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Jリーグ 5年前

マリノス・仲川輝人が遅れてピッチに入る理由。「ルーティーン」から生まれた50mドリブル弾【この男、Jリーグにあり】

明治安田生命J1リーグ第31節、横浜F・マリノス対北海道コンサドーレ札幌が9日に行われ、横浜FMが4-2で勝利した。負傷から2試合ぶりに復帰した仲川輝人は23分に3点目のゴールを決め、今季日本人最多の13得点目をマークした。今やマリノスのサッカーに欠かせない存在となった仲川には、毎試合実践するルーティーンがあるという。(取材・文:藤江直人)

シリーズ:この男、Jリーグにあり text by 藤江直人 photo by Getty Images

仲川輝人のルーティーンは10個近くにおよぶ

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北海道コンサドーレ札幌戦でゴールを決めたFW仲川輝人【写真:Getty Images】

 まもなく後半のキックオフを迎えるというのに、横浜F・マリノスの選手たちがなかなか所定のポジションにつかない。いや、つけない。自陣の中央で気合いを入れ、闘志を高め合う円陣を作りかけた状態で、最後の一人が円に加わってくるのを待っている光景がいつしか名物となった。

 10人を待たせていたFW仲川輝人が、急いでロッカールームから飛び出してくる。しかし、ベンチの前あたりで立ち止まってはボトルを手にして水を口に含み、タッチラインを踏むことなく、右足からピッチのなかへ入る儀式を欠かさない。もう慣れたとばかりに、主力選手の一人が苦笑する。

「マイペースですからね。なので、気にしないようにしています」

 ハーフタイムだけではない。前半のキックオフを控えたロッカールームで、そして試合の前日から、仲川は数々のルーティーンを実践していることで知られている。テレビ番組でも紹介されたことで、ファンやサポーターにも広く浸透したルーティーンは実に10個近くにおよぶ。ひとつも欠かさないからこそ、円陣を待たせる状況が常態化するわけだ。

 チームメイトたちに申し訳ないと、仲川自身も心のなかで侘びている。それでも、専修大学時代から貫いたキックオフまでの独自のリズムもまた崩したくない。ホームのニッパツ三ツ沢球技場に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、9日の明治安田生命J1リーグ第31節でもマイペースを貫いた。

「身体が軽くなる」ルーティーン

 大量4ゴールを奪い、コンサドーレの反撃を2点に抑えて今季初の4連勝をマーク。川崎フロンターレに敗れた鹿島アントラーズを抜き去り、首位のFC東京に勝ち点1ポイント差の2位に浮上した余韻が残る取材エリア。最後にロッカールームから姿を現し、取材の輪から解放された仲川を直撃した。

 今日もルーティーンはすべて実践したのですか、と――悪戯小僧のような笑顔を浮かべながら、コンサドーレ戦で1ゴール1アシストを決めていたヒーローの一人は首を縦に振った。

「一応やりましたね。しっかりと」

 オレンジジュースを飲む。両手首にテーピングを巻く。ソックスやスパイクをすべて右から履く。同じ香水をつける。決まった音楽を聴く。ピッチへ入るときは天を指さす――などと細かく定められたルーティーンのなかでも、特に気になったものの真意も聞いてみた。

 試合前に体毛を剃るというルーティーンに、仲川は「足というよりも、ここから下ですね」と首のあたりを指さしながら、ちょっぴり照れくさそうに詳細を明かしてくれた。

「首というか、頭から下は全部やっています。自分としては『身体が軽くなる』と思っています。あくまでも感覚的に、ですけど」

 言葉通りに軽くなったかのような仲川がマリノスにとっては天使の、コンサドーレにとっては悪魔に映る羽根をまとい、ピッチの上で異次元のスピードを披露。センターサークル内から約50mをドリブルで駆け抜け、ゴールまで決めてスタンドを熱狂させたのは2-1で迎えた23分だった。

