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Jリーグ 5年前

横浜F・マリノス、松原健が過去形で振り返る戸惑い。偽SBで具現化させた理想のプレー【この男、Jリーグにあり】

明治安田生命J1リーグ第33節が11月30日に行われ、横浜F・マリノスは川崎フロンターレ戦に4-1で勝利した。ここまでリーグ最多の65得点を叩き出す攻撃的なサッカーが魅力のマリノスの中で、特徴の一つにサイドバックが挙げられるだろう。「偽サイドバック」とも評される動きで理想のサッカーを実現するDF松原健は、「最後の最後までみんなと一緒に走り抜けたい」と話す。(取材・文:藤江直人)

シリーズ:この男、Jリーグにあり text by 藤江直人 photo by Getty Images

「チーム全員が信じている」攻撃的なサッカー

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横浜F・マリノスの松原健【写真:Getty Images】

 見慣れない景色が目の前に広がっている。常に位置を把握できていた、右タッチラインは間接視野にすら入ってこない。その代わりと言うべきか。いつもならケアをする必要のない、自身から見て右側のスペースを含めた全方位から、相手チームの包囲網にさらされる。

 もっとも、昨季の特に序盤戦で何度も感じた戸惑いを、15年ぶりのJ1制覇へ王手をかけている横浜F・マリノスの右サイドバック、松原健はちょっぴり懐かしそうに振り返る。笑顔を浮かべながら過去形で言い切ることができる点に、マリノスの進化が凝縮されている。

「サイドバックの選手がああいう位置に入ることは、なかなかないことなので。ただ、実際に試合でプレーしながら成功体験をひとつずつ積み重ねることによって、最初のころに感じた戸惑いが自信に変わってきたし、何よりもこのサッカーをチーム全員が信じている、という点が一番大きいと思う」

 松原が言及する「ああいう位置」とは、トップ下と呼んでもいいプレーエリアをさす。敵陣のほぼ中央にポジションを取れば、右サイドバックでプレーするときには常に視界に入る右タッチラインは見えないし、必然的に右側から相手選手に狙われるリスクも一気に高まる。

「偽サイドバック」リスクが生むメリット

 それでも、これでもかとばかりにリスクを冒す、もっと踏み込んで言えば既成概念を覆すサッカーを選手たちに求めてきたのが、昨季からマリノスを率いるアンジェ・ポステコグルー監督となる。オーストラリア国籍をもつ54歳の指揮官は、求めるスタイルをこう公言してはばからない。

「このサッカーをやるのは難しいと私自身も思う。サッカーそのものの難しさという以前に、このサッカーをすると決断すること自体が簡単ではない。それまでとまったく違ったサッカーをするのは非常に難しいし、信じる気持ちをどれだけもち続けられるかがカギを握ってくる」

 オーストラリア代表を率いて、ロシアワールドカップ・アジア最終予選でハリルジャパンとも対戦した指揮官が胸を張る「このサッカー」とは何なのか。まず驚かされるのが最終ラインを高く保ち、後方の広大なスペースをケアするゴールキーパーが、ビルドアップにも積極的に加わる光景だ。

 マイボールになればサイドバックがタッチライン際を離れ、中盤の中央に絞ったポジションを取る。名将ジョゼップ・グアルディオラがバイエルン・ミュンヘン時代に編み出し、ヨーロッパのサッカー界を席巻した「偽サイドバック」が、マリノスを介してJ1のピッチでも具現化されている。

 新たな戦術によって、どのようなメリットが生み出されるのか。中盤における数的不利な状況を修正しようと、相手チームのサイドハーフも「偽サイドバック」をケアしてくる。必然的にマークが薄くなる左右のタッチライン際に配置された、ドリブルを得意とするウイングの存在感が増してくる。

 右に自己最多の15ゴールをあげて、得点王争いでチームメイトのマルコス・ジュニオールに並んだ仲川輝人。左には東京五輪世代のホープ遠藤渓太だけでなく、大宮アルディージャと名古屋グランパスで活躍したレフティー、ブラジル人のマテウスが夏場に加入してさらにパワーアップした。

数字から見たマリノスの進化

 斬新なイノベーションはしかし、松原が振り返ったように、最初に戸惑いをマリノスにもたらした。リーグ2位タイの総得点56をあげながら総失点もワースト3位の56を数え、最終節までJ1への残留争いを強いられた昨季は、混乱をきたしたまま幕を閉じたと言っていい。

