理想的な入りを見せたマンU
ほぼ完璧な内容であった。直近のリーグ戦2試合でドローという結果に終わり、9位に沈んでいたマンチェスター・ユナイテッドだったが、現地時間4日に行われたプレミアリーグ第15節のトッテナム戦では、2-1で勝利。本拠オールド・トラフォードで対戦相手をまったく寄せ付けることがなかった。
トッテナムの新監督に就任したジョゼ・モウリーニョがオールド・トラフォードに指揮官として帰ってくるという意味でも注目を集めたこの試合。立ち上がりからテンション高く入ったのはホームのユナイテッドであった。
ボールホルダーに対し一瞬も気を緩めることなくアプローチをかけ続けたユナイテッドのイレブンは、ボールを奪取すると手数をかけずに素早い攻めへと持っていく。とくに相手のボールがサイドに流れ、スペースが狭くなった時のプレス強度は凄まじく、最終ラインから前線まで、全体が連動してトッテナムを苦しめた。
守備時は最前線のFWメイソン・グリーンウッドが相手CBにプレッシャーを与え、ボールの逃げ所となるトッテナムのボランチにはトップ下のMFジェシー・リンガードが睨みを利かせる。サイドにボールを流させれば、上記した通りプレスの強度をより高め襲い掛かる。こうしてトッテナムの深い位置からのビルドアップを阻んだユナイテッドは、試合開始から間もなくしてペースを完全に掴んだ。
その勢いのまま、ユナイテッドは6分にFWマーカス・ラッシュフォードのゴールで先制。ニアサイドを射抜いてのものだった。ボールはGKの前で一度バウンドしており、GKパウロ・ガッサニーガにとってはお手上げといったフィニッシュであった。
これ以上ない理想的な立ち上がりを送ったユナイテッドは、その後もペースを崩さずトッテナムに挑み続ける。ボールホルダーに対するプレッシャーは相変わらず素早く、スパーズはそんなユナイテッドを前に沈黙。FWハリー・ケイン、FWソン・フンミン、FWルーカス・モウラら前線の選手はほとんど決定的な仕事を果たすことができずにいた。
また、トッテナムの守備もどこか不安定であった。たとえば失点シーンでは、飛び出してきたリンガードに対しDFダビンソン・サンチェスがカバーリングに回り自由を奪っていたが、そのD・サンチェスが飛び出したことで空いたスペースは誰が埋めるのかが曖昧に。DFトビー・アルデルヴァイレルトとの距離も開いており、右SBのDFセルジュ・オーリエも戻り切ることができていない。結果的には、そのエリアを突かれラッシュフォードにゴールを奪われている。
もう一つ気になったのは28分の場面。左サイドでDFアシュリー・ヤングがボールを持って出しどころを探っている時、トッテナムの最終ラインはバラバラで中盤との距離感も曖昧に。ここではDFヤン・フェルトンゲン一人がラインを下げてしまったことで、ペナルティエリア内にいたリンガードにパスが入った際、オフサイドを取ることができず。決定的なチャンスを作られたのだ。
この2つのシーンを切り取ってもまだ守備の強度はそれほど高くないのが伺える。モウリーニョ監督就任後のスパーズは失点が重なっているが、その理由というものが表れた印象が大きかった。
トッテナムは反撃の糸口なく…
こうして長い時間、ユナイテッドのペースで進んだ試合であったが、トッテナムは39分にMFデレ・アリの見事なシュートでなんとか同点に追いつくことに成功。その直前のシーンを含め、この日最初のチャンスだったといっても過言ではなかった。ユナイテッドにとっては痛恨の一点となったが、トッテナムにとっては大きな意味を持つ一点になったと言える。
前半はこのまま1-1で終了。しかし、スコアこそ差はないが、内容は圧倒的にユナイテッドが上回っていた。シュート数はスパーズの3本に対しユナイテッドは8本。ホームチームの方が長い時間相手陣内でプレーしていた。同点に追いつかれたのはアンラッキーであるが、ここ最近の試合では考えられないような強さを見せていたと言える。
迎えた後半。ペースを握ったのはまたもユナイテッドであった。
すると後半開始からわずか1分、左サイドでラッシュフォードがボールを持ち、オーリエを交わしてボックス内に侵入すると、最後はカバーに入ったMFムサ・シソコに倒されPKを獲得。これを背番号10自らが沈め、勝ち越しに成功したのである。
再びリードを手にしたユナイテッドは、その後も勢いを落とすことなくトッテナムを苦しめる。テンポの良いパス回しで相手守備陣をかく乱し、ピッチを幅広く使って全体でアクションを起こした。ボールを奪われても中盤ではMFフレッジと負傷明けのMFスコット・マクトミネイが獲物を待ち構えている。トッテナムに攻守両面で流れを与えなかったのだ。
