いわゆる「偽9番」とシャドーとではもちろんスタートポジションも視界も異なるが、前線からプレスをかけ続ける動きは変わらない。前出のフロンターレで言えば憲剛のようなスイッチ役を担う自負を胸中に秘め、キックオフを待つ安部は具体的なゲーム展開もその脳裏に思い描いている。
「いい位置でボールを奪うのもそうですけど、前からいけば相手もパスコースを作るために下がる。細かい話になっちゃうんですけど、そうなればセカンドも拾いやすくなる。よく一回剥がされたら(プレスを)やめてちょっと下がろう、となると思いますけど、そうなればずっと相手に押し込まれてしまうので。力のある味方が(後ろには)いるし、1試合のなかで10回くらい剥がされたとしても守れるはずなので。だったらどんどん行った方がいいと僕は思っています」
貪欲に追い求めた先にある東京五輪
ジャマイカ戦を翌日に控えた27日には公式会見が行われ、森保監督は「得点に絡むプレーを期待したい」と安部に対して言及するとともに、こんな注目もつけ加えている。
「守備でもチームとしてアグレッシブに戦えるように。彼もこのチームでの活動は多い方ではないが、徐々によさを発揮してくれていると思うので、前回の招集よりもさらに今回、と期待したい」
アグレッシブな守備を介してボールを握り続け、ジャマイカを蹂躙しながらゴールを陥れる。約1ヶ月半の間にバルセロナBで「偽9番」として4ゴールをあげて、凱旋帰国している安部は「チームが勝つことが何よりも重要」と強調しながら、こんな言葉をつけ加えることも忘れなかった。
「もちろん(ゴールを)決めたいですよ。それは全員が思っていることでもあるので」
バルセロナ仕込みのソリッドで、なおかつ泥臭さも厭わない守備の切り込み隊長役を率先して担いながら、背中に輝く「10番」にふさわしい結果も残してみせる。勝利を含めて一兎どころか二兎、三兎と貪欲に追い求めた先にある東京五輪をも視界にとらえながら、多士済々なタレントが集う2列目に食い込み、居場所を築いていくための安部のチャレンジが、長崎の地から加速していく。
(取材・文:藤江直人)
【了】