 ボールを失っては最終ラインの背後の広大なスペースを突かれ、何度失点を重ねたことか。無人と化したゴールへロングシュートを叩き込まれる屈辱を味わわされたのも、一度や二度ではなかった。ゴールキーパー、そして最終ラインの選手たちは、胸を引き裂かれる思いを溜め続けたはずだ。

 それでも、選手たちから畏敬の念を込められて「ボス」と呼ばれるポステコグルー監督は、頑なに初志を貫き通した。相手ボールになった刹那に、3トップとトップ下の4人に前線からの強烈なプレスを要求。攻めながら守ることで失点を軽減させる、攻防一体のスタイルを完成に近づけるためのキーワードとして掲げ続けたのは、前出した「信じる気持ち」だったと指揮官は力を込める。

「初めて選手たちに会ったときから、私は『このサッカーをやっていくんだ』と言い続けてきた。それを変えてしまうと、信用を失ってしまう。信じる気持ちが固まってきたことで、いまでは1-0になっても2-0になっても、選手たちは絶対に引いて守ろうとはしない」

 マリノスの進化は数字に反映されている。昨季を大きく超える総得点65はリーグ最多を数え、一方で総失点は38と大きく目減りさせた。引き分けを挟んで3連勝と6連勝をマークし、一気に頂点に近づいた直近の10試合では8失点。現実の世界と理想像との距離が確実に狭まってきていた。

SBが「心おきなく攻撃に参加できる」理由

「いまではこの(中盤の)ポジションを取った方がすごく嫌がられていると、試合中でも相手選手の表情を見て感じ取れるようになってきた。去年からずっとやってきて、いまでは僕が上がった後のスペースを、ボランチのキー坊(喜田拓也)をはじめとする、他の選手たちがカバーしてくれる。心おきなく攻撃に参加できて、いろいろな場所でボールに触れるので、めちゃくちゃ楽しいですね」

 表情に充実感を漂わせながら、継続は力なり、を実感している松原も言葉を弾ませる。終盤戦に入って初めて首位に浮上し、J1を連覇している川崎フロンターレのホーム、等々力陸上競技場に乗り込んだ先月30日の明治安田生命J1リーグ第33節。1点をリードして迎えた49分に生まれたゴールは、マリノスが追い求めてきた理想がほぼ完璧な形で具現化されていた。

 左サイドバック、ティーラトンのスローインを受けたセンターバックのチアゴ・マルチンスが、前方のボランチ扇原貴宏へボールを預ける。このとき、中央にいた仲川が右サイドへ大きく広がり、結果としてフロンターレ陣内のど真ん中に大きなスペースが作り出された。

 右サイドバックの位置で、相手選手のポジションを含めた戦況をうかがっていた松原が、すかさずゴールの匂いを嗅ぎ取る。斜め左前方へスプリントし、センターサークルから出たあたりで扇原の縦パスを受ける。背後を取られたMF阿部浩之は、「偽サイドバック」と化した松原に反応できない。

「最初はテル(仲川)に出そうかなと思っていたんですけど、相手のディフェンスが全体的にちょっとテルの方へ矢印が向いた気がして。いったん落ち着いたところで、エリキが見えたんです」

 こう振り返る松原から仲川へのパスコースには、慌てて追走してきた阿部が何とか入って遮断した。左側からはボランチの大島僚太が迫ってくる。しかし、松原は余裕と幅広い視野とを保ち、阿部と大島だけでなく、前方に陣取るフロンターレの最終ラインと味方の動きまでを瞬時に把握していた。

マリノスの理想が具現化されたゴール

 相手の右サイドバック、守田英正の背後から1トップのエリキが斜め右前方へ走り出していた。そして、仲川の動きにつられるように山村和也、谷口彰悟の両センターバックの間には5メートルほどの距離が空いていた。エリキのスピードを計算に入れながら、2人の間へスルーパスを一閃した。

 必死のスライディングを仕掛けた山村の足は、ボールへわずかに届かない。スピードが殺されたパスはエリキが走り込む先とピンポイントでヒット。右足のアウトサイドでトラップし、体勢を十分に整えさせる余裕までを夏場に加入した、25歳のブラジル人ストライカーにもたらした。

 カバーに走る谷口のスライディングもわずかに及ばない。ゴール右隅を正確無比に射抜いたエリキの一撃が、マリノスに傾いていた流れをさらに増強させた。追い求めてきた「偽サイドバック」として、完璧なアシストを決めた松原が、4-1で快勝した試合後の取材エリアで声を弾ませた。