本人が振り返る札幌戦のゴール

 センターサークル内で仕掛けたFWマテウスが、コンサドーレの選手たちに潰された直後だった。こぼれ球に対して、右斜め後方からアプローチをかけていた仲川が瞬く間にトップスピードに到達。味方のMFマルコス・ジュニオールと交錯する刹那で、ボールをかっさらった。

 ピッチの中央を、最初は左斜め前方へ向かってドリブルで進む。このとき、左サイドには開始2分と4分に連続ゴールをあげていたFWエリキが、フリーでパスを呼び込んでいた。そして、仲川の前方に立ちはだかったコンサドーレのDFキム・ミンテは、間接視野でエリキの姿をもとらえていた。

「どちらのボールになるか、というフィフティ、フィフティくらいの状況で、相手も奪いに来たなかで自分が先に収めたことで、エリキへのパスも選択肢のなかにありました」

 ドリブルを発動させていた仲川は、次なるプレーとしてエリキへスルーパスを出すことも考えていた。しかし、高速で移動する車内から窓の外の光景がゆっくりと見えるように、仲川はキム・ミンテの動きをまるでスローモーションのように、微に入り細をうがってとらえていた。

「相手がエリキへのパスを読んで、先にコースを切ってきたので。そこからはもう『自分でドリブルを続けよう』と。その後はキーパーをかわした場面も含めて、イメージ通りだったかなと思います」

 キム・ミンテがオフサイド・トラップをかけながら、ポジションをシフトさせた逆を突くように、仲川はドリブルのコースを縦に素早く変えて、最終ラインの裏に空くスペースへ一気に抜け出した。もちろんキム・ミンテは反応できない。必死に追走を開始したDF福森晃斗も届かない。

 ペナルティーエリアに到達するあたりから、仲川はスピードを落とすことなく右側へ急旋回。シュートコースを狭めようと前に出てきたコンサドーレの守護神、ク・ソンユンをも細かいステップを踏みながらぎりぎりでかわす。間髪入れずに、無人となったゴールにボールを流し込んだ。

 左足から放たれた、技ありのコントロールショットで先制点をあげた10月19日の湘南ベルマーレ戦で、右太ももの裏を痛めて途中交代。前節のサガン鳥栖戦へはアウェイに帯同したものの、リザーブのまま90分を終えていた仲川にとって、完全復活を告げて余りあるスーパーゴールだった。

 昨季の9ゴールを上回る、自身初の2桁得点を目標に掲げて臨んだ今季のゴール数は13にまで到達した。得点王ランキングでトップに立つチームメイト、マルコスと2差の3位タイに名前を連ね、日本人選手に限ればFW興梠慎三(浦和レッズ)、FW小林悠(川崎フロンターレ)、そして日本代表に選出されているFW鈴木武蔵(コンサドーレ)を押さえてトップに立っている。

J1デビューまで1年を要した苦労人

 マリノスへの加入が発表される直前の2014年10月19日に、右ひざの前十字じん帯と内側側副じん帯を断裂する大けがを負った。覚悟していた通りに、ルーキーイヤーの大半がリハビリに費やされた。マリノスでのデビューを果たすまでに、実に1年近い日々を要した。

 2年目の2016シーズンはFC町田ゼルビアへ、3年目の2017シーズンにはアビスパ福岡と、J2のクラブへ期限付き移籍を繰り返した。J1リーグ戦におけるゴール数がゼロのまま、ゲーム勘とゲーム体力を降り戻すために武者修行を課した。マリノスへ戻れるかどうか、という不安とも戦っていた。

 一転して昨季は序盤戦こそ出遅れたものの、ホームの日産スタジアムにジュビロ磐田を迎えた5月2日の明治安田生命J1リーグ第12節で、自らの力でサッカー人生のターニングポイントを手繰り寄せる。74分にもぎ取ったJ1初ゴールを、仲川は「あれで自信がつきましたね」と振り返る。