アウェイで勝ち点を奪いたいトッテナムは64分にMFクリスティアン・エリクセン、70分にMFタンギ・エンドンベレらを投入し、反撃を試みるものの、効果的な攻めを発揮できず。唯一可能性を感じさせたのはオーリエの何回か良いところに飛ぶクロスであり、それ以外はほとんどの場面で沈黙。攻撃の糸口がなかなか見つからずにいた。
終盤はユナイテッドのプレス強度も落ち、守備に重心を置いたことで、トッテナムもゴール前に少しずつ侵入できるようになったが、それでもGKダビド・デ・ヘアの牙城は崩れない。ロングボールを放り込むパワープレーに徹してきたスパーズに対し、ユナイテッドもボックス内に多くの人数を集め対応。最後まで粘り強く戦いきった。
こうして試合は2-1で終了。リーグ戦3試合ぶりとなる勝利を、トッテナムからもぎ取ったのである。これでユナイテッドは暫定ながら6位に浮上。試合後のオーレ・グンナー・スールシャール監督の表情もどこか安心した様子が伺えた。
無双するラッシュフォード。しかし…
トッテナムは前半と後半の立ち上がりに失点を喫しており、ここの入りが非常に悪かったのが、この日の敗因と言える。早い時間にリードを許したことで、相手に余裕を与えてしまった印象は否めない。デレ・アリの得点で流れは変わるかに思えたが、その勢いを生かせなかったのも痛かった。
さて、難敵から勝利を奪ったユナイテッドであるが、この日は全体の勝利への意識が非常に高く、申し分ない内容のゲームであったと言える。その中でMOMはラッシュフォード以外ありえないだろう。試合後、敵将・モウリーニョがイギリス『BBC』に「ボックス内に侵入されるとディフェンスは相当難しい」と語っていた通り、この日の背番号10はまさに無双状態であった。
ボールを持てば迷わず縦へ。細かなタッチではなく、一瞬で相手を剥がす緩急をうまく使い、何度もサイドを突破。ボックス内に入るとモウリーニョ監督が言った通り止めるのは困難で、実際そこからPKを獲得している。力強いシュートから力を抜いたコントロールシュートとフィニッシュのパターンも豊富で、ストライカーとしての怖さを存分に発揮したと言えるだろう。
ラッシュフォードはこの日、シュート数6本(全体1位)、ドリブル成功数5回(全体2位)の数字を叩き出すなど大暴れ。2ゴールも挙げており、データサイト『Who Scored』内でも「9.26」のレーティングでこの日のMOMに選出されている。
エースの活躍はユナイテッドにとって喜ばしいことであるのは間違いない。ここからの巻き返しを狙う同クラブにとっては、大きな武器になる。
しかし、それこそがユナイテッドの課題だ。攻撃が“ラッシュフォードに依存”している印象が否めないのである。
この日もユナイテッドは左サイドからの攻めが全体のおよそ47%という高い数字が出ている。最もゴールに近づくことができる中央エリアからの攻めは18%。大きな差が表れている。
また、この日は対峙したオーリエが攻撃的に出たことにより、ラッシュフォードがより生きやすいスペースがあったことは否定できない。これにより、イングランド代表FWが持つ武器は最大限発揮できる。これもユナイテッドにとっては大きかった。
ただ、引いた相手に対しては果たして同じようにいくのか。ここは疑問が残る。当然、ラッシュフォードには個で打開する能力もあるが、ただでさえサイドの選手は使えるスペースが狭い。そこに相手がどっしり構えてくると、さすがのラッシュフォードでも手詰まり状態になるだろう。そこで味方選手に何ができるかが重要となるが、まだ具体的な形は見られない。これは今後の課題である。
また、単純な話だがラッシュフォードが何らかの理由で離脱した際、攻撃は停滞してしまうだろう。長いシーズンを戦う中で怪我のリスクは当然ついてくる。ラッシュフォードが怪我をしないという確証はどこにもない。攻撃の中心が不在の場合にユナイテッドの攻撃はどこで強みを持つのか。それを想像してみても、なかなか浮かんでこないのが現状だ。
ラッシュフォードの活躍は大きい。しかし、エースに依存し過ぎないことが、今後のユナイテッドの課題だ。今は結果が重要な時期であることは間違いないが、シーズンを長い目で見た時、ここは改善していく必要があるだろう。
(文:小澤祐作)
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