ショートパスとロングパスの「間」
横浜F・マリノスのサッカーでは、相手のカウンターアタックへの守備が多くなる。ボールを支配して敵陣へ押し込み、失ってもハイプレスを仕掛けていく。ディフェンスラインは高く、GKはより広いスペースを守らなければならない。さらにゴールキックからでもパスをつないでビルドアップしていくので、GKには足下の技術が要求されている。
「今でもまだ慣れてはいませんよ」
そうは言うが、朴一圭は横浜FMの「自分たちのサッカー」を楽しんでいるようだ。川崎フロンターレとの第33節、朴自身は緊張感があったそうだ。
「このチームでは一番年上のほうなのですが、皆が頼もしいですよ。落ち着きというか覚悟みたいなものがあって、そのせいで周囲を緊張させない雰囲気が出来ている。自分は緊張して試合に入ったのですが、笛がなるといつもどおりの安心感がありました」
つなぐGKは、蹴れなければいけない。GK以外の味方が全員マークされていたら、最前線へ蹴るのがセオリーだ。トップは1対1なので、1人に勝てばGKがいるだけだからだ。相手のDFが1人余っていたら、フィールド上の味方の誰かはフリー、自分に相手が向かってきていたら2人がフリーである。GKは素早く状況を整理して、フリーの味方にボールをつなぐ。つまりパスをつなぎたいなら、ロングボールを蹴るという選択肢は持っていなければならない。
Jリーグにも、つなげて蹴れるGKが増えた。しかし、朴の場合はショートパスとロングパスの「間」も持っている。トップやサイドへのロングパスだけでなく、もう少し短い距離のミドルパスがあるのだ。その少し「抜いた」感じのパスは正確で、人を食ったようなところもあるが、精度とともにフリーな味方を見つける冷静さが特徴だ。
横浜FMのスタイルにうってつけのGKはJ3からやって来た。
J3優勝からJ1優勝へ
「昨年はJ3で優勝、今年は横浜FMに移籍して2年連続で優勝争いができた。普通では経験できないことなので楽しみながらやっています」(朴)
東京朝鮮中高級学校から朝鮮大学校、2012年に当時JFLの藤枝MYFCに加入。FC KOREA(関東1部)を経て藤枝に戻り、2016年にFC琉球に移籍した。2018年のJ3で優勝している。
確かに朴は横浜FMのスタイルにピッタリのGKだが、J3の選手を獲得したのはスカウトの勝利といっていい。第5節のサガン鳥栖戦に先発出場すると、以来ほとんどの試合でゴールを守り続けた。まもなく30歳、GKとしてはピークを迎える年齢かもしれないが、埋もれていた逸材を発掘してきた横浜FMのフロント力が光る。
アンジェ・ポステコグルー監督をはじめ、選手たちもことあるごとに「自分たちのサッカー」と言う。ただ、横浜FMのサッカーはフワッとした「自分たちのサッカー」ではなく、1つ1つのプレーがすべてつながっている理詰めともいえるサッカーだ。なぜGKからつなぐのか、「偽サイドバック」なのか、ハイプレスなのか、全部説明がつく。明確なスタイルは明確な弱点を持つことでもあるのだが、スタイル先行でフィットする選手を補強して長所を最大化した。
スタイルが首尾一貫しているから、必要な選手は明確だ。チームに不可欠なタイプのGKとして朴がピックアップされたのだろう。
「下のカテゴリーの人たちに、こういう道もあると示せた。母校の陽の当たらない子たちにも勇気を与えたい」(朴)
J3からJ1へ、そして優勝へ。希なシンデレラ・ストーリーである。
(取材・文:西部謙司)
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