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トルシエが感じる日本とベトナムのマネジメント力の欠如。外国人監督のアドバンテージとは?【対談前編】

かつて日本代表監督を務めたフィリップ・トルシエ氏と、U-17日本代表コーチなどを歴任した井尻明氏は現在、ベトナムサッカーの強化に携わっている。ベトナムサッカーの成長を牽引する立場にある2人の対談が10月下旬にハノイで行われた。日本とベトナムの育成事情を知る2人の言葉から、両国の成長のためのヒントが見えてくる。今回は前編。(取材・文:宇佐美淳)

text by 宇佐美淳 photo by Jun Usami

「練習風景を見るたびにうずうずしていた」

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U-19ベトナム女子代表監督を務める井尻明氏とU-19ベトナム代表監督を務めるフィリップ・トルシエ氏【写真:宇佐美淳】

 J1川崎フロンターレとベトナム1部ベカメックス・ビンズオンFCが協力して開催する「ベトナム日本 国際ユースカップU-13」が今年も東南部ビンズオン省で開催される。昨年は日越外交関係樹立45周年記念事業の一環として行われた同大会は、今年で2度目の開催を迎え、今年末も両国の強豪ユースが集まって火花を散らす。

 大会実行委員会は開催決定を記念して、両国の育成年代のサッカーに造詣が深い二人の指導者によるスペシャル対談を企画した。その人物とは、元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏と、日本サッカー協会(JFA)からベトナムサッカー連盟(VFF)に派遣された井尻明氏。両氏は現在、男女のU-19ベトナム代表監督を務めており、ワールドカップ初出場というベトナムの悲願を達成すべく尽力している。

トルシエ「ハノイで生活を始めて15か月。私の人生は常にサッカーと共にあります。今の生活は8割がPVFアカデミー(※ベトナムのプロサッカー選手育成機関)とU-19ベトナム代表での仕事。残り2割がプライベートを楽しむための時間です」

「PVFではテクニカルダイレクターという役職ですから、監督とは異なって、より多岐にわたる仕事を任されます。監督時代は選手たちに直接指示を出して意見を伝えられましたが、今の仕事は各カテゴリー担当の監督を仲介しながら、マネジメントを行わなければなりません」

「自分にとって新しい仕事で、挑戦の日々ですが、充実した生活を送っています。ですが、自分は根っからの現場指導者なので、実は練習風景を見るたびにうずうずしていたんです。そんな時、U-19ベトナム代表の監督就任オファーが舞い込んできました。U-19代表を率いて1か月が過ぎようとしていますが、やはり現場の空気はいいなと実感しています」

井尻「私はベトナムに来てまだ半年程ですが、まず驚いたことはベトナムという国がこんなにも発展して近代化しているのかということです」

「ベトナム戦争を描いた映画を観てきた世代なので、高層ビルが乱立している今のハノイの街並みを見て驚いたというのが、最初の印象です。今は郊外にあるベトナムサッカー連盟(VFF)の施設内にある宿舎で生活していますが、少し移動すればショッピングセンターもありますし、住むのにそれほど苦労はありません」

ベトナムと日本のサッカー

トルシエ「ベトナムと日本を比べた場合、当然レベルの差というものがあります。もし一発勝負ならベトナムにも勝機はあります」

「今年初めのアジアカップでベトナムが日本を苦しめたのが、その例です。勝敗を分けたのはVARで得たPKの1点だけでした。しかし、10試合通して対戦するならベトナムが勝てる確率は1割。逆に言えば1試合は勝てるということ。何が起こるか分からないのがサッカーです」

「日本サッカーの発展は1993年に開幕したJリーグの存在によるところが大きい。ベトナムにも国際レベルの選手はいますが、その数はせいぜい2~3人。一方の日本にはヨーロッパでプレーする選手が数十人もいます。これが今の両国の差です」

「ベトナムも最近は施設に投資しているとはいえ、練習環境もまだ日本には及びません。若手育成に関しては、コンペティションの部分でベトナムは大きな問題を抱えています。U-19では公式戦が年間10試合しかありません」

「日本とベトナムの10歳にレベルの差はないでしょう。しかし4年後は技術面で差がつき始め、8年後には大きな差に開いています。ベトナムに日本のような計画的な若手育成制度があれば、より多くの才能を育てることができ、日本との差を縮められると思います」

井尻「日本とベトナムは、どちらもアジアの国なので、もちろん体格面をはじめ、似ている部分はあります。女子について言えば、ベトナムの方がよりフィジカルを重視したサッカーをしている気がします。でも、ベトナムで盛んなフットサルを見てもわかるようにテクニカルな部分もベトナムの選手は秀でているので、この二つが上手く組み合わされば、5年後、10年後はどんな成長を遂げているか分かりません」