「1点を取るだけで、フォワードというのは点を取れる感覚などを取り戻せると自分では思っていた。J1の初ゴールはPKのこぼれ球でしたけど、あれを皮切りにどんどん取れるようになってきたので」

 そのPKもスピードに乗った仲川の突破が、DFギレルメのファウルを誘発していた。果たして、FWウーゴ・ヴィエイラの一撃はジュビロの守護神カミンスキーに阻止されたが、こぼれ球に誰よりも早く反応した仲川が右足で押し込み、0-3の劣勢から一矢を報いた。

 ボールを拾ってセンターサークルへ戻す姿を介して、まだまだ戦うぞ、とチームメイトたちに伝えた仲川はこのときも、左右両方の人さし指を天へ掲げている。以来、2シーズンで22ものゴールを積み重ねてきた。ルーティーンをやめるわけにはいかない、という思いは当時もいまも変わらない。

「信じる気持ちをどれだけ持続させられるか」

「仲川に関しては、昨年から日々成長する姿を見せてくれている。スピードがある選手だというのは見ておわかりだと思うが、継続して成長している選手を見るのは非常に嬉しいことだ。それは彼の努力であり、その努力を日々続けてくれているからだ」

 コンサドーレ戦後に仲川を賞賛した、指揮を執って2年目になるアンジェ・ポステコグルー監督の存在も見逃せないだろう。2年前にはオーストラリア代表を率いて、ハリルジャパンと戦った経験をもつ新指揮官が授けた斬新な戦術は、仲川の群を抜くスピードを存分に生かした。

「このサッカーをするのは難しい。それ以前にこのサッカーをすると判断すること自体が難しいというか、それまでと違うサッカーをすることが難しい。信じる気持ちをどれだけ持続させられるか。信じる気持ちが固まってきたことによって、いまでは選手たちはリードしていても引いて守ろうとしない」

 常にハイラインを掲げ、ビルドアップ時にはサイドバックが中盤に入る「偽サイドバック」と化す。ポゼッションを高めながら、ドリブル突破を得意とする左右のウイングへのパスコースを意図的に開ける。そして、相手ボールになれば3トップが猛然とプレッシャーをかけ続ける。仲川が言う。

「去年は苦しい時期もあって、ボスのサッカーをなかなか表現ができなかった。それでも相手を徹底して圧倒して、なおかつ勝利するボスのサッカーを全員が信じて、実践できていることがいま現在の強さの要因だと思う。内容に結果も伴ってくれば、選手一人ひとりの自信と成長にもつながるので」

「勢いや流れは自分たちにある」

 畏敬の念を込められ、選手たちから「ボス」と呼ばれるポステコグルー監督の信念が、3試合を残した時点でリーグ最多となる総得点60を叩き出す原動力になっている。そして、攻守両面でカギを握る3トップの右に、昨季の半ばから居場所を築いてきた仲川は、こんな言葉を紡ぐことも忘れなかった。

「勢いや流れというのはいま、自分たちにあると思っています。内容も圧倒しながら、目の前の試合を100%勝ち切る姿勢を目指していけば、いい景色が見られるんじゃないか、と」

 いい景色とは言うまでもなく、2004シーズン以来、実に15年も遠ざかっているJ1王者となる。12月7日の最終節には、くしくも日産スタジアムにFC東京を迎える。直接対決が組まれているだけに、松本山雅FC、川崎フロンターレを含めた残り3試合をすべて勝てば悲願が成就される。

「まあ『日程くん』がすごいんじゃないですかね」

 運命に導かれたかのようなスケジュールに、Jリーグの競技日程や対戦カードを自動的に作成する、専用アプリケーションソフトウエェアの通称をあげながら、仲川は周囲の笑いを誘った。

 今季から背負う背番号「23」にちなみ、開幕前にゴールとアシストの合計数を「23」とすると宣言した。現時点で8アシストなので、合計数は「21」となる。数々のルーティーンを欠かさずに実践していく令和のスピードスターが目標をクリアし、さらに上回っていく分だけ、マリノスも頂点に近づいていく。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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