敗戦後、恩師は辞任
そこに“自信家”の姿はなかった。11月29日に行われたエールディビジ第14節。2点をリードしながらSCヘーレンフェーンに逆転負けを食らうと、試合後、フィテッセを率いたレオニード・スルツキ監督は辞任を表明。かつてCSKAモスクワで同じ時間を過ごした恩師がチームを去る衝撃は、少なからず本田圭佑を揺さぶったようだ。
もっとも、“予感”はあったという。
「本人(スルツキ監督)が選手全員に話をしました。これが現実なのでしっかり受け止めて、個人的には今日負けたら(辞任が)あり得るなと思って挑んで、負けた場合には辞めるということは予期していないことではなかったので、そういう意味でも責任というか、彼がいたから(フィテッセに)来たという意味では、状況を救ってあげるために来たので、非常に残念には感じています」
スルツキ監督にとって本田の起用は、連敗が続くアリ地獄のような苦境を抜け出すための最後の賭けだったのだろう。しかし、ロシア人指揮官は博打に勝つことはできなかった。ヘーレンフェーンを相手にフィテッセは、ひとまず落ち着いた様子で試合を運び、8分、21分と2点を先行するまでは良かった。
ダブルボランチの一角で先発した本田も、ショートパスでボールを散らし、サイドチェンジや前線への縦パス、ロングボールで攻撃に変化を加えようとした。合間に金髪の背番号33は、手を叩いて味方を鼓舞する。4試合ぶりの勝利を掴むため、一見、フィテッセの試合運びは順調だった。だが、42分に与えたPKをきっかけに、チームはもろくも瓦解していったという。
「自信を失っているチームの特徴」
先週のスパルタ・ロッテルダム戦の後で、ブライアン・リンセンやマトシュ・ベロといった経験豊富な選手を巻き込んでチームを立て直したいと語った本田。もちろん今週、その作業には取り組んだ。33歳と、フィールドプレイヤーでは最年長の本田は「前半2点取ったことに、その成果は現れていたと思うんですよ」と言う。
「ただ、見てのとおり、失点したりすると、それが無かったかのようにぐっと崩れるというか、これがいわゆる自信を失っているチームの特徴ですね。点を取った時は延命処置みたいな感じで良さげに見えているけど、失点した時にはチームの本性が現れるというような、まさにそんな試合でしたよね。慌てる必要は無いんですけどね、まあ、ちょっと、うん、若いチームにありがちな失点のケースが多いなっていう感じはしますね」
フィテッセに巣食うメンタル面の病魔は深刻のようだ。そして本田は、その病因を自分1人で取り除くことは不可能に近いと考えているようである。
「プレーしていて正直、1人で変えられる幅を、もうチームとしてちょっと超えているな、というのは正直感じていて。非常に難しいなって思う部分が多くて、特に失点してからは、ボールを貰おうとする気持ちが前線(の選手たち)に減るんで。いわゆる負のスパイラルというか、僕が行くクラブは結構そういう状況に陥っているケースがたくさんあったので、何度もこういうことを経験しているわけですけど」
“ビッグマウス”からは程遠い現実的な言葉の数々が、それだけ事態の深刻さを物語っていた。
チームへの「責任」と監督に対する“恩”
「こういう時はもう、あまり特効薬はなく、覚悟を決めて、自分たちの長所短所をしっかり理解して、じっと着実にやっていくと。結果が出た時に流れが変わる可能性があるので、あまり120パーセントみたいな意気込みは必要なくて、きっちり冷静に足元を見ながら自分のやれることをしっかりやるっていうことを、チーム全員が理解する。その流れに持っていくコミュニケーションを取る役目としては、僕も担わないといけないと思っています。チームが正しい方向に向かうために、しっかりとやりたいなと思いました」
もちろんヘーレンフェーン戦の敗北の、そしてスルツキ監督の辞任の全責任が、本田「1人」にあるとは言い難い。バイエルン・ミュンヘン所属のセンターFWロベルト・レバンドフスキのような、ボールを預けてしまえば個の力で前線を打開できる選手でも無い限り、「1人」で今のフィテッセのチーム状況をガラリと変えることはできないだろう。
しかし「責任」という言葉を口にしたように、浪人中の身を拾ってくれたスルツキ監督の“恩”に報いるためにも、フィテッセの連敗脱出に向けて、本田はこれまで培ってきた経験の全てを賭けて「チームが正しい方向に向かうために」戦う必要があるだろう。
古くから自らを知り、獲得を決断したロシア人指揮官が去ることで、新監督次第では今後の試合出場に影響が出る可能性もある。これからもエールディビジの試合でプレーできるかどうかも含め、本田にとっては、サッカー選手としての生き残りを賭けた正念場と言えそうだ。
(取材・文:本田千尋【ヘーレンフェーン】
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