「ただ先程、トルシエさんが話したように、ベトナムは日本のトレーニングセンターのような若手育成制度が整っていないので、将来の発展を考えると、育成はこれから大きな課題になってくるでしょう。男子のコンペティションの話も出ましたが、実は女子もU-19年代は公式戦が年間8試合しか組まれておらず、大きな問題だと感じています」

ベトナムの育成はとても細いピラミッド

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U-19ベトナム女子代表を指導する井尻明氏【写真:宇佐美淳】

トルシエ「男子で言うと、ベトナム人選手のフィジカルはまだ弱いと思いますが、井尻さんはどこに問題があると考えていますか? 日本もかつてはフィジカルが課題と言われていましたが、現在はかなり改善されていますよね」

「私が20年前にU-19日本代表を指導していた頃と比べて、現在のU-19代表は体格がまるで違うと感じました。韓国はさらにフィジカルが強靭で、先日、U-19ベトナム代表を率いてU-19韓国代表と親善大会で対戦した時の韓国メンバーには185cm以上の選手が多かったようです」

井尻「日本人の体格が良くなっているという点では、サッカー以外の部分で国民全体の生活水準が向上して、誰もが栄養のあるものを摂取できるようになったことが第一にあります。食生活の部分によるところが大きいですね」

「サッカーの育成に話を戻すと、トルシエさんの母国フランスにはINF(クレールフォンテーヌ国立研究所)という育成機関がありますが、日本にも小中学生年代を育成するシステムが確立しています。それがベトナムにはまだ存在しません。日本ではサッカーをする子どもたちの裾野が広がってピラミッド型を形成していますが、ベトナムサッカーは、とても細いピラミッドの上に成り立っている状況です」

外国人監督のアドバンテージ

トルシエ「ベトナムにおける育成システム上の問題点ですね。もう一つ感じることとしてマネジメント力の欠如があります。システムやビジョンを持っていても、マネジメント力なくしては成功に結び付きません」

「現在のベトナムA代表とU-23代表がなぜ成功しているのかというと、それは韓国人のパク・ハンソ監督のマネジメント力によるところが大きいです。もしベトナム人監督なら、ここまでの結果は残せなかったでしょう。ベトナムの選手たちには素質がありますが、これまではポテンシャルが眠ったままでした。パク監督の指導とマネジメントのおかげで選手たちの中に眠っていた力が呼び起こされているのです」

「このマネジメントの問題は日本でも起こりうるもの。日本の社会は集団の決定をリスペクトしすぎたり、他者の面子を気にする文化があります。私がアンダー世代の日本代表を指導して成功できたのは、若い選手のマインドを変えることが出来たからだと思っています」

「私は外国人監督という立場ですから、選手たちにもっとエゴイストになれ! 自分を出せ! と要求し続けました。これは外国人監督にとってのアドバンテージ。ヨーロッパを見ても強豪クラブで外国人監督が指揮しているところは多いです。それはローカル監督だと、ファンやメディアの批判に敏感になりすぎて自分の哲学を貫けないから。外国人監督の場合、そんなことは気にせず、言いたいことが言えるので、結果的にチームビルディングが上手くいくことが多いです」

(後半はこちら)

(取材・文:宇佐美淳)

【プロフィール】
フィリップ・トルシエ
1955年生まれ。「白い魔術師」の異名で知られるフランス・パリ出身のサッカー指導者。現役時代は国内下部リーグでセンターバックとしてプレー。28歳で指導者に転身。フランス国内のクラブやアカデミーで指導した後、活躍の場をアフリカに移し、コートジボワール代表やナイジェリア代表の監督を務める。1998年から2002年までは日本代表監督を務め、小野伸二や本山雅志らを擁し“黄金世代”と呼ばれたU-20日本代表を率いて1999年のワールドユースで準優勝、中田英寿らが合流した2000年のシドニー五輪では日本を32年ぶりの決勝トーナメント進出に導き、2002年の日韓W杯では日本を史上初のベスト16に導いた。2018年にベトナムPVFアカデミーのテクニカルダイレクターに就任。2019年9月にU-19ベトナム代表監督に就任した。

井尻明(いじり あきら)
1970年生まれ。千葉県出身のサッカー指導者。高校サッカーの名門である市立船橋でセンターバックとして活躍し、高校総体で優勝、高校サッカー選手権で準優勝を経験。駒澤大学に進学した後、京都パープルサンガ、FC京都BAMB1993(現おこしやす京都AC)でプレー。現役引退後は指導者に転身し、JFAのS級ライセンスを取得。京都紫光サッカークラブジュニア/女子監督、FC京都BAMB1993コーチ、京都府トレセンコーチ、JFAアカデミー福島 U13/U18B監督、ナショナルトレセンコーチ、U-17日本代表コーチ、中国・広州富力足球倶楽部U15監督、AC長野パルセイロアカデミーダイレクターなどを歴任。2019年にJFAの指導者派遣によりベトナム女子代表のテクニカルダイレクターとU-19/U-16女子代表の監督に就任。

【了】

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