「上手くパスを通せたし、エリキもシュートが上手かった。ゴールを決めてくれて、本当にありがたかったですね。あのような形で自分たちのサッカーを体現できて、ゴールにまでつながったことは本当に素晴らしい。自分としてもまたひとつ、自信になりました」

 チームの戦術だからと言って、むやみやたらと「偽サイドバック」になっても、中盤で交通渋滞を引き起こしかねない。求められるのは戦術を理解したうえで、個々の状況判断力を融合させながら相手を混乱させること。だからこそ、サイドバックとして縦へのオーバーラップも忘れない。

 たとえば、3-1で勝利した10月19日の湘南ベルマーレ戦の39分。右タッチライン際を猛然と駆けあがってきた松原に、対面の左サイドバック・鈴木冬一が気を取られる。一瞬の隙を見逃さなかった仲川がもっていたボールを右サイドから中央へ運び、左足で芸術的なループ弾を決めて先制した。

昨季から一転、今季の出場は13試合のみ

 2シーズン目を迎えて、相手チームにも「偽サイドバック」は警戒されている。ゆえに通常のサイドバックの動きを組み合わせれば、その分だけ攻防で主導権を握れる。心技体のすべてで対戦相手を凌駕できている瞬間が痛快なのか。フロンターレ戦後に松原はこんな言葉も残している。

「選手たちだけじゃなく、スタッフやファン・サポーターの方々も含めて、チームに関わる全員が同じ方向を向いているからこそ、こういう結果になっていると思う。今シーズンはちょっと我慢する時間も長かったけど、こうやって結果になって表れたことで僕自身、報われた思いになれる。何よりもチームが勝ち続けていることが、心の救いになっていますよね」

 右サイドバックの主軸を担った昨季から一転して、開幕直後に右腸腰筋肉離れで戦線離脱を強いられた今季は13試合の出場に甘んじている。徳島ヴォルティスから加入した広瀬陸斗、松原の負傷を受けてサンフレッチェ広島から急きょ期限付き移籍した和田拓也との序列を覆せない日々が続いた。

「陸斗も拓也くんもすごく上手い選手だし、僕とは異なる特徴をもっているなかでとにかく自分を信じて、練習からアピールしていくしかないと、強い気持ちをもったときに上手く巡ってきたチャンスを、しっかりとものにできたことが大きかったと思う」

 ホームのニッパツ三ツ沢球技場にサンフレッチェを迎えた9月14日の第26節。広瀬が負傷離脱し、契約の問題で和田がベンチ入りできない緊急事態で先発した松原は、対面にきたサンフレッチェのキーマン、柏好文のサイドアタックを封じながら攻撃へも積極的に関わった。

 首位を走るFC東京を追いあげる、5試合ぶりとなる完封勝利に貢献した松原は一発で序列を再逆転させ、以来、右サイドバックの先発を一度も譲っていない。夏場に届いた移籍のオファーを断り、斬新なマリノスのスタイルをとことん極める、と決意も新たに積んできた努力が終盤戦で花開いている。

「僕たちのアタッキングフットボール」

 大分トリニータからアルビレックス新潟をへて、マリノスへ加入して3シーズン目。2度目の移籍の理由を「タイトルを取りにきた」と公言する26歳は、ともに準優勝に終わった2017シーズンの天皇杯、昨季のYBCルヴァンカップで、たとえようのない悔しさを胸中に募らせてきた。

「タイトルを手にできるチャンスが3年連続で巡ってきているなかで、三度目の正直というか、今回は何がなんでも取りたい。ここで慢心することなく、最後の最後までみんなと一緒に走り抜けたい」

 前売り段階でチケットが完売した、2位のFC東京とホームの日産スタジアムで対峙する7日の最終節。両者の勝ち点差は3ポイント。得失点差の関係でたとえ3点差で負けても実に15年ぶりの、J1が18チーム体制になった2005シーズン以降では初めての美酒に酔うことができる。

「でも、1-0で終わるのではなく、2点、3点、4点と取りにいくのが、僕たちのアタッキングフットボールなので」

 戦い方は何ひとつ変わらない。先制した試合で19勝1分け2敗と圧倒的な勝率を誇るように、リスクを冒してでも貪欲にゴールを奪いにいく。中盤で「偽サイドバック」として、タッチライン際ではスピードとタフさを武器とする右サイドバックとして二刀流を使い分ける松原が、Jリーグの歴史上でも異彩を放つ超攻撃的なスタイルを極め、頂点に立たんとしているマリノスに重厚な彩りを加える。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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