ポチェッティーノ解任とモウリーニョ就任
トッテナムの対応は迅速だった。
現地時間の11月19日にマウリシオ・ポチェッティーノを解任し、翌日にはジョゼ・モウリーニョが新監督として記者会見に臨んでいる。ダニエル・リーヴィ会長は、前もって準備していたに違いない。モウリーニョと面談し、好感触を得ていたからこそポチェッティーノを切った。プレミアリーグ通算113勝43分46敗。勝率5割5分9厘。372得点・206失点。クリーンシート69試合。輝かしいデータを刻みながら、ポチェッティーノの去り際は意外なほどあっさりしていた。
ただ、解任→就任の発表はわずか12時間で行われている。選手たちは感傷に浸る間も、怒りに身を震わせる時間もなく、新監督という現実に向き合わなければならなかった。悪くない人事である。
さて、リーヴィ会長はなぜモウリーニョを起用したのだろうか。強化プランでは水と油である。チェルシー、インテル・ミラノ、レアル・マドリー、マンチェスター・ユナイテッドと、モウリーニョは莫大な補強費を費やしてきた。チーム創りの基本はマネーである。
一方、リーヴィはカネに渋い。限られた予算内で最高の成績を得ようとする。「ビッグクラブになりたいのなら、移籍市場でもビッグクラブらしく振る舞わなければならない」と訴え続けたポチェッティーノと袂を分かったように、補強に関してはかなり慎重だ。それほどの男がモウリーニョに白羽の矢を立てた。双方ともに歩み寄ったのか。リーヴィ会長が考え方を変えるのか。モウリーニョが現有勢力で妥協するのか。非常に興味深いところだ。
「新しい選手は必要ない。時間だけが必要だ」
率直にいって、トッテナムの選手層は厚くない。前線で計算できる戦力はハリー・ケインとソン・フンミンだけだ。右サイドバックのカイル・ウォーカー=ピータースとセルジュ・オーリエはともにミスが多く、センターバックのダビンソン・サンチェスは伸び悩んでいる。モウリーニョが「ワールドクラスになれる逸材」と評価するデリ・アリも、ハムストリングの痛みがいつ再発するか分からない。
チャンピオンズリーグとリーグ戦を合わせ、12月は7試合の過密日程だ。ふたつの古巣、チェルシー戦とユナイテッド戦も控えている。現有勢力が少しでも欠けると、いきなりつまずく危険は十分すぎるほどある。大きくつまずきたくない場合、モウリーニョは常套手段を用いるのだろうか。ゴール前のスペースを徹底的に消す、いつものプランだ。しかし監督就任記者会見で、次のように語っていた。
「現場を離れていた11か月間で、物の見方が変わった。多くの間違いを犯してきたことにも気づいた。新しい選手は必要ない。時間だけが必要だ」
みずからを「スペシャルワン」と名乗り、アーセナルの監督を務めていた当時のアルセーヌ・ヴェンゲルを「失敗のスペシャリスト」と罵った男にしては、首を傾げたくなるほど殊勝な発言だ。本心かリップサービスか、モウリーニョ本人以外はあずかり知らぬところだが、失点のリスクを最小限に抑えるスタイルがモダンでないことは、チャンピオンズリーグが、プレミアリーグが、リーガ・エスパニョーラが証明している。ユナイテッド解任後の11か月で、モウリーニョも現実を思い知らされたのか。
エリクセン抜きで目指すトップ4
また、新しい選手も欲していないという。薄い選手層でも時間をかけてプランを練り込めば闘える、という自信があるのだろうか。いずれにせよ、トッテナムのモウリーニョはかつての彼ではない。
「ゆっくり話し合わなければならない」
モウリーニョは、クリスティアン・エリクセンの起用に慎重を期している。移籍を希望しながら残留に終わったため、モチベーションが低下。裏切り者のレッテルを貼られ、選手とサポーターを敵にまわした。
新体制発足後の2試合はともに途中出場。チャンピオンズリーグのオリンピアコス戦はエリック・ダイアーに代わって29分からピッチに入り、巧みなボールさばきで2点のビハインドを覆すヒーローのひとりになった。トッテナムに集中してくれさえすれば、2列目でも中盤センターでも貴重な、いやいや計算できる主力のひとりだ。
しかし、エリクセンの気持ちはここにない。彼とトッテナムの関係は昨シーズンで終わっている。レアル・マドリーでもユベントスでも、よりハイブランドな場所でみずからの力を試そうとしている。「もう一度トッテナムで」と翻意はしない。
来年6月で契約が切れるため、リーヴィ会長も移籍金が発生する来年1月の市場で売った方が賢明、と考えるだろう。したがってモウリーニョは、エリクセンという優れたMFを欠いた陣容でトップ4をめざしていくしかない。
少なくない不安材料
前述したように選手層は厚くない。ポチェッティーノに心酔していたエリク・ラメラとファン・フォイスは、モウリーニョに従うだろうか。エリクセン同様、移籍を希望していたトビー・アルデルワイレルト、ヤン・ヴェルトンゲン、ダニー・ローズのモチベーションに不安はないのか。それとも、彼らはポチェッティーノとソリが合わなかっただけで、新監督とならうまくやっていけるのか。不安材料が少なくない。
計算できる戦力はケインとソンだけだ。モウリーニョ好みのデカくてタフなムサ・シソコ、タンギ・エンドンベレも重用される確率は高いが、信頼に足る者はごくごくわずかだ。ケガが多く、線も細いライアン・セセニョンは、リーグ戦の出場時間が1分のみでローンという事態も招きかねない。それでもケインは前向きだ。
「モウリーニョ監督が関わったすべてのクラブがタイトルを獲得している。彼は勝利に貪欲で、勝者でもある。われわれトッテナムもそうでありたい」
2003年、チェルシーにやって来た当初のモウリーニョはメディアとサポーターに好かれ、選手には尊敬されていた。インテルでもトラブルメーカーのマテオ・マテラッツィが、モウリーニョとの別れに号泣するほどだった。そんなチャーミングな男が、レアル・マドリーで政争に敗れるとネガティブになり、チェルシーでメディカルスタッフ(当時)のエバ・カルネイロを、ユナイテッドではルーク・ショーとアントニー・マルシャルを公の場で批判した。内部批判は御法度である。
モウリーニョは変わろうとしている
しかし、トッテナムの新監督に就任したモウリーニョの表情は穏やかだ。現場を離れていた11か月の間に多くの人に会い、なにがいけなかったのか、どうするべきだったのかと、アドバイスを求めていたという。そのなかのひとりに、敬愛するサー・アレックス・ファーガソンが含まれている、との情報も漏れ伝わってきた。
周囲のサポートによってモウリーニョは変わろうとしている。アシスタントコーチとして30歳のジョアン・サクラメントを、リールから引き抜いたことも近代フットボール対策の一環だろう。気心の知れたスタッフではなく、年齢的にも選手に近い者を副官に採用した。
新監督就任後、中2日で初戦、さらに中2日で2戦目。選手の個性、性格を把握できる時間はなかったものの、幸先のいい連勝スタートだ。守備時は4-2-3-1。ボール保持の際は右サイドバックが高めに位置し、3バック気味になるフォーメーション(3-4-3)にもトライしている。これも変化の表れだ。
過去の失敗を例に挙げ、モウリーニョの未来を否定するのは意地が悪すぎる。監督業通算の勝率は6割5分5厘。この男、稀代の指揮官であることは間違いない。
(文:粕谷秀樹)
